『上総守が行く!』

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カテゴリ:八重山諸島ポタリング( 91 )


2010年 08月 14日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-88

昼餉を摂り、辺銀食堂製石垣島ラー油もゲット。

「箱亀に挨拶しとこ」と御典医殿。
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「箱亀」さんは、"反省会"の場所など、我らの情報源であったTシャツの店。
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こうして、初日/竹富島、二日目/西表島、由布島、三日目/黒島、四日目/小浜島、再びの竹富島、五日目/石垣島を巡る、四泊五日のハリポタ藩「八重山諸島の旅」は、盛りだくさんの楽しみを終え、終幕。

石垣空港で関西組の六々守殿、御典医殿と別れ、帰途についた。
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フォト:2010年2月1日

(完)

=あとがき=
「八重山諸島ポタ」の企画が浮上したのは、昨年の8月半ばのことでした。
1月下旬から2月初めに掛け、実行し、ブログは2月末に連載を開始し、88話を重ね、この度、完結しました。
「八重山」に因み、連載回数も「88」となりました。
企画、実行、ブログと「ポタは一粒で三度美味しい」を1年間に亘って愉しんだことになります。
播磨歩駄輪具倶楽部の面々ならびにブログご愛読の皆々様に御礼申し上げます。
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by kazusanokami | 2010-08-14 21:14 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 14日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-87

石垣市内にも戻る。
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「昼、何、食べる?」、「タコライスって、どんなもんか、よー分からんけど、それ、食べてみいひんか」。
タコライスを食す。

「さて、呑々殿への土産も含め、ペンギン食堂特製の石垣島ラー油を買わねばね」。

呑々殿の「ピニオン製以外やで」、「オリジナルやで」をキーワードに石垣市内の公設市場などであれこれヒントするも、該当するラー油は発見出来ず。
事前の調べで「ペンギン食堂」製というのがよさそうであったので、此れに的を絞り、三日目の夜、ペンギン食堂を訪ねた。
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ガイドブックやマップでは片仮名で「ペンギン食堂」となっていたが、実際は漢字で「辺銀食堂」となっており、漢字当て字の大好きな上総、大いに喜ぶ。
既に夕方6時を過ぎ、1階の中華レストランは営業中であったが、2階のラー油売り場は閉店であった。

ということで、最終日の昼、道を迷うことなく、辺銀食堂を訪れた。

事前の調べで「一人一本」は承知しおり、且つ、店の表にも然様なる貼り紙がしてあるも、呑々殿への土産は必須にて、御典医殿、六々殿、上総の分も含め、最低四本はゲットと心に固く誓い、ラー油売り場のある二階に向け、階段を攻め上る。

<辺銀>お一人様、一日一本です。
<上総>プラス一本で宜しく。
<辺銀>お一人様、一日一本でお願いをしております。
<上総>そうですか。仕方がないですね。

<上総>(御典医殿に)此れ、呑々殿に。
<御典医殿>ほんなら、上総のやつがあらへんやん。
<上総>ええねん、ええねん。

ラー油三本をゲットした御典医殿、六々殿、上総の三人、扉を開け、外へ。

上総、再び、扉を開ける。
中には入らず、入り口のところで、千円札を差し出す。
千円札を差し出すだけで、言葉は発さず。

店の人、ラー油のボトルと釣り銭を持って扉の方へ。
<上総>申し訳ないですね。感謝、感謝!
<辺銀>どうも有難うございました。

「一球入魂」ならぬ「一瓶入魂」作戦、大成功!!

一人、一日一本とは、と思うも、波照間島の泡盛「泡波」と同様に、需給のバランスは世の常。
生産量が少なければ、然も有らん。
千円札を差し出しての「何とか頼みます!」の言外の言葉を解してくれ、扉のところまで持って来てくれたこと、感謝!感謝!であった。

ラー油といえば、餃子のタレというのが普通であるが、熱々の御飯に石垣島ラー油を掛けて食べると美味などの情報(辺銀食堂製ラー油に添えられているレシピにもそうある)もあり、試してみる。
確かに、美味。
単に、唐辛子だけではなく、生姜、ウコン、胡麻などいろいろ入っており、工夫された味。
食べる調味料である。

この石垣島ラー油ゲット大作戦から数ヶ月経った、5月初旬のTVで「石垣島ラー油が大ブームである」と報じられ、辺銀食堂が登場。

辺銀食堂のラー油を拵えた人は帰化した中国人で、帰化するときに苗字を"辺銀"にした由。

辺銀食堂のラー油を買うために何十メートルも行列しているシーンが写っていた。
9時に発売して30分で完売とも報じていた(1日の販売個数は失念)。
我等は並ぶこともなく、昼頃に購入できたのは、シーズンオフであったからかもしれない。
因みに、辺銀食堂の通販は8ケ月待ちとのこと。

