カテゴリ:北印旛沼CR復旧工事状況報告( 5 )


2012年 03月 11日

『北印旛沼CR被災復旧状況報告』 kn-5

鶴巻橋の袂、捷水路沿いCRの通行止めに至る。
ここは震災以前から「山田橋下法面崩落危険」のため通行止めになっている。
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迂回路の小さな橋、鶴巻橋を渡る。
橋の上から"上流"を眺める。
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橋の上から"下流"を眺める。
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カワセミの声が聞こえる。
"下流"から"上流"に向け、かなりのスピードで橋の上を横切る鳥の姿が。
"上流"の茂みに入り込んだように見えた。
目を凝らして、その付近を見る。
よくは分からないが、カワセミらしきものが見える。
そこにカメラを向け、シャッターを切る。
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小さく、小さく、写っていた。

迂回路の一般道の坂を上る。
山田橋手前の、赤い橋を眺めながら一服する。
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一般道の坂を上り切る。
空腹感を覚える。
能畜産物直販所「グリーブ」に立ち寄り、弁当と焼き鳥で、遅めの昼餉を摂る。
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一般道から外れ、森の中の急坂を下る。
捷水路の南に架かる小さな橋、浅間橋を渡る。
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山田橋下崩落危険での通行止めに加え、浅間橋から双子橋に至る捷水路脇の道も通行止めになっている。
その脇の一般道を走る。
西印旛沼を眺めながら、双子橋を渡る。
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双子橋、捷水路、走り抜けるJITENSHA、そして、ベデワン。
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双子公園で一服する。
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双子公園の少し先の、西印旛沼CR入り口に至る。
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ここから船戸大橋まで、更に新川CRの阿宗橋までは通行止めとなっている。
通行止めの看板には「工事完了予定 H24.2.9」となっている。
既に工事は終わっているかもしれない。

このあと、佐倉/国立歴史民俗博物館(歴博)で開催中の企画展「風景の記録-写真資料を考える-」に向った。
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到着したときは、既に閉館間際であったので、翌日、再び、足を運んだ。
「風景の記録-写真資料を考える-」の展示を見て考えること、それは、被災の様子を撮影することには抵抗感を覚えるが、被災地、被災者のことに思いをしながら、自らの目で見たこと、感じたことを写真に残すことも大事だということである。
そうした思いもあって、ここに『北印旛沼震災被害復旧状況報告』を綴り残す次第である。
大震災から1年。
印旛沼CRの復旧は進んでいる。
それと同様に、被災地の復旧復興が進むことを祈りたい。

フォト:2012年1月7日

(完)
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by kazusanokami | 2012-03-11 02:46 | 北印旛沼CR復旧工事状況報告 | Comments(8)
2012年 03月 10日

『北印旛沼CR被災復旧状況記録』 kn-4

『北印旛沼震災被害復旧状況報告』 kn-4

吉高機場から進行方向の道は通行止めとなっている。
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一般道に迂回しようと思ったが、一般道の道幅は狭いし、交通量も多い。
未舗装の農道を走ることにした。
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空気圧は目一杯、凸凹道の振動がハンドルを握る手に響く。
農道から土手の道を眺める。
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白い柵は健全のように見える。
土手の道は部分的に被災しているのかもしれない。
工事をしている様子はない。

農道もそろそろ終わり。
走って来た農道を振り向いてみる。
随分、農道を走ったものだ。
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もうすぐ、一般道だ。
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一般道を少し走り、甚兵衛大橋の袂に至る。

吉隆揚排水機場から甚兵衛大橋の袂までのCRが通行止め。
甚兵大橋の袂から先のCRは通行可だ。
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CRを走る。
捷水路沿いに至る。
"Steel Art Museum"あたりから通行止めとなる。
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一服する。
"Steel Art Museum"脇に設けられた、オーストラリアのエアーズ・ロックを思わせるモニュメントを眺める。
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モニュメントと面白い形をした樹木の間に、遠く、筑波山が見える。
鋼鉄の山のようなモニュメントは筑波山を表現しているのかもしれない。
このような風景だけを眺めていると、1年前に大震災があったようには思えない。
複雑な気持ちである。

CRと平行する一般道を走る。
里山近くの民家の屋根のブルーシートと白い重しが目に入る。
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こういう光景を今でもしばしば見掛ける。
瓦職人が不足しているのであろうか。

捷水路沿いのCRの白い柵が傾いている。
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捷水路沿いのCRで、水際まで大きく陥没した箇所もある。
復旧工事は順調に進んでいる。
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鶴巻橋の袂に至る。
鶴巻橋の袂から浅間橋の袂までの捷水路沿いのCRは「山田橋下法面崩落危険のため通行止め」の標識。
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「山田橋下法面崩落危険」は、震災によるものではなく、震災以前からで、長らく、通行止めとなっている。
捷水路沿いのCRは渓谷の間を走る、なかなか風情のあるCRなんだが...。

迂回路の小さな橋、鶴巻橋を渡る。

フォト:2012年1月7日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-10 23:58 | 北印旛沼CR復旧工事状況報告 | Comments(0)
2012年 03月 09日

『北印旛沼CR被災復旧状況記録』 kn-3

一般道から土手に上がる道に至る。
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この道を上がり、土手の道を横切り、坂道を下ると、舟溜まりがある。
この舟溜まりでは、ハリポタ藩関東遠征の際、六々守殿から、カワセミの鳴き声を聞きながら、その姿を見つける方法を教わり、そのときも、カワセミを1羽、見ることが出来た。
それ以来、ここは北印旛沼の「カワセミ・スポット」のひとつとなり、その後も何度か、この場所でカワセミを見た。
そして、或るときは、オオタカと思われる猛禽類も。

