『上総守が行く!』

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カテゴリ:京都ポタリング( 37 )


2011年 03月 08日

『ハリポタ藩京都ポタ 2011/嵐山の巻』 kp-10

嵯峨野から嵐山へ。

二尊院。
「秋ともなれば、ここも紅葉の名所と相成りまする」と軍師殿。
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総門をくぐり、「紅葉の馬場」と呼ばれる参道を眺める。
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ウンチング・スタイルならぬ、片膝付き、ホスト・クラブ・スタイルのF殿様をも眺める。

竹林の中を走り抜ける。

小倉餡発祥の地。
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甘党の軍師殿、生唾ゴクリ!

落柿舎。
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この日のポタには参加が叶わなかった、ハリポタ藩俳諧の師、人麻呂殿の蘊蓄を聞きたかった。

少し走って、落柿舎をもう一枚。
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「近くで眺めるより、田畑を挟んで、ここら辺りからの眺めの方が宜しゅう御座るのう」、「然様、然様」と本町普請奉行殿と上総。

土佐四天王像。
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何故、ここ、嵯峨野の地に、彼らの銅像が建立されているのか。
その訳は、この通り。
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昨年、彼らはNHK総合テレビでも大活躍...。

「今、何処に?」と軍師殿からケータイ電話。
「今、天龍寺の前。本町殿も一緒。小倉餡、落柿舎、土佐四天王でフォト三昧している間に、はぐれ狼に」。
「今、竹林の道。天龍寺前で、暫し、お待ちを」。

ハリポタ藩竹林組、天竜寺前に現る。
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先頭、右から、軍師六々守殿、(歩行者さん)、御典医殿、呑々守殿、按針殿、(赤ジャケのロード・レーサー氏に隠れ気味の)播磨守殿、摂津守殿。
ついでに(???)、カメラ側は本町普請奉行殿と上総。

余談ながら、本町普請奉行殿は、最近、「普請」が「不振」となったり、今回の龍野ポタと京都ポタのあとは「浮心」となったりで、自由に改名。
因みに、「不振」は「調子が悪い」の意ではなく、「ぶれない」と読むのである。
何処かの国の総理大臣に差し上げたい名である。
上総の編み出した「命名遊び」は新たな展開に、そして、まだまだ、これで遊べそうなのである(自画自賛)。

天龍寺。
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ここには、1997年(平成9年)、夢窓国師650年遠諱(おんぎ)を記念して法堂天井に加山又造画伯により八方睨みの龍として『雲龍図』が描かれている。

前日の「龍野ポタ」、この日の「京都ポタ」は、龍野城本丸御殿/襖絵「龍煌々志」/出口龍憲作、龍野/旧脇坂屋敷/袋戸棚引戸の「龍」、龍野醤油資料館別館二階ギャラリー/「龍」/山下摩起作、京都花園/妙心寺法堂/天井画「雲龍図」/狩野探幽作など、龍を訪ねるポタでもあった。

今回は、天龍寺法堂に立ち寄る時間はなかったが、次の機会に、是非、この「雲龍図」を眺めてみたいものだ(非公開かな?)。
更に、京の寺々の龍の天井画を調べ上げ、「京の寺/龍の天井画めぐり」なるものもやってみたいものだ。

渡月橋を眺めながら、京都ポタを終えた。
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渡月橋近くで、KCTPレンタルのルイガノ・ミニベロを返却し、JR山陰腺嵯峨嵐山駅から帰途についた。

前日の龍野ポタ、この日の京都ポタ、何れも、満足度100%の旅であった。

フォト:2011年1月30日

(完)
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by kazusanokami | 2011-03-08 01:43 | 京都ポタリング
2011年 03月 06日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2011/祇王寺』 kp-9

祇王寺をゆるりと巡る。
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入るときには気付かなかった、入り口近くのミツマタの白い蕾を愛で、嵐山方面に向かった。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-03-06 07:59 | 京都ポタリング
2011年 03月 05日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2011/嵐山方面に向かう』 kp-8

