2014年 06月 03日

『早慶戦同窓会』

5月初旬、長らく幹事を務めてくれているKSくんから早慶戦同窓会の案内があった。
--------------------
恒例の同窓会を、以下の通り行います。
*日時=5月31日(土曜日)
*場所=神宮球場(ライト側外野席 ヤクルトタフマンの広告看板の下あたり)
早慶戦を観戦して、そのあとで信濃町駅の「ジョン万次郎」で一杯やります。
今年の早慶戦は優勝がかかった試合になりそうです。
野球に間に合わない場合は飲み会からの参加でも結構です。
お会いするのを楽しみにしています。
---------------------

5月下旬、別の私的集まりである「大放談会」でのこと。
「今週末、早慶戦に行くことになってます」。
三つ年上、立大出身の備前守殿曰く「早慶、どちらも優勝が掛かってますね。早稲田、大丈夫です。ピッチャーの有原がいますから」と嬉しい言葉。

5月31日、晴れ。
朝のニュースで「今日、国立競技場は56年の歴史の幕を閉じます」とのアナウンスと共に、前日のブルーインパルスの予行演習の模様が映し出された。
早慶戦同窓会の前に国立競技場を"取材"しておこうと思い、少し、早めに出掛けた。
国立競技場の"取材"は、1月18日、2月23日に続いて、今年三度目だ。
外苑西通り沿いに足が自然と向く。
今一度、"TOKYO 1964"のエンブレムと金メダリストの名が刻まれた壁を見ておきたいからだ。
国立競技場、最後の日を示すかの如く、カメラを向けている人が多い。
a0104495_1885767.jpg
国立競技場の周辺には、胸に"SAYONARA 国立競技場 FOR THE FUTURE"と染め抜かれたTシャツを着た人がいっぱい歩いている。
お別れイベントのリハーサル中なのであろうか、競技場の中から谷村新司の「昴」が聞こえてくる。
♪さらば 昴よ♪を♪さらば 聖地よ♪と言いたいのであろう。

このよちよち歩きの赤ちゃんは2020年の東京オリンピックの頃には小学生だ。
a0104495_1895231.jpg
見慣れた案内図。
a0104495_18104354.jpg
新しい国立競技場は高さ70mにもなり、景観を壊すのではないかとの意見もある。
そもそも、これだけの施設を僅か56年の寿命で建て替えること自体がおかしいともいえよう。
斯様なことでは、昭和の歴史ある建造物は残らないであろう。
だが、新しい競技場が出来てしまえば、新たな名所となるのである。
複雑な気持ちである。

代々木門。
a0104495_18112759.jpg
表札「国立霞ヶ丘競技場」。
a0104495_18121023.jpg
「国立競技場」、更に縮めて「国立」と呼んだりしているが、正式には「国立霞ヶ丘競技場」なのである。

高さ70メートルじゃ、これほど近くから見上げることは出来ないであろう。
a0104495_1813261.jpg
はためく"SAYONARA 国立競技場 FOR THE FUTURE"の旗。
a0104495_18141630.jpg
道々で出会った人たちが着ていたTシャツにも染め抜かれていたデザインである。

神宮球場。
一般外野席の入場券を購う。
16番ゲートから入る。
「タフマン」の広告看板の前あたりの席を見渡す。
幹事KSくんの姿、発見!
「ご無沙汰っ!」と声を掛け、隣りの席に座る。
HMFくん、HMKも姿を現す。

「早稲田スポーツ」。
右下の広告がちょっと気になる。
a0104495_18155941.jpg
先日、備前守殿よりイチオシを貰った有原投手。
a0104495_18163587.jpg
ナマの、有原投手。
a0104495_18171633.jpg
「我々の時代に優勝したこと、あったっけ?」とHMFくん。
「2年の秋に優勝したと思うんだけど」と上総。
「実は、こんなものがあって」とバッグから扇子を出して来た。
「これは、お宝鑑定団ものやね。記念に一枚、撮っておきましょう」。
a0104495_18184998.jpg
「1969 秋 W-K戦」とある。
「1969年といえば、2年のとき。やっぱり、2年生、1969年の秋に優勝しているのかも。この扇子はそのときの記念品かも」。
「横山隆一の『フクちゃん』の図柄がこれまた懐かしいね」。
フクちゃんは、着物に下駄、大学帽という姿で早稲田大学のマスコットキャラクター。
今もそうなのだろうか。

5回裏、早稲田は慶応・加藤拓也投手の暴投で1点、先制。
内野学生応援席、外野学生応援席とも「紺碧の空」の大合唱。
a0104495_18194845.jpg
a0104495_18201516.jpg
ところが、7回表、慶応、校歌斉唱のあと、竹内惇選手がライト側早稲田の応援席に2ランホームランで逆転。

7階裏、早稲田、逆転を期して、校歌斉唱。
a0104495_18204995.jpg
握りこぶしを高く翳して。
a0104495_18212250.jpg
7回裏、早稲田の攻撃は有原くんから。
a0104495_1822549.jpg
ところが、「バッター有原くんに代わり、三倉健くん」のアナウンスメント。
備前守殿イチオシ、小生も大いに期待しておった有原投手はベンチに下がってしまった。
a0104495_18224353.jpg
残りのイニングで、ランナー2塁のチャンスもあったのだが...。
a0104495_18233041.jpg
第1回戦は、早稲田、惜敗。
「明日は頑張れ!」とタフマンの看板を見上げる。
a0104495_1824668.jpg

信濃町駅の「ジョン万次郎」で一献。
勝っても負けても(正確には「負けても」だけだが)、仲間と飲むビールは旨いっ!
国立競技場、神宮球場、旧友と、三つの懐かしさを愉しんだ1日であった。

蛇足の感ありだが、記録として6月1日のことも綴っておこう。
夜、第2回戦の速報を見る。
早稲田、6対7でまたまた惜敗。
我が母校は第2回戦、第3回戦に勝てば優勝であったが、第2回戦も惜敗し、早慶の勝ち点はいずれも4ながら、勝率で慶応が上回り、2014年春季は慶応の優勝となったのであった。

毎回、幹事を務めてくれているKSくんに感謝の意を込めて、このブログを綴る次第である。
そして、今回、出席できなかった仲間への近況報告がてら、このブログを綴る次第である。

フォト:2014年5月31日
[PR]

by kazusanokami | 2014-06-03 18:26 | エピソード | Comments(0)


<< 『伝説/八咫烏』      『利根川・手賀沼大周回路ポタリング』 >>