舟溜まりが無事であることを念じながら、坂を上った。
舟溜りを眺める。
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被災した様子はない。
被災していたとしても、ここは印旛沼漁協の基地のひとつ、早期に復旧工事を行ったのであろう。
耳を澄ます。
カワセミの気配はない。

土手の道、北行きは、先程、見て来た通り、復旧工事中なので、勿論、通行止め。
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南行き、進行方向の道には、ポールとバーが置かれている。
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近寄ってみると、一時、通行止めになっていた様子だが、今は通行止めにはなっていない。
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土手の道を走る。
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吉高揚排水機場に至る。
吉高機場の前にも、舟溜りがある。
この舟溜りは、ペリカンの"かん太くん"が住まいするところだ。
いつも、かん太くんが居る辺りを目を凝らして見てみた。
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かん太くんは、いつも、お気に入りの小舟の傍にいた。
サギも一緒にいる。
そこへ、白いネコも。
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かん太くんは、白いネコと遊びたそうであった。
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ズーミングを通しての遠目だが、元気そうに見える。
よかった!

吉高機場の様子を見る。
ポンプ室のある建物は大丈夫のようだが、機場と沼を繋ぐ導管を覆うアスファルトが崩れていた。
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吉高機場から進行方向の道は通行止めとなっている。
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一般道に迂回しようと思ったが、一般道の道幅は狭いし、交通量も多い。
未舗装の農道を走ることにした。

フォト:2012年1月7日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-09 23:58 | 北印旛沼CR復旧工事状況報告 | Comments(0)
2012年 03月 08日

『北印旛沼CR被災復旧状況記録』 kn-2

先程は、土手のアスファルトが取り除かれた光景を見た。
工事をしている人影はないが、土木機械1台だけが作業をしていた。
槌音高く、というに相応しい感じであった。
ワン・マン・オペラレーターさん、ご苦労様。
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ビニールシートで覆われた土手が続く。
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撤去された、白い柵が保管されている。
白い柵が積み上げられいる中、夏草がそのまま立ち枯れている。
大震災から、春、夏、秋、冬と過ぎた、時間の経過を感じさせる。
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この辺りからは、遠く、筑波山を眺めることができる。
くっきりと見えたり、うっすらと見えたり。
この日はよく見えた。
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ズーム・アップで。
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土手の上に上がってみた。
夏草が立ち枯れている。
いつも走っていた道でもあり、寂しさを感じる。
被災地の人たちは、春、夏、秋、冬と被災の光景を見ながら、何倍、何十倍もの寂しさを感じていることであろう
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ビニールシートは土手の法面だけかと思っていたところ、土手の道がビニールシートで覆われていた箇所もあった。
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立て看板を見る。
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「ご迷惑をおかけしています」。
いえ、いえ、全く、そんなことはありません。工事、ご苦労様です。
「平成24年4月30日まで」。
この区間は4月末に完成と理解。有難いことだ。
「河川災害復旧工事(23災河第22号その2)」。
「発注者 千葉県土木工事事務所」。
震災被害のあった河川は、各地でこうした番号が採られ、予算が執行され、工事が進められているのだ。
河川以外についても、推して知るべしである。

一般道から土手に上がる道に至る。
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この道を上がり、土手の道を横切り、坂道を下ると、舟溜まりがある。
この舟溜まりでは、ハリポタ藩関東遠征の際、六々守殿から、カワセミの鳴き声を聞きながら、その姿を見つける方法を教わり、そのときも、カワセミを1羽、見ることが出来た。
それ以来、ここは北印旛沼の「カワセミ・スポット」のひとつとなり、その後も何度か、この場所でカワセミを見た。
そして、或るときは、オオタカと思われる猛禽類も。

舟溜まりが無事であることを念じながら、坂を上った。

フォト:2012年1月7日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-08 23:58 | 北印旛沼CR復旧工事状況報告 | Comments(2)
2012年 03月 07日

『北印旛沼CR被災復旧状況記録』 kn-1

大震災から1年が経とうとしている。
1月初旬の北印旛沼の様子を綴り残しておきたい。

1月初旬、北印旛沼の震災被害復興の様子を知りたいと思い、酒直水門から双子公園まで、北から南へ走った。
相当に被害を受けている箇所、無事な箇所が入り混じっていた。

酒直水門近くの、"jitensha"はいつもと変わらぬ姿であった。
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酒直水門/サイクリングロード入口。
通行止め。
(黄色い看板は、震災前から通行止めとなっている、捷水路/山田橋の法面崩落の注意書き)
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しばらく、土手下の一般道を走る。
土手に上って、サイクリングロードの様子を見る。
この辺りは、無事のようだ。
いつも見慣れている、整然と並ぶ、白い柵が少し乱れているようにも見えるが...。
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しばらく走ると、補修済みの、土手の法面が見えて来た。
何やら、ほっとした気分になった。
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ほっとした気分になった束の間、法面の補修工事中の様子が目に入った。
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いつも見慣れている標識は、撤去され、こんな形で保管されていた。
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撤去されたアスファルトの山が目に入る。
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土手の上に上ってみた。
いつも走っていたサイクリングロードの様子は見る影もなかった。
相当な被害であったことが想像できる。
(前方/南側の様子)
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(後方/北側の様子)
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東北の被災地の様子に比べれば、とも思うが、いずれの地域であっても治水は大事だ、土手の修理は急ぐべきだと思いながら、先へ向かった。

フォト:2012年1月7日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-07 23:58 | 北印旛沼CR復旧工事状況報告 | Comments(2)