『上総守が行く!』

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2009年 10月 07日

『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/常陸国上平柳村編』 im-10

9月19日の"江戸編"に続き、9月22日、間宮林蔵ゆかりの地、常陸国筑波郡上平柳村(茨城県筑波郡伊奈町、現・つくばみらい市)に出掛けました。

屋敷を発ち、新大利根橋を渡り、守谷経由小貝川に架かる稲豊橋に至る。
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稲豊橋を渡り、「狸淵」を右折。
「狸渕」の地名にススキが相応しく思えます。
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土手沿い下の細道を走り、最初に見えて来る寺は、壽永山浄圓寺(今日風に書くと、寿永山浄円寺)。
間宮林蔵ゆかりの寺ではありませんが、林蔵さんが幼少の頃、この寺の境内で遊んだのではないかと思い、カメラに収めました。
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更に、細道を少し走ると、間宮家の菩提寺「専稱寺」(今日風に書くと、専称寺)が見えて来ました。

寺は見えるも、山門に至る道がよく分かりません。
農作業をしていた男性に「こちらが間宮林蔵さんのお寺ですね」と尋ねたところ、「そうですよ。山門に向かう正面の道は、ぐるっと回らねばなりませんので、どうぞ、こちらから」と有難い言葉。
畑の中の道をショート・カットさせて貰いました。
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金龍山専稱寺。
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山門を飾る、山号「金龍山」の額。
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「龍」を集める趣味を持つ小生、二つ目の文字が「龍」であることは直ぐに分かりましたが、最初の文字は、さて? 「金」?
最初の文字が「金」であることは、後刻、訪れた間宮林蔵記念館の館長さんに確認しました。

山門をくぐると、直ぐ左手の、盛り土された小高い場所に、大きな碑が見えました。
先ず、そちらの方へ歩を進めました。

フォト:2009年9月22日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-10-07 21:43 | 伊能忠敬、間宮林蔵ポタリング | Comments(2)
Commented by imba_potter at 2009-10-08 05:50 x
額に「増上寺大僧正」の文字が見えますが、芝の増上寺と関係があるのでしょうね。又、金龍山は確か、浅草寺もそうではなかったかと・・・。生知識で危ういですが、江戸との深い繋がりを感じます。
Commented by kazusanokami at 2009-10-08 08:05
印旛歩駄守殿 
鋭い!「金龍山」、確かに浅草寺も同じ山号ですね。
そして、「増上寺大僧正 ○空 書」も読み下されるとは、これも凄い!
同じ名の寺はよく見掛けますが、山号が同じというのは初めて。
浅草寺は “聖観音宗本山”ながら、元は 天台宗。
専称寺は浄土宗。
専称寺山門脇の石柱には「圓光東漸恵成弘覚大師専稱寺」と、法然の大師号、「圓光(円光)」、「東漸」、「恵成(慧成)」、「弘覚」が刻まれていました。
増上寺は浄土宗総本山。
総本山の増上寺から、大僧正の揮毫した額が専称寺に贈られたということなのでしょうね。
因みに、専称寺は1556年(弘治2年)の開創の古刹。
印旛歩駄守殿の鋭い御指摘で、額一枚、石柱一本だけからも、大いに楽しむことが出来ました。


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