他の店でも辺銀食堂製のラー油は売っているが、これは一般客と同様に並んで購入したものとのことで、店によって値段は異なるも2200円の値で売っているものもあり、驚き!
流石に、ウン千円は気が引けるのか、辺銀製と他社製ラー油の抱き合わせで、セットで3000円という店もあり。
辺銀食堂で買えなかった人は当然、他のラー油を買い求めるので、辺銀食堂風の類似品も結構売れているとのこと。
因みに、辺銀食堂製は800円である。

ブームのお陰で、原料の島唐辛子の値段は上がりに上がり、島唐辛子を栽培しているオバアのウハウハの笑顔が印象的であった。

辺銀食堂の「石垣島ラー油」は10年前から発売。
桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」は昨年8月の発売。
桃屋に追随したヱスビー食品の「ぶっかけ!おかずラー油チョイ辛」は本年3月の発売。
桃屋製やヱスビー食品製はスーパーの棚で品切れの表示あり。

辺銀食堂で石垣島ラー油をゲットしたのは2月の初め。
桃屋に追随し、ヱスビー食品が発売したのが3月。
ということは、ブームに先駆けて、或いは、ブームの兆しが出て来た頃に、辺銀食堂製をゲットしたことになる。
「食べる調味料」ブーム、凄い勢いである。

「扉から千円札作戦」をブログに掲載すると辺銀食堂からクレームあるかもしれず、掲載を躊躇するも、その後の様子では、30分で売り切れとのことなので、全くこの作戦は通用しないことが判明したので、我らの作戦は辺銀食堂の誠意を表すものとしてブログでご披露する次第で、何ら問題はなかろう。

次回は辺銀食堂1階の店で中華料理そのものも味わわねば...。

余談/まだ、ちょこっと残っている辺銀食堂製石垣島ラー油。
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フォト#1:2010年2月1日
フォト#2:2010年1月30日(2010年7月3日付第60話より)
フォト#3:2010年8月13日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-14 05:44 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 13日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-86

平久保崎灯台から、再び、南に下がり、くびれた地形を過ぎ、石垣島東側の390号線を走る。

「玉取崎展望台」。
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展望台の辺りはハイビスカスが咲き乱れる。
六々殿はハイビスカスに群れる蝶々三昧。
この花はハイビスカスじゃないけれど...。
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石垣市内に向け、島の東岸、390号線を走る。
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「あっ、サトウキビを運ぶトラックや!」。
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サトウキビも、その畑、刈り入れ、シュガーロード、糖業工場、ジュースなど、今回の旅で心に残るもののひとつであった...。

フォト:2010年2月1日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-13 17:27 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 13日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-85

「平久保崎灯台」。
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ここは石垣島の最北端。
西表島では最西端にして最南端の温泉に浸かった。
最〇端を訪れることは楽しいことだ。
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「写真、撮りますよ」。
次回jitenshaの下見であることはすっかり忘れ、フツーの観光客気分で...。
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右手の、ぐっと張り出す岬を眺める。
あちらが最北端ではないのかな...。
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フォト:2010年2月1日


(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-13 06:01 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 12日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-84

「ヤエヤマヤシ群落」から暫く走ると、面白い形の山が見えて来た。
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「あれが泡盛の『於茂登』の於茂登岳(おもとだけ)や」。
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「於茂登岳にしては、ちょっと低いんじゃないの?」。
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「野底マーペーや」。
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野底マーペーとは?
後日、調べてみた。
野底岳(のそこだけ、242m)の別名であった。
「昔、黒島からこの地区に強制移住をさせられた娘マーぺーは、離れ離れになった恋人の住む故郷を一目見ようと野底岳に登りました。ようやく頂上に辿り着いたものの、目の前には沖縄一の高さを誇る於茂登岳がたちはだかって島影さえ見ることはできません。悲しさのあまり、その場に座りこんだままマーぺーは石になってしまったそうです。それ以来、この山は『野底マーぺー』と呼ばれるようになりました」との伝説があるとのこと。
因みに、この辺りの地図を見ると、於茂登岳(526m)、桴海於茂登岳(ふかいおもとだけ、477m)、ホゥラ岳(342m)の三つの山が並んでいる。

両側に海が見えるような、くびれた地形となる。
右へ行くと島の東岸を走る390号線、左へ行くと島の北端に至る206号線。
左折し、石垣島北端に向かう。
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「石垣牛や!」。
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島の北端が見えて来た。
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フォト:2010年2月1日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-12 06:00 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 11日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-83

「米子焼工房」から暫く走ると、右「天然記念物 米原のヤエヤマヤシ群落」の標識が。
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立ち寄ってみたが、「ヤエヤマヤシ群落」は山の上にあるとのことで、今回は見合わせ、次回の楽しみとした。
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これは登り口の標識。
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駐車場近くの売店の「サトウキビジュース」の看板に引かれ...。
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「サトウキビジュースを一杯、下さい」。
30cmくらいの長さに切られたサトウキビを、大昔の洗濯機の絞り器のようなローラーふたつの間に通すと、サトウキビの出来立てフレッシュ・ジュースが...。
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さっぱりとした味で、変な甘さが口に残ることもなく、美味なものであった。

前日、小浜島で小浜糖業の工場を見た。
サトウキビ1トンでどれくらいの砂糖が採れるのかとの疑問があった。
サトウキビジュースを絞ってくれたおじさんに聞いてみた。
「単位はよく分かりませんが、サトウキビ1トンでどれくらいの砂糖が採れるのでしょうか」。
「サトウキビをトンで言うのは正しいです。石垣島のサトウキビの糖度は平均13度。13度ということは13%なので、サトウキビ1トンで130kgの砂糖が採れるということです。サトウキビ1トン分の砂糖の精糖会社への売値は、だいたい、2万円くらいです。石垣島は耕作面積が広いので、機械で刈り取りますが、小浜島など小さい島では機械が使えないので、手で刈り取ります」。
「西表島や小浜島では、家族で刈り取っていたところを見ました。大変な作業ですね。いろいろ教えて戴き有難う。ジュース、ご馳走さんでした」。
因みに、サトウキビジュースは一杯300円であった。

フォト:2010年2月1日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-11 23:58 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 08日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-82

川平湾から更に79号線を走る。

左手に川平湾の遠望を眺めながら走る。
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極彩色の焼き物が目に飛び込んで来た。
「米子焼工房」。
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レジの娘さんに「『米子』って、どう読むんですか。ヨナゴなら鳥取県ですし」と尋ねてみた。
「ヨネコと読みます。この辺りは米原(よねはら)というところなので、米原の子供のように焼き物を可愛がっていこうということで、『米子焼』と名付けました」と。

フォト:2010年2月1日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-08 21:34 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 08日

『八重山諸島ポタ/石垣島巡り』 yp-81

2月1日、八重山諸島の旅も五日目、最終日となった。
石垣島を巡る。
足は、前夜の評定通り、次回jitenshaのための下見として、レンタカーで。
メンバーは、四泊五日組の御典医殿、六々守殿、上総の3名。

ホテルの前の「おーりとーり」、いつも、ここを通って離島桟橋へ。
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この「おーりとーり」もこの日が見納め。
"歓迎"、感謝!

石垣島南端の石垣市から島の西側の道、79号線を辿り、北上。
石垣市内は晴れなるも北の空は真っ黒な雲に覆われている。

北に進むに連れ、徐々に曇り空となってくる。
「『曇りでも、海はエメラルド色』カベルナリア吉田さんの言葉。でも、やっぱり、黒島や小浜島で見た、晴れのエメラルド色の海を見たいなあ」。

「おっ、同好の士や!」。
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「同好の士と言うても、それはこちら側から見てのこと。相手さんはレンタカーに乗ったオッチャンを同好の士と思う訳、ないな」。

更に北へ走ると雨が降り出す。
半端な雨ではない、南の島特有の土砂降り!
「さっきの同好の士、ずぶ濡れやろね」。
「どっかで雨宿りするやろね」。
初日の土砂降り、三日目の午後の雨に遭った我ら、他人事とは思えず...。

川平湾に到着。
暫く、車の中で模様眺めなるも、雨は止む気配なし。
「傘、ないし...」。
「観光船の切符売り場に傘、あるやろ。貸してくれるかも」。
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「すみません。ボートには乗りませんが、傘を貸して貰えるでしょうか」。
「乗船されないお客さんには...」。
「そりゃ、そうだろうね。仕方ないね」。

観光船切符売り場隣りの土産物店「みやげもの一覧」。
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「あっちの土産物屋、よさそうやから、ちょっと覗いてみましょか」。
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「これが呑々殿が言うておった三板(さんば)やね」。
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沖縄通の呑々守殿の言を借りれば「三板(さんばと読む)は琉球の民族楽器というべきもの。カチャーシのときにチャカチャカとオネェが器用に手につけてやってるやつ。黒檀製の立派なやつと、土産物用のものがある。演奏するとなると、これがなかなかの難物である」。

「クリアファイルの川平湾や亀の写真がきれいやね。絵葉書の代わりに、写真、撮っとこ」。
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そうこうする内に晴れて来た。
「雨男は我ら三人でないことは明らかやね」、「昨日、帰った三人のうちの誰かやね」。
浜を歩いたり、高台から湾を眺めたり...。
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フォト:2010年2月1日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-08 21:33 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 06日

『八重山諸島ポタ/再びの竹富島巡り』 yp-80

竹富島旅客ターミナルで18:00発石垣島行きIDT(石垣島ドリーム観光)の高速艇を待つ。

ガラス窓のカンムリワシ。
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「大塚勝久写真集 島の原風景」、売店にて。
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今回、訪れた島々の中で最も「原風景」が色濃く残っていた島は竹富島であった。

エメラルド色。
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彼方に石垣市が見える。
離島桟橋からみえる水色の橋も...。
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石垣島に戻る。
ホテル近くのペーブメント。