仁和寺から嵐山方面に向かう。

29号線を走る。
坂を上る、坂を下る。
広沢池沿いから田畑の中を抜ける。
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途中、大覚寺前で休憩。
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大覚寺前の塀の角の、小さな赤い鳥居に目を惹かれる。
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塀に掲げられた住所表示は「右京区嵯峨大覚寺門前登り町」。
京都の住所は長いものが多いが、知らない場所でも、何処ら辺りにいるかは分かり易い。

清涼寺前で休憩。
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(左側に写った電柱2本と下端をちょいとトリミングしてみました。調髪のあとの如く、すっきりしました。電線の地下化が望まれます。)

祇王寺手前の坂を上る。
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祇王寺に至る。
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祇王寺をゆるりと巡る。
冬枯れと緑の苔が織り成す庭を眺めながら...。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-03-05 20:38 | 京都ポタリング
2011年 03月 05日

『ハリポタ藩京都ポタ 2011/仁和寺の巻』 kp-7

仁和寺。
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仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立が発願されたことに始まる。
翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継ぎ、仁和4年(888年)に完成し、寺号も元号から仁和寺となった。
応仁元年(1467年)に始まった応仁の乱で、仁和寺は一山のほとんどを兵火で焼失。
近世になって、寛永年間(1624年-1644年)、徳川幕府により伽藍が整備され、また、御所の造り替えに伴い、御所の紫宸殿、清涼殿などが仁和寺に下賜され、現在の金堂や御影堂となった。
正保3年(1646年)に伽藍の再建が完了し、創建時の姿に戻ることが出来たのである。

幾つかの門を眺める。
幾つかの門をくぐる。

二王門。
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本坊表門。
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勅使門。
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中門。
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御室桜。
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金堂。
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ハリポタ藩の面々。
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左端の黄色い帽子の御仁は、写真撮影に余念のないS殿様。

この寺の名で思い出すのは、徒然草第五十二段「仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ...(中略)少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」である。
「先達はあらまほしき事なり」は、時折、借用することもある。
以前、石清水八幡宮に参拝したことはあるも、仁和寺は初めてのことにて、良き機会を得た。

妙心寺、梵鐘の巻での、徒然草第二百二十段で「凡そ、鐘の声は黄鐘調なるべし。...浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり」に続き、今回の京都ポタは「徒然草」の旅でもあった。

北野天満宮から仁和寺への道中あたりから、晴れ模様は曇り模様に。
仁和寺を散策する中、曇り模様から一転、小雪がちらついて来た。
京都らしい、冬の天気だ。

仁和寺から嵐山方面へ向かう。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-03-05 07:47 | 京都ポタリング
2011年 03月 05日

『ハリポタ藩京都ポタ 2011/天神さんのご利益の巻』 kp-6

妙心寺から少し東へ走り、北野天満宮へ向かう。

北野天満宮脇に駐輪し、昼餉を摂ることにした。
北野天満宮界隈を散策しながら、昼餉場所に向かう。
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北野天満宮。
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苦しいときの神頼み。
小生も「北野の天神さんにお参りに行こか」の口であった。
現役での大学受験の際は地元に神社に合格祈願するも、不合格。
一浪の後、北野天満宮に合格祈願し、合格。
その御礼参りで参拝したのは1968年3月のこと。
以来、43年振りの参拝であった。
行列の参拝客に「北野の天神さんの御利益は灼(あらたか)でありまするぞ!」と心の中で伝える。
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「東風吹かば匂い起こせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」。

次の立ち寄り先、仁和寺に向かう。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-03-05 01:16 | 京都ポタリング
2011年 03月 03日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2001/妙心寺、明智風呂の巻』 kp-5

法堂内で狩野探幽作の天井画「雲龍図」と国宝の梵鐘を見学したのち、「浴室」へ向い、ここでも懇切丁寧な説明を受けた。

「浴室」。
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三門の東側に位置する浴室は、天正15年(1587年)、塔頭太嶺院(廃寺)の蜜宗和尚が、明智光秀の菩提を弔うために創建されたもの(明暦2年(1656年)に改建)で、「明智風呂」と称されている。

「開浴」と「施浴」。
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浴室の表に、「開浴」と「施浴」が表裏となっている看板が置かれている。
「開浴」は住職が光秀を偲んで入浴する日、そして、「施浴」は塔頭寺院の坊さんらが湯を使う日とのこと。

