カテゴリ:玉川上水・多摩湖自転車道( 22 )


2013年 11月 18日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/小平(下)』 tsu-7

小平ふるさと村。
「旧神山家住宅主屋」。
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移設されたとは言え、防風林まで設けられているのには感心する。
防風林にはいろいろあるが、これは「屋敷林」である。
地方によっていろんな呼び方があるが、武蔵野では「風垣」と呼ばれるとのことだ。
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今一度、「風垣」を眺める。
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1週間前には、常総市の古民家「坂野家住宅」を見学した。
古民家づいた9月であった。

多摩湖自転車道の終点に至る。
久しぶりに、小金井公園に立ち寄る。
久しぶりに、ちょこっとだけだが、玉川上水沿いの走りを味わい、JR東小金井駅でフィニッシュ。
多摩湖と狭山湖の堰堤耐弾層を偲ぶポタリングであった。

フォト:2013年9月28日

(完)
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by kazusanokami | 2013-11-18 01:23 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)
2013年 11月 17日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/小平(上)』 tsu-6

野沢屋さんで850グラムの大盛りうどんを腹に収め、多摩湖自転車道の終点(西東京市新町)に向って走る。
「多摩湖自転車道」は、役所的には「東京都道253号保谷(ほうや)狭山(さやま)自然公園自転車道線」というのだそうだ。
別名「水道道路」とも言われており、これは、多摩湖(東村山市)から境浄水場(武蔵野市)に引かれた水道管の上を走っているからである。
距離は、多摩湖周回路が約10km+ほぼ一直線の「水道道路」が約10kmの都合約20kmの自転車道である。
この自転車道は幾つかの一般道や西武線と交差する。
西武国分寺線踏切。
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一直線の自転車道。
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「小平ふるさと村」。
自転車道脇に移設された「旧小平小川郵便局舎」を眺めるのも楽しみのひとつだ。
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殊に、お気に入りは、屋根に施された郵便マーク「〒」の装飾である。
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郵便マーク「〒」の由来には諸説あり、いろいろと面白いものもある。
書き出すときりがないので、ここでは「逓信省の、テ」説のみ記しておこう。

郵便ポスト。
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赤い郵便ポストを見ると、どうしてもカメラを向けたくなる。

カウンター。
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「丸いポストのまち こだいら」。
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「すみやすく、ほんわかとしたまちのシンボルとし...」とある。
赤いポストを見るとカメラを向けたるなる訳のひとつは、この「ほんわか」にあるのかもしれない。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-17 07:07 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(0)
2013年 11月 17日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/野沢屋』 tsu-5

山口観音と狭山湖東岸の堰堤と展望台に立ち寄ったあと、再び、多摩湖周回路に戻り、逆時計廻りで走る。
鹿島休憩所で一服。
「今日の jitensha、撮ります」。
「時計も一緒にお願いしますよ」。
「うん、そのつもりですよ。時計を入れると、ええ記録写真になるんです」。
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「多摩湖は時計回りより逆時計廻りがよい」、「そう、それの方が上りが少ない」などと、楽な方へ楽な方への65歳たちの会話。

多摩湖堰堤の南端に至る。
「昼餉は、予定通り、武蔵野うどんで」。
「役割分担で、武蔵野うどん『野沢屋』へのナビは伊豆さんにお願いします」。
多摩湖自転車道を下り、武蔵大和駅近くの住宅街へ。
「野沢屋」。
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2010年7月の、大給守殿との二人ポタの際、武蔵野うどんが話題に。
しかし、既に、多摩湖自転車道を走り抜け、JR東小金井駅まで戻っていたので、武蔵野うどんにはありつけなかった。
ということで、3年越しで、「武蔵野うどん企画」が実現したのであった。
記念すべき(???)この日、大給守殿が不出馬であったことは残念だが...。

