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『上総守が行く!』

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2011年 08月 09日

『はにわ街道を行く』 hk-4

小雨ながら、まだ、パラパラと降り続いている。
航空科学博物館から三里塚交差点を経て、芝山仁王尊に向け、はにわ街道を走る。

はにわ街道沿いに設えられた「埴輪」が気分を盛り上げてくれる。
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はにわ街道から外れ、坂道を下り、芝山仁王尊(観音教寺)に至る。
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天應山観音教寺福聚院。
本尊 十一面観世音大菩薩。
脇士 芝山仁王尊。
創建 天應元年(781年)。
比叡山延暦寺を本山とする天台宗の寺院。
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3月11日の巨大地震で、仁王門下の石垣や燈篭が崩れ落ちていた。

仁王門をくぐる。
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龍コレ/その1。
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龍コレ/その2。
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仁王門の貼り紙。
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こういう案内札を何処かの寺で見た記憶がある。
そうだ!知恩院の「左甚五郎の忘れ傘」であった。
案内札の矢印に従い、目を遣ると...
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本堂。
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梵字。
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5月下旬、「下野国ポタ」で訪れた足利の鑁阿寺の「鑁阿」はサンスクリット語のvanaであるということに端を発し、ハリポタ藩松柏木殿と暫らくサンスクリット語で盛り上がった。

松柏木殿より「ええ文章だと思います。この描写、いかがでしょうか」との添書きと共に『秘境ブータン』の一節が送られて来た。
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モンスーン直前のインド平野にたちこめたおもくるしい熱気は濃い煙霧となって低くよどみ、ひたひたとインド平原の上をおおいかくしている、北の方、その大海原のような煙霧の尽きるところと、真青な上空、太陽のギラギラ輝く空との間に、飛行機の向かう正面に一条の山波が、東西に目の届く限り連なっている。青い山波、その奥に白く輝く氷河のいくつか。ヒマラヤの峰々だ。目の下の熱気にひたされ、煙霧の下にうごめく三億のインド人、その北に並ぶ澄みきった冷たい空気のヒマラヤの山々に住む人々、その生活はお互いに全くかけはなれたものだ。私はいまやカルカッタを離れ、まっしぐらにそのヒマラヤの生活へと向かって進んでいく。
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この文章を読みながら、その昔、ゴンドワナ大陸が分裂し、インド亜大陸がユーラシア大陸に向け北上し、ヒマラヤ山脈を形成する光景が目に浮かんだ。
ゴンドワナ大陸の名の由来はインド中央北部の地域名で、サンスクリット語で「ゴンド族の森」を意味し、ゴンド族を調べてみると「ゴンド族はデカン高原中部から北部に居住する原住民。人口は300万人から400万人で、原住民ではインド最大の民族である」とのことであった。

更に話題は展開し、盆が話題となった。
盂蘭盆会もサンスクリット語から来ている言葉だなと思っていたところ、松柏木殿より「最近の新説/盂蘭盆の原語はイラン語系の...」が到来。
サンスクリット語のウランバナ(ullambana)の語源がイラン語系のウルバン(urvan)であるとが分かり、またまた、賢くなった。

然様なことから「梵字」をカメラに収めたのであった。

あちらこちらの寺院を訪れた際、いつも思うこと、それは、この地に寺院を建立しようと決める拠りどころは何であろうかと。

坂道を登り、はにわ街道沿いの芝山古墳群へ向う。

フォト:2011年7月23日

(つづく)

by kazusanokami | 2011-08-09 23:43 | はにわ街道を行く


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