灯明の跡。
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床が窪んでいる。

当番表。
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塔頭寺院毎に風呂当番が決められている。

浴室の南側に設けられた部屋。
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入浴のため、この部屋で広げた布の上で服を更衣した。
これが「風呂敷」の由来であるとの説がある。

排水口。
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案内の人に指差して貰わねば、見落とすところであった。

南総門を抜け、「雲龍図」の絵葉書を求めて、妙心寺系の施設「花園会館」へ。
絵葉書どころか、葉書サイズより相当に大きな、不繊布に描かれた「雲龍図」をゲットすることが出来た。

次の立ち寄り先は、大事な、大事な、北野天満宮だ。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-03-03 00:41 | 京都ポタリング
2011年 02月 26日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2001/妙心寺、雲龍図の巻』 kp-3

龍好きの上総、法堂内の狩野探幽作「龍雲図」を楽しみにしながら、観覧券を購入した。

案内の人に従い、法堂内へ。

案内の人から数多くの説明があったが、その中で「口は鰐、髭は鯰、目は牛、角は鹿、胴は蛇、鱗は鯉、足は鷹を手本に描かれた」と「目は八方睨み」、そして、「壁に立て掛けて描き、吊り上げたことにより、法堂は吊り天井となっている」との説明が、殊の外、興味深きことであった。

狩野探幽作「雲龍図」をゆるりと鑑賞した後、外を歩きながらの、呑々守殿との会話。
「おい、あの時代に鰐、おったか?」。
「織田信長の時代に南蛮渡来のものが数多く入って来ているので、その頃の資料を探幽さんは見たのかもしれないね」。
「その昔、鰐は鮫のことやった」。
「因幡の白兎やね」。

妙心寺を訪れる前に「天井画の龍は撮影禁止であろうから、せめて、絵葉書など」と思っていたが、予想通り、やはり、撮影禁止。
観覧券売り場で、絵葉書につき、問うたところ、「南総門近くの花園会館に置いてあります」とのこと。
ハリポタ藩の面々に花園会館までお付き合い願い、不繊布にプリントした「雲龍図」を手に入れることが叶った。

前置きが長くなった。
狩野探幽作「雲龍図」、登場。
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これらのフォトは、妙心寺法堂内では撮影禁止であったので、観覧券売り場で貰ったパンフレットを法堂前の床机に置き、撮ったものだ。
方向を変えての四葉は「八方睨み」のつもりである(四方であるが...)。

フォト:2011年1月30日

フォトおよび文:
2011年2月11日付アップロードの「龍と出遭った旅/龍野にて、そして、京都にて」<出遭った龍、其の五>より。

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-02-26 23:57 | 京都ポタリング
2011年 02月 26日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2001/妙心寺、梵鐘の巻』 kp-4

妙心寺/鐘楼。
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この鐘楼の梵鐘はレプリカである。

日本最古、698年の作と言われ、国宝に指定されている「妙心寺鐘」は、狩野探幽作の天井画「龍雲図」と同じく、法堂内で見ることが出来る。

妙心寺法堂の天井画、狩野探幽作「龍雲図」に続き、同じく法堂内に保存されている国宝「妙心寺鐘」についても丁寧な説明を受けた。

古くに造られた梵鐘は撞座の位置が高く、鐘身の中央に近い位置にあるとのこと。
確かに、妙心寺鐘の撞座は中央の少し下側にあった。。

説明の中で、徒然草に「およそ鐘のこえは黄鐘調なるべし...」とあり、その鐘との説明があった。
案内の人に、「徒然草の第何段でせうか」と問うたところ、「さて、そこまでは...」との答え。
それで終わるのかと思いきや、その続きとして「お調べしておきますので、次回、またお越し下さい」との言葉が。
これはなかなか良き返事と、変に感心したりして...。