壁に貼られた品書きを見る。
普通のつけ麺と肉汁うどんの二種類がある。
肉汁うどんもつけ麺である。
うどんの量は、並み、大盛り、特盛りの三種類がある。
「大盛りって、何玉ですか」。
「大盛りは、850グラムです」。
うどんの量をグラムで言われたのは初めてだ。
ステーキ・ハウスみたいやなあと思いながら、肉汁うどん、大盛りを注文する。
伊豆さんは、つけ麺、大盛りを注文する。
南国さんは、つけ麺、並みを注文する。
伊豆さんは注文したあと、直ぐに、並みにしておいた方がよかったかなあと<弱気>。
うどんが運ばれて来るのを待っている間も、並みにしておいた方がよかったかなあ、と。
850グラム、登場!
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伊豆さんは、うどんが運ばれて来たとき、そして、食べながら、やっぱり、並みにしておけばよかったかなあ、と。
しかし、なんじゃかんじゃと言いながら、伊豆さんは、大盛り、850グラムを、無事、完食。
上総は、うどんの量のことよりも、武蔵野うどんの味わいに集中。
yome が讃岐出身なもので、讃岐国や我が家で讃岐うどんを食べる機会が多く、うどんには結構うるさいと自認している。
ということで、武蔵野うどんについてここで感想を述べねばならないだろう。
結論から先に言うと、武蔵野うどんと讃岐うどんは別物であり、比べてはいかんということである。
関西の蒸さずに焼く鰻と関東の蒸してから焼く鰻は別物、関西の焼き穴子と関東の煮穴子は別物と同様である。
強いて言うなら、讃岐うどんの方が、艶あり、腰ありかと。
武蔵野うどんにも腰はあるが、讃岐うどんの腰ありとは異なる。
讃岐うどんは、腰ありに加えて、弾力もありと言った方がよいかもしれない。
何れにせよ、比較すべきものではなく、別物として美味しく頂戴した。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-17 00:15 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)
2013年 11月 16日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/狭山湖((下)』 tsu-4

前話では、戦時中に多摩湖(村山貯水池)と狭山湖(山口貯水池)の堰堤に施された耐弾層のことについて綴った。
ここでは、狭山湖の自然について綴ってみたい。

狭山湖。
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取水塔。
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取水塔の屋根は、何故か、尖がり帽子が多い。

多摩湖のときと同様に、南国さんから「この山の名の掲示板の写真、撮っておいて頂戴」とのリクエストあり。
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この写真では山の名が読み辛いので、書き下しておこう。
(左から)馬頭刈山(まずかりやま)/884m、鶴脚山(つるあしやま)/916m、大沢山/1482m、三頭山(みとうさん)/1531m、富士見台/-、大岳山(おおだけさん)/1267m、麻生山/794m、御前山/1405m、鍋割山/1084m、男具郡ノ峰(おぐなのみね)/1077m、日の出山/902m、御岳山/929m、大塚山/921m、榧ノ木山(かやのきやま)/1485m、六ツ石山/1479m、水根山/1620m、城山/1523m、鷹ノ巣山/1737m、小雲取山/1937m、雲取山/2017m、本仁田山(ほにたやま)/1225m、天祖山(てんそさん)/1723m、高水山/759m、川苔山(かわのりやま)/1363m
多摩湖での掲示板に記されていない山の名も散見される。

堰堤北詰めの展望台まで進む。
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カワセミやオオタカが生息とある。
カワセミは見放題のスポットが我が家の近所にあるので、それはよいとして、オオタカが見られるというのは魅力的だ。
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堰堤北詰めまで来ると、先ほどまで見えていなかった富士山が、遠く、真正面に見える。
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アップで。
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多摩湖では森の上に見えていたが、狭山湖からは連山の向こうに見え、狭山湖の方がよき姿である。

今日の jitensha @狭山湖。
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狭山湖から、再び、多摩湖周回路に戻る。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-16 17:24 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(0)
2013年 11月 15日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/狭山湖((上)』 tsu-3

