『上総守が行く!』

kazusanokm.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:J. コンドルゆかりの地を訪ねて( 16 )


2009年 08月 13日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/フラッシュ・バック』    jc-16

「ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」。
巡ったところをフラッシュ・バックで...。

丸の内/三菱一号館
a0104495_11395768.jpg

三田/三井家倶楽部(現・綱島三井倶楽部)
a0104495_11402367.jpg

杉並区/妙法寺鉄門
a0104495_1141137.jpg

上野/旧岩崎久弥邸(現・旧岩崎邸庭園)
a0104495_11444329.jpg

本郷/東大構内、コンドル像
a0104495_11454185.jpg

神田駿河台/ニコライ堂
a0104495_1146487.jpg

護国寺墓所
a0104495_11473922.jpg

西ヶ原/旧古河虎之助邸(現・旧古河庭園)
a0104495_1148046.jpg
旧岩崎弥之助邸(現・三菱開東閣)、旧島津家袖ヶ崎邸(現・清泉女子大学本館)、旧岩永省一邸(現・目黒雅叙園”旬遊紀”)は、訪れるも、建物そのものを見ることが出来ませんでしたが、次の機会の楽しみに...。

プロフィール(「旧岩崎邸庭園」の展示パネルにて)
a0104495_1149894.jpg

コンドルが携わった建造物(「旧岩崎邸庭園」の展示パネルにて)
a0104495_12201762.jpg
上段左から、上野博物館、鹿鳴館、岩崎弥之助深川別邸、ニコライ堂、三菱一号館、岩崎弥之助高輪別邸(三菱開東閣)、諸戸清六邸(桑名市六華苑)、三井家倶楽部(三井倶楽部)、島津忠重邸(清泉女子大学本館)、古河虎之助邸(旧古河庭園)。
下から二段目左の旧諸戸清六邸は桑名市六華苑に現存する建物とのことにて、遠方ながら、機会があれば、訪れてみたいところです。

コンドルの教え子たち(「旧岩崎邸庭園」の展示パネルにて)
a0104495_11495827.jpg

コンドルの教え子、辰野金吾が欧州視察時に描いたスケッチ(8月4日、テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」より)
a0104495_11504689.jpg
a0104495_11493614.jpg
a0104495_11505569.jpg
a0104495_1151997.jpg

明治から大正にかけ、日本人に建築学を教え、日本人と結婚し、日本に骨を埋めたジョサイア・コンドル先生の足跡を辿り、「日本近代建築の父」をこの目で実感することが出来ました。
a0104495_11512820.jpg

20年前、小生がロンドンに駐在していた頃、日本からの或る客人に「美術館にご案内しましょうか」と申し上げたところ、客人曰く、「絵画や彫刻は日本でも見ることも出来ますが、建物はそうは参りません。建物を見たいですね」と。
「ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」で jitensha を走らせながら、ふと、この言葉を思い出しました。

フォト:2009年8月1日(ポタリング)、8月4日(テレビ東京放映)、8月8日(ポタリング)

(完)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-13 20:24 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(4)
2009年 08月 13日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/旧古河虎之助邸』     jc-15

護国寺をあとに、不忍通り、本郷通りを走り、北区西ヶ原/旧古河庭園へ。
旧古河庭園は二週間ぶりです。

西ヶ原/旧古河庭園(旧古河虎之助邸)。
a0104495_7382781.jpg
a0104495_7384116.jpg
a0104495_7385010.jpg
a0104495_739132.jpg

石造りの洋館は1917年(大正6年)築。
外壁は伊豆真鶴産の赤みを帯びた新小松石(安山岩)で、雨に濡れると落ち着いた色調を醸し出すとのことです。

<コースその1>、<コースその2>と、2回に亘って巡った「コンドル先生ゆかりの地」も、ここ、旧古河庭園で終わりました。
訪ねたところを反芻しながら、JR日暮里駅まで走り、輪行にて帰宅。
今回の走行距離、26.67km。

フォト:2009年8月8日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-13 08:08 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(0)
2009年 08月 12日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/護国寺墓所』 jc-14

神田駿河台/ニコライ堂から湯島聖堂、神田明神に寄り道した後、外堀通り、春日通り、不忍通りを走り、護国寺へ。
護国寺は二週間ぶりです。

護国寺。
本堂裏の墓地に向かう前に、本坊の寺務所に立ち寄り、コンドル先生のお墓の場所を尋ねました。
若いお坊さんから「護国寺墓地略図」を頂戴し、コンドル先生の墓所を教えて貰いました。
a0104495_12195080.jpg
コンドル先生の墓所は墓地の奥まったところに。
大隈重信、三条実実、山縣有朋などの名もこの略図にありました。