徒然草第何段なのかにつき、調べてみた。

第二百二十段
「何事も、辺土は賤しく、かたくななれども、天王寺の舞楽のみ都に恥ぢず」と云ふ。天王寺の伶人の申し侍りしは、「当寺の楽は、よく図を調べ合はせて、ものの音のめでたく調り侍る事、外よりもすぐれたり。故は、太子の御時の図、今に侍るを博士とす。いはゆる六時堂の前の鐘なり。その声、黄鐘調の最中なり。寒・暑に随ひて上り・下りあるべき故に、二月涅槃会より聖霊会までの中間を指南とす。秘蔵の事なり。この一調子をもちて、いづれの声をも調へ侍るなり」と申しき。
凡そ、鐘の声は黄鐘調なるべし。これ、無常の調子、祇園精舎の無常院の声なり*。西園寺の鐘、黄鐘調に鋳らるべしとて、数多度鋳かへられけれども、叶はざりけるを、遠国より尋ね出されけり。浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり。

「黄鐘調」を調べてみると、「黄鐘調(おうしきちょう)/12律の第8音『黄鐘 おうしき)』を主音とする調子で 律旋(りっ せん)の配列になっている。西洋音楽の『イ短調』に相当する。 黄鐘調音階、黄風、調とも呼ばれ 水調無調(すいちょうむちょう)という枝調子を含む」とある。
なかなか難解。分かるのは「西洋音楽のイ短調」のみ...。

1973年(昭和48年)まで、年末恒例の「行く年来る年」の冒頭で響いていた梵鐘が、この国宝の妙心寺鐘であったとのこと。
これ以上撞くとヒビが入る可能性があるとされ、今はその役目を終え、法堂の中に収納されている。
最早、実際の音を聴くことは叶わないが、法堂内で、録音された響きを聴くことが出来る。
録音ながら、重く余韻のある響き。
その響きは今でも耳に残っている。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-02-26 23:57 | 京都ポタリング
2011年 02月 26日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2001/妙心寺の巻』 kp-2

妙心寺。
臨済宗妙心寺派の大本山。
広大な敷地には46の塔頭寺院が立ち並ぶ。
それらの塔頭寺院の中には、「賤ヶ岳の七本槍」の福島正則の墓所「海福院」や脇坂安治の墓所「隣華院」もある。
見所としては、法堂の狩野探水作「雲竜図」や日本最古の名梵鐘、「明智風呂」と称される浴室などがある。
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龍好きの上総、法堂内の「雲龍図」を楽しみにしながら、観覧券を購入した。

フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-02-26 23:56 | 京都ポタリング
2011年 02月 26日

『ハリポタ藩/京都ポタ 2011/あったかい帽子の巻』 kp-1

1月29日の「龍野ポタ」に続き、翌30日は「京都ポタ」。

ハリポタ藩軍師六々守殿の当初企画では1月29日はハリポタ藩走り初め「龍野ポタ」、翌30日はハリポタ藩新年会「古法華/鍋会」であった。
しかしながら、龍野ポタの走行距離は10kmくらいとのことにて、これでは走り足らずの感ありじゃないの?と"走り好き"(???)の上総の我が儘で、軍師殿に「京都ポタ」を企画願った次第。

メンバーは、六々守殿、御典医殿、播磨守殿、呑々守殿、按針殿、摂津守殿、本町普請奉行殿、上総の八名。

六々守殿、御典医殿、播磨守殿は愛馬携行。
呑々守殿、按針殿、摂津守殿、本町普請奉行殿、上総の五名は、京都サイクル・ツアー・プロジェクト(KCTP)で、ルイガノ・ミニベロをレンタル。
1年9ヶ月振りに、KCTPのアイドル、「シルエット舞子はん」に出逢った。
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KCTPでレンタルしての京都ポタはこれで三回目。
KCTPはオサレなjitenshaを整えており、いつも、頼もしい存在だ。

堀川通を北上する。
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防寒対策、完璧!
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「俺もあったかい帽子が欲しい」とD殿様。
「では、向こう側のコンビニへ」と軍師殿。
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D殿様、あったかい帽子をゲットし、ご機嫌。
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二条城前交差点。
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走る人、撮る人。
鳥見だろうか?
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堀川通から左に折れ、妙心寺に向う。

頭三脚、失敗の図。
但し、上総の、hyakkin製のあったかい帽子はバッチリ(???)。
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頭三脚、成功!の図。
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フォト:2011年1月30日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-02-26 01:45 | 京都ポタリング