ここで、今回、多摩湖と狭山湖を訪ねた目的を綴っておこう。
年初に、明治の初めに刻まれた「几号水準点」をめぐった。
これは、竹内正浩著「地図と愉しむ東京歴史散歩」(中公新書)の中の「石垣に刻まれた幻の水準点」を参考にめぐったものであった。
同著を更に読み進むと、「都内に残る水道道路の謎」の中で、戦時中の多摩湖と狭山湖について興味深いことが書かれてあった。
要約すると次の通りである。
-------------------------------------
村山貯水池(多摩湖)は昭和2年(1927年)に完成。
山口貯水池(狭山湖)は昭和9年(1934年)に完成。
昭和18年(1943年)5月、イギリス空軍によるドイツ・ルール地方のダム爆撃で、ダム湖が多数決壊し、下流に住む1200名以上のドイツ国民が溺死。
この情報が日本に伝わり、東京でもダム防衛が喫緊の課題に。
もし、村山貯水池と山口貯水池が破壊されれば、都心は大洪水に見舞われるとして、500キロ爆弾の直撃にも対処できるよう堰堤を嵩上げが施されることとなる。
堰堤上部に玉石・砂利・コンクリートを用いて最大厚2.5メートルの丈夫な耐弾層を設置し、堰堤を防護するもの。
物資不足の折であったので、奥多摩で建設中であった大河内ダム用のセメント20万袋(1万トン)を流用。
結局、それでもコンクリートは足りず、玉石を混ぜて工事を進め、耐弾能力は25キロ爆弾程度の直撃に低下。
堰堤決壊に備え、水位を下げて対応。
昭和20年4月以降8月の終戦まで、5度の爆撃にあったが、大きな被害はなかった。
このほか、水道施設への爆撃を避けるため、さまざまな対策が実施されている。
貯水池の水面に筏を組んだり、浄水場では葦簀や偽装網が張ったりして迷彩を施したり、地図では池を消したり、荒地の記号を変えるなど改描偽装もあった。
西武鉄道村山線(現西武多摩湖線)「村山貯水池駅」は「狭山公園前駅」(現西武遊園地駅)に駅名を変え、水道施設の名を消したりもしている。
因みに、建設中であった大河内ダムは昭和18年10月に工事が中断し、完成が戦後の昭和32年(1957年)にまでずれこんだが、その原因は、前述の、村山貯水池と山口貯水池の堰堤嵩上げ工事によるものであった。
-------------------------------------
以前に、二度、この地を訪れているが、そのときはこのような歴史があったことは知らなかった。
小生は現場主義である。
耐弾層をイメージして、今一度、堰堤を見たく、多摩湖と狭山湖を訪ねた次第だ。

「山口貯水池(狭山湖)の歴史」。
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阪神・淡路大震災を契機に堤体強化工事がなされたとの記述の中に、「堤体強化工事の盛立に先立ち、第二次世界大戦時に施工された耐弾層を撤去し、ドレーン材として再利用しました」と耐弾層のことに少しだけ触れられている。

「埋もれていた昭和の高欄(こうらん)の出現」。
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左側の記述をアップで。
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右側の写真をアップで。
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ここでも「平成10年に始まった堤体強化工事では、第二次世界大戦中に施工された耐弾層(注1)を撤去しました」との記述と「注1」として耐弾層の説明がなされていることで、耐弾層のことに少しだけ触れられている。

竹内正浩著「地図と愉しむ東京歴史散歩」を読み、当時の背景が分かるからこそ、これらの掲示物のほんの僅かな説明だけであっても理解出来るということである。
「昭和初期の高欄に昭和初期の優れた土木技術を感じさせる」という記述も大事なことであろうが、戦争の悲惨さを伝えるには当時の背景につきもう詳しい説明を付してもよいように思うのは小生だけであろうか。

本ブログで掲載した掲示物は山口貯水池(狭山湖)で見たもののみであるが、村山貯水池(多摩湖)についても同様である。

昭和18年の耐弾層の突貫工事を想像しながら、平和を思い、多摩湖と狭山湖の堰堤で「今日の jitensha」を撮るのであった。
多摩湖(村山貯水池)堰堤にて。
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狭山湖(山口貯水池)堰堤にて。
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=備考=
村山貯水池は、西の村山上貯水池と東の村山下貯水池に分かれている。
本部ログでの記載は、東の村山下貯水池の堰堤についてである。


フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-15 18:08 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)
2013年 11月 13日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/山口観音』 tsu-2

多摩湖。
堰堤を渡り、逆時計回りで走り始める。
途中、多摩湖の北にある山口観音に立ち寄る。
久しぶりの山口観音である。
サイクリングロードを外れ、長い石段を下り、境内に入る。

吾庵山金乗院放光寺、別称、山口観音。
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魔除けが主役の香炉。
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小生にとって、山口観音は三つの楽しみがある。
マニ車、新田義貞霊馬、そして、龍コレクションである。

楽しみ其の一。
マニ車。
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此の鐘は印度ネパールで作られ夫々梵語の圣文が刻印され又圣文が納められてお圣を知らない人もお
圣を讀んだと同じ功徳があります。
鐘を廻し乍ら歩いて下さい。
全部で百八ヶあります。
(境内説明書き、原文通り)
------------------------
本堂の外側三面に設えられたマニ車を回しながら歩く。