コンドル先生と夫人の墓所。
a0104495_11421276.jpg
a0104495_11412476.jpg
a0104495_11414854.jpg
a0104495_1141369.jpg

お墓には次の通り刻まれています。
      IN MEMORY OF
   JOSIA CONDER FR.I.B.A.
BORN SEPT 28 1852 DIED JUNE 21 1920
      AND HIS WIFE
      KUME CONDER
BORN DEC 16 1854 DIED JUNE 10 1920
   "LIFE'S WORK WELL DONE
      LOVING AND TRUE"
             +
墓之ルデンコ ヤイサヨジ士博學工
   日一十二月六年九正大
   墓之子メク ルデンコ 妻
   日十月六年九正大
ERECTED BY THEIR DAUGHTER

英語と日本語の間の小さな「+」は十字架をもあらわしているのでしょうか?
現存する資料の多くでは「コンドル」と記されているそうですが、お墓には「コンデル」と記されています。
クメ夫人は、アルファベットでは"KUME"、日本語では「クメ子」と刻まれています。
コンドル先生とクメ夫人は同じ年の同じ月に亡くなっています。
娘さんがいたこともこのお墓でわかります。
娘さんはその後どうしたんだろうと、ふと、吉村昭著「ふぉん・しーぼるとの娘」を思い出しました。

「コンドルの眠る護国寺せみしぐれ」 合掌。

コンドル先生を巡る旅も余すところ、一ヶ所となりました。
護国寺をあとに、不忍通り、本郷通りを走り、北区西ヶ原/旧古河庭園へ。

フォト:2009年8月8日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-12 08:43 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(0)
2009年 08月 11日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/寄り道』 jc-13

ニコライ堂から護国寺へ向かう前に、ニコライ堂近くで寄り道。

コンドル先生も散策したであろう、湯島聖堂。
a0104495_1103458.jpg
a0104495_1104349.jpg

コンドル先生も散策したであろう、神田明神。
a0104495_11053100.jpg
a0104495_111469.jpg


外堀通り、水道橋、春日通り、不忍通りを走り、護国寺へ。

フォト:2009年8月8日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-11 20:13 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)
2009年 08月 11日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/ニコライ堂』 jc-12

本郷通り、春日通りを走り、神田駿河台へ。

神田駿河台/ニコライ堂。
1891年(明治24年)、竣工。
1923年(大正12年)、関東大震災でドームと鐘楼が倒壊。
1929年(昭和4年)、復興。
a0104495_9205584.jpg

この日は曇り空。
晴れた日なら、こんな感じです。
a0104495_197113.jpg


次のゆかりの地、護国寺へ。

フォト:2009年8月8日/2008年7月19日(2008年ライブラリー蔵出し)

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-11 20:03 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)
2009年 08月 11日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/コンドル像』 jc-11

旧岩崎邸庭園の煉瓦塀沿いの坂道を上り、本郷方面へ向かいました。

東京大学・龍岡門で守衛さんに銅像の場所を尋ねたところ、こんな立派なマップで「工学部一号館前」を教えて貰えました。
a0104495_8465474.jpg


東京大学構内/ジョサイア・コンドル像。
a0104495_7553910.jpg
a0104495_755475.jpg
a0104495_7555656.jpg
a0104495_8362145.jpg
a0104495_8364059.jpg
a0104495_83712.jpg

懐かしい人に出会ったような気分でした。

本郷通り、春日通りを走り、お茶の水方面へ。

フォト:2009年8月8日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-11 09:03 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)
2009年 08月 10日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/旧岩崎久弥邸』 jc-10

8月1日の<コースその1>に続き、8月8日、<コース2>を巡ってみました。

<コースその2>
旧岩崎邸庭園(旧岩崎久弥邸)/台東区池之端~東京大学構内銅像/文京区本郷~ニコライ堂/千代田区神田駿河台~護国寺内墓所/豊島区大塚~旧古河庭園(旧古河虎之助邸)/北区西ヶ原

いつもの通り、JR日暮里駅まで輪行し、上野へ。

池之端/旧岩崎邸庭園(旧岩崎久弥邸)。
1896年(明治29年)、西洋木造建築による邸宅。
a0104495_16423233.jpg
a0104495_16424392.jpg
a0104495_16425569.jpg
a0104495_1643688.jpg
a0104495_1643171.jpg
a0104495_16433617.jpg
a0104495_16435349.jpg
a0104495_1644778.jpg
a0104495_16533894.jpg

邸内を時間を掛けてゆっくりと見学。
ビデオでの説明によれば、コンドル先生は日本の地震についてもよく研究され、この邸の地下構造からそれが窺がえるとのこと。

池之端から本郷へ。

フォト:2009年8月8日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-10 17:16 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)
2009年 08月 10日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/妙法寺鉄門』  jc-9

