カテゴリ:琵琶湖ヴァーチャル・ポタ( 3 )


2009年 09月 22日

『琵琶湖ヴァーチャル・ポタ/歴史徘徊』 (下)

「姉川の戦い」、「小谷城」、「賤ヶ岳の戦い」のバーチャル歴史徘徊の後、「安土城」も歴史徘徊。

9月12日、「火天の城」なる活動写真が封切りされ申し候。
此れ、山本兼一著の原作による安土城築城の物語。
原作を読むことなく、お手軽バーチャル歴史徘徊をすべく、活動写真館に足を運び候。
安土も琵琶湖一周ポタの行程には含まれねども、「安土城」もバーチャルにて歴史徘徊を楽しみ候。
a0104495_14293863.jpg

安土城址を訪れた記憶はあり申さぬも、安土と申せば、今を去ること、三十数年前、御袋様の西国三十三箇所の巡礼行のお供で、繖山(きぬかけやま)の山頂近くの「観音正寺」に参ったことを思い出し候。
この繖山に築かれた、近江源氏の流れを汲む名家佐々木氏の、後に、近江守護六角氏の居城「観音寺城」は、六角氏が織田信長に滅ぼされると共に、無血開城となった城。

活動写真「火天の城」に先立ち、9月4日、歴史徘徊には御座らぬも、活動写真「映像詩 里山」を見るべく、活動写真館に足を運び候。
此の活動写真、ハリポタ藩軍師にして自然観察家の六々守殿ご推奨によるもの。
a0104495_180158.jpg
此の活動写真、琵琶湖北西部、高島郷あたりの里山を舞台にしたものにて、琵琶湖周辺の歴史のみならず、自然をも楽しみ候。

更に、六々守殿より、今森光彦写真集「湖辺(みずべ)」についてもご推奨あり、只今、図書館に取り寄せを依頼中に候。
amazon.co.jpによれば、「この写真集は琵琶湖をノスタルジックに見る写真ではなく、琵琶湖そして日本の湖沼の将来の姿だと想像して、見てください。きっと幸せな気分になれるでしょう 」とあり、此れも楽しみなことと相成り候。

冒頭に記した、御指南役丹羽隆志殿の著による「日本ベスト・サイクリング・コース10」に話を戻し候。

同書「琵琶湖之巻」において、近江国普請奉行所(=滋賀県土木交通局道路課)にてサイクリング・マップが準備され居るとの注記あり。

早速、インターネットにて此れを調べた処、「"ぐるっと琵琶湖サイクルライン"、只今、増刷中」とあり、同奉行所に糸電話にて、問い合わせ。曰く、「10月初旬、増刷完了の予定に御座る。返信用封筒(A5版、140円切手貼付)を同封の上、申し込みをなされて下され」との回答。

9月16日、同奉行所宛て、返信用封筒を同封し、マップの送付を頼み申し候。
此れが届くと、再び、ヴァーチャル・ポタが楽しめまする。

ハリポタ藩恒例遠征企画、11月21日、22日の「琵琶湖一周ポタ」が待ち遠しき、今日、この頃に候。

フォト:2009年9月4日、東劇にて/同9月12日、柏の葉MOVIXにて

(完)
[PR]

by kazusanokami | 2009-09-22 18:53 | 琵琶湖ヴァーチャル・ポタ | Comments(6)
2009年 09月 22日

『琵琶湖ヴァーチャル・ポタ/歴史徘徊』 (中)

御指南役丹羽隆志殿の著による「日本ベスト・サイクリング・コース10」では、"琵琶湖一周と戦国の町めぐり"と題して、12頁に亘り、琵琶湖周辺を御指南。
其の次の頁を繰ると、、"しまなみ海道 島々を結ぶ空の旅"と題して、此れも、12頁に亘り、しまなみ街道の御指南。

しまなみ海道は、我等、ハリポタ藩が二度に亘り遠征した、懐かしのコース。

懐かしの「ハリポタ藩遠征ポタ」を、"嗚呼懐歩"(archive)からのフラッシュ・バックで。

2007年11月/第一回ハリポタ藩遠征/「しまなみ海道ポタ」。
尾道~因島~生口島~大三島~伯方島~大島~今治。
a0104495_17404192.jpg
a0104495_1742545.jpg

2008年11月/第二回ハリポタ藩遠征/「安芸の小京都/風待ちの港町/しまなみ海道ポタ」。
竹原~大崎上島~大崎下島~大三島~生口島~因島~尾道。
a0104495_17435337.jpg
a0104495_17482348.jpg