楽しみ其の二。
新田義貞霊馬。
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御堂の外側正面に、この霊馬に関わる説明書きが掲げられている。
この説明書きの面白いところは、歴史のこともさることながら、霊馬が一人称で語っていることである。
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私は新田義貞公の霊馬です。
新田公の御供を仕り、鎌倉入りして忠誠を尽くしました。
その後、公の仰せにより当山を守護し余世を送り、今から五百年ほど前、私は生まれ変わりました。
昭和43年、解脱会の御奉仕で建物が建て替えられましたが、平成11年 本橋敏夫氏の白頭の馬の彫像の寄贈に由って、再びお堂が建て替えられました。
私を参拝する人々ひ勝運と商売繁盛を授けます。
-----------------------
伝・新田義貞祈願文には、元弘3年庚申5月15日の日付と新田義貞の花押が記されているとのことである。
新田義貞は、元弘3年(1333年)5月8日、上野国生品明神で挙兵し、小手指原の戦い、久米川の戦い、分倍河原の戦いなどを経て、鎌倉を攻略し、鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ。
伝聞ながら、祈願文の日付から、新田義貞が鎌倉攻めの際にここに立ち寄り、戦勝を祈願したことが窺がわれる。

霊馬は「私を参拝する人々ひ勝運と商売繁盛を授けます」とも語っている。
ハリポタ藩の盟友、播磨守殿は競馬が大好き。
ポタリングで神社仏閣をめぐっても祈ることは唯ひとつ、勝運である。
播磨守殿に代わって、霊馬に勝運を祈念しておいた。

御堂の奥には、数多の馬が彫られた木彫りが奉納されている。
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勝運、間違いなしである。

楽しみ其の三。
龍コレクション。
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寺院を訪れての龍コレクションのメインはその口から水が流れ落ちる手水舎の龍であるが、当院の手水舎は龍ではなく、観音様であった。
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山口観音から狭山湖へと向う。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-13 23:58 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)
2013年 11月 11日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/多摩湖』 tsu-1

「多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ」に出掛けた。
夏の暑さがまだ残る、しかし、秋の気配も感じさせる9月下旬のことであった。
メンバーは、伊豆守殿、南国殿、そして、上総の3人。
多摩湖ポタリングは、2009年4月の一人ポタ、2010年7月の大給守殿との二人ポタに続いて、三度目となる。
狭山湖は初めてだ。

前2回はJR東小金井駅からのスタートであったが、今回はJR新秋津駅に集合。
南国守殿が探索した新ルート、空堀川沿いの自転車道を走り、多摩湖自転車道に合流し、多摩湖へ向うというコースである。

多摩湖(村山貯水池)。
堰堤の中程から湖を眺める。
左は取水塔。
取水塔は東京都選定歴史的建物である。
右の白いドームは西武球場。
さて、真ん中の、遠くに見える連山は?
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遠くに見える連山をアップで。
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堰堤を少し進むと「多摩湖から見える山々」の答えがあった。
先ほどの写真と少し角度が違うが、写真の真ん中辺り(答えの掲示板では右端)に写っている、尖がった山は鷹ノ巣山だ。
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「上総さん、これ、写真に撮っておいて頂戴」と山歩きも趣味の南国さん。
全体図をもう一枚。
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この写真では、山の名がよく読み取り難いので、書き下しておこう。
(左から)丸山/1098m、雁ケ腹摺山(がんがはらすりやま)/1874m、黒岳/1988m、馬頭刈山(まずかりやま)/884m、小金沢山/2014m、大沢山/1482m、三頭山(みとうさん)/1531m、大岳山(おおだけさん)/1267m、御前山/1405m、鍋割山/1084m、御岳山/929m、日の出山/902m、大塚山/921m、榧ノ木山(かやのきやま)/1485m、六ツ石山/1479m、鷹ノ巣山/1737m、小雲取山/1937m、雲取山/2017m、本仁田山(ほにたやま)/1225m、天祖山(てんそさん)/1723m

今日の jitensha。
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堰堤の北端へと進む。
「おっ、あそこに、薄っすらと、富士山が見えます」、「どれどれ、何処に?」。
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薄っすらと見える富士山をアップで。
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富士山を見ることが出来、何だか得した気分。

今日の jitensha/その2 @堰堤北詰。
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堰堤を背景に「今日の jitensha」を撮ったことには訳がある。
それは第二次世界大戦にまで遡ることとなる。
詳しくは、後ほど、「狭山湖(山口貯水池)の巻」で綴ることにしたい。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-11 06:21 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(0)
2010年 08月 19日

『瀬戸の海賊、武蔵の山賊』

本日、ブログ開設3周年を迎えました。
日頃のご愛読、御礼申し上げます。
この3年の間にブログの手法もいろいろと変遷を辿って来ました。
その変遷のひとつとして、仲間から戴いたフォトを使わせて貰ったり、仲間との電子飛脚便を引用させて貰ったりというものもあります。
それらをを駆使(???)したブログ「瀬戸の海賊、武蔵の山賊」を3周年記念としてアップロードします。
今後共、「上総守が行く!」を御愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。