途中、バイシクル・ポロなどを眺めたりして寄り道もありましたが、目黒から恵比寿、広尾、西麻布、青山、神宮前、四谷、新宿を抜け、大久保通りを西へ走り、環七通りに至りました。
先ほどまでの天気は何処へやら、黒雲が広がって来て、今にも降りそうな雲行き。
環七通りを少し南へ下ると妙法寺、「もうちょっとだから、降らないでおくれ」と念じながら、妙法寺へ向け、急ぎ、走りました。

妙法寺に着くと、丁度、寺の鐘が鳴り始めました。
時計を見ると5時。
山門は既に閉じられていました。
お寺は、後日、ゆっくりお参りすることにして、鐘の音を聞きながら、目的の「鉄の門」を探しました。
直ぐに分かりました。
山門の右手に鉄門がありました。
a0104495_982070.jpg
a0104495_98357.jpg
a0104495_98505.jpg
a0104495_9943.jpg
a0104495_991584.jpg
a0104495_992717.jpg

説明書きに「国重要文化財。1878年(明治11年)製作。明治初期の和洋折衷様式の鉄門として数少ないもの...」とありました。
こ鉄門が製作された1878年(明治11年)は、コンドルが来日した翌年です。
この鉄門は工部省の製作によるものとの記録はあるものの、コンドルが関わったかどうかは定かではないとのこと。
但し、コンドルは工部大学校の教師に加え、工部省の顧問でもあったので、この鉄門に関わったとの説もあるようです。
何故、工部省がお寺の門に関わったのかと、またまた、"歴史徘徊病"が頭をもたげて来ました。

JR高円寺駅から輪行にて帰宅。

走行距離46.35km。

フォト:2009年8月1日

<前編、完/後編に続く>
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-10 09:19 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(4)
2009年 08月 09日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/寄り道』  jc-8

目黒から妙法寺に向かう途中、外苑西通り沿いの明治公園脇を通り過ぎました。
公園で若者たちがjitenshaに乗って何かに興じていました。
一旦、これを遣り過ごしましたが、やはり、気になり、Uターン(何でも気になるんです)。
a0104495_1215247.jpg
a0104495_12153273.jpg
a0104495_12154134.jpg
a0104495_1216126.jpg
a0104495_12161157.jpg
a0104495_12162131.jpg
a0104495_12162940.jpg
a0104495_12163914.jpg
a0104495_12164837.jpg
a0104495_1217070.jpg
a0104495_12171252.jpg

バイシクル・ホッケー、否、バイシクル・ポロに興じていました。
バイシクル・ホッケーや、バイシクル・ポロなる名前があるのかどうかは不詳ですが...。

フォト:2009年8月1日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-09 22:33 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)
2009年 08月 09日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/旧岩永省一邸』  jc-7

目黒雅叙園(旧岩永省一邸)。

事前の調べで、目黒雅叙園のレストラン"旬遊紀"に、コンドルの作、旧岩永邸の一部が残っていることが分かっていました。

目黒雅叙園は小生の承知していた姿から様変わりしており、"アルコタワー"なる高層ビルと一体になっていました。

案内図で1階の奥がレストラン"旬遊紀"であることを確認。
入り口を入ると結婚披露宴で正装した人たちなどで賑わっていました。
リュックを背負ったサイクリング姿は場違いの感もあり、中へ入って行くべきか躊躇しましが、"歴史徘徊病"だから仕方なし!と意を決し、回廊の奥の"旬遊紀"へ。

上手い具合に、レストランの店先にいた"黒服"さんと眼が合いました。
こちらの用向きを伝えたところ、「移築したものが残っています。現在はレストランの個室となっています。本日はお客さんが入られているので、ご覧戴くことはできませんが」と。
「次回、正装して食事に来させて戴きましょう」と応え、再び、回廊を戻りました。

目黒雅叙園近くの、目黒川沿い桜並木。
a0104495_9485162.jpg

「昔は、こんな、感じでした」の図。
a0104495_9404394.jpg

レストラン"旬遊紀"へ向かう回廊。
a0104495_940512.jpg

「昭和の竜宮城で唄う!踊る!」と、変なキャッチコピーのポスター。
a0104495_941032.jpg


さて、次のゆかりの地は、杉並区堀ノ内の妙法寺。
目黒からはかなりの距離があります。
目黒で切上げ、妙法寺は次回とするかと、ちょっと逡巡しましたが、清泉女子大学と目黒雅叙園は言わば"消化不良"であったし、妙法寺まで走ることにしました。

フォト:2009年8月1日

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-08-09 09:38 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて | Comments(2)