"嗚呼懐歩"から、再び、「琵琶湖ヴァーチャル・ポタ」へ...。

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-09-22 06:57 | 琵琶湖ヴァーチャル・ポタ | Comments(4)
2009年 09月 21日

『琵琶湖ヴァーチャルポタ/歴史徘徊』 (上)

8月10日、ハリポタ藩軍師六々守殿より、「ちょっと気が早いながら」との前置きで、「恒例のハリポタ藩遠征ポタは、11月21日、22日の一泊二日の旅程にて"琵琶湖一周ポタ"を挙行致したく候」旨、電子飛脚便が遣わされ候。

行程は、初日:堅田~琵琶湖大橋~近江八幡巡察~彦根巡察/投宿~二日目:彦根~長浜巡察~(長浜/マキノ間、旧幕府系鉄路にて輪行)~マキノ~堅田。

ハリポタ藩諸氏は、某も含め、オール・アラカン。1日15里は妥当な距離。
輪行を交えての琵琶湖一周の行程、流石、軍師六々守殿、誠に結構な企画と思い居り候。

早速、御指南役丹羽隆志殿の著による「日本ベスト・サイクリング・コース10」(版元:東京地図出版)を紐解き、本書にて、琵琶湖一周ヴァーチャル・ポタ。
a0104495_7351810.jpg
a0104495_73535100.jpg
此の御指南書、今年3月、我が友、印旛歩駄守殿が同氏の歩録「印旛沼ポタリング日記」の中で紹介なされしものにて、即、購い、某の愛読書のひとつに候。
簡潔明瞭な文と共に、写真も豊富に織り込まれ、眺めているだけでも、ポタが楽しめる書物に候。

更に、御指南書の「琵琶湖一周と戦国町めぐり」の言葉に誘われ、某、ハリポタ藩摂津守殿より"歴史徘徊病"なる有難きビョー名を頂戴致し居る事にて、併せ、琵琶湖周辺をバーチャル歴史徘徊。

行程に含まれ居る、近江八幡と彦根は、以前、訪れたことでもあり、此れ等は割愛し、行程には含まれ居らぬも、「姉川の戦い」、「小谷城」、「賤ヶ岳の戦い」をバーチャル歴史徘徊。

「姉川の戦い」
長浜から北に向い、暫くすると姉川を渡る。
この姉川は、織田・徳川軍vs浅井・朝倉軍が戦った、あの「姉川の戦い」の場。

長浜からの輪行の途中、車窓から「姉川」を眺めることが出来ませう。(長浜駅から4~5kmのところ。姉川を渡ると虎姫駅)

「小谷城」
姉川を渡り、暫くすると東側に、北近江の雄、浅井長政の居城、小谷城(おだにじょう)が構えられていた小谷山がある。
浅井長政は織田信長の妹、お市の方を娶るも、越前の雄、朝倉義景との盟約もこれありで、織田方につくか、朝倉方につくかで大いに迷い、結果、朝倉方に。
この仕儀が信長の逆鱗に触れ、討ち滅ぼされる。
小谷城落城の後、お市の方と娘の茶、初、江の三姉妹は柴田勝家のもとに。

長浜からの輪行の途中、「小谷山」を車窓から眺めることが出来るか否かは分かりませぬが...。(高月駅の東)

「賤ヶ岳の戦い」
更に、北へ進むと西側(琵琶湖北岸と余呉湖の間)に賤ヶ岳がある。
この賤ヶ岳は、羽柴秀吉と柴田勝家が戦った、あの「賤ヶ岳の戦い」の場。

「賤ヶ岳八本槍」かと思っていたら、「七本槍」。
福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、片桐旦元、平野長秦、糟野武則の七人の武勲。
山内一豊は含めないとのこと。

賤ヶ岳の戦いの後、柴田勝家とお市の方は越前北ノ庄にて自害。
茶、初、江の三姉妹は秀吉の庇護のもとに。
茶は秀吉の側室淀殿に、初は京極高次の正室に、江は徳川2代将軍秀忠の正室にと、織田、浅井の血は徳川に繋がっていくのである。

長浜からの輪行の途中、「賤ヶ岳」を車窓から眺めることが出来るか否かは分かりませぬが...。(木之本駅の西)

天気がよければ、彦根、或いは、彦根から長浜に向けてのポタの途中、湖岸から遠く、「賤ヶ岳」を眺めることが出来るかもしれませぬ。

戦国時代、要衝の地であった近江国における戦国史、そして、数奇な運命を辿った女性たちを重ね合わせながら、琵琶湖を周遊すれば、その楽しさは倍増かと...。

(つづく)
[PR]

by kazusanokami | 2009-09-21 08:01 | 琵琶湖ヴァーチャル・ポタ | Comments(4)