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7月31日、大給守殿と共に、水辺から水辺へ、玉川上水から多摩湖を走る。
このコースを走るのは、昨年4月、桜満開の頃に走って以来のことである。

JR東小金井駅をスタート。
小金井公園を経由して玉川上水遊歩道を走る。
クヌギやコナラの木々に覆われた遊歩道は木陰が続き、真夏のポタにはもってこいのコースである。

西武拝島線玉川上水駅から北上。
昨年4月には道を間違えたダイエーの角の道にしっかりと入り、多摩湖を目指す。

東大和市立郷土博物館で一服。
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ここから一気に坂を上り、多摩湖自転車道に入る。
昨年4月は時計回りで走ったので、今回は逆時計回りで走ることにした。
坂を上り切り、堰堤を渡る。
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ポタの途中、国許のハリポタ藩御同輩とケータイで"実況中継遊び"をすることがある。
今回もこの"実況中継"で遊んでみた。

朝、東小金井駅を出発し、暫くして、「おはよー、六々守殿、御典医殿、摂津守殿。『瀬戸の海賊』、やっておりまするかな?当方、大給守殿と『武蔵丘陵の山賊』をやっておりまする。《水辺から水辺・玉川上水から多摩湖ポタ中の上総》」と、この日、瀬戸内海でのカヤック&キャンプに出掛けたハリポタ藩御同輩にケータイ電子飛脚便を遣わす。

早速、摂津守殿より「上総殿、夏に負けず、jitensha行脚!実にすごかー!に御座る。某、〇〇(伏字)を負い、本日、明日のカヌーを断念...」との返信あり。

これを受けた上総、多摩湖から「〇〇を負ったとな?どげんばして、そげなことになったとですか?」と摂津殿に見舞いのケータイ糸電話。
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多摩湖自転車道を走る。
多摩湖周回路は殆ど木々に覆われ、玉川上水遊歩道と同様、真夏のポタにはもってこいのコースである。

途中、小降りの天然のシャワーも浴びながら、多摩湖を一周し、西武多摩湖線沿いの自転車道に入り、小金井公園経由JR東小金井駅に戻る。

多摩湖周辺と多摩湖から下る道は小雨なるも、小金井公園や東小金井駅周辺はカンカン照り。
丘陵部と平地、僅か10kmくらいの距離ながら、天気が大いに違うことを実感。

昼餉時、六々守殿より「本日、摂津殿欠席にて、御典医殿との二人舟旅。島に上陸、ギョーザとチャーハンを食し、海風に感じて休憩中。こんな気持ちのいいことをみんなに分けてあげたく候」との実況中継あり。

「海賊チャーハン、ギョーザ、旨そうに御座るのう。玉川上水、多摩湖を巡り、先程、スタート地点の東小金井駅に立ち戻り候。小平手打ちうどんを食そうと思い、あちらこちらで店を聞くも、手打ちうどんは小平のものにて小金井には無いと。然様なことにて、韓国家庭料理屋で生ビールを飲みながら大給殿と反省会中...」と返信。
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「水辺から水辺へ・玉川上水から多摩湖へ」のポタと、「武蔵丘陵(正確には狭山丘陵と呼ぶようだ)から瀬戸内へ」の実況中継を楽しんだ1日であった。

フォト:2010年7月31日
フォト#3、#4、#5:大給守殿提供
コース指南書:「東京周辺自転車散歩」(山と渓谷社)
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by kazusanokami | 2010-08-19 21:03 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(4)
2009年 04月 20日

『玉川上水・多摩湖自転車道の旅』 tj-14

花小金井も通り過ぎ、そろそろ、多摩湖自転車道もゴールに近づいて来ました。
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キッズ、パートII。
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多摩湖自転車道/五日市街道終点(始点)。
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五日市街道を走り、朝の目印、梶野橋を左折し、JR東小金井駅へ。
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JR東小金井駅、ゴール!
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上水や湖と親しみ、咲き乱れる花を愛で、親切な人に助けられての、走行距離約58kmの楽しきポタでした。

フォト:2009年4月4日

<完>
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by kazusanokami | 2009-04-20 23:25 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)
2009年 04月 20日

『玉川上水・多摩湖自転車道の旅』 tj-13

沿道の丸いポストに目を惹かれました。
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小平は、「丸いポストのまち」との由。
都内には、約250の丸ポストが残っているそうです。
小平では、30の丸ポストが現役だそうです。

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-04-20 21:43 | 玉川上水・多摩湖自転車道 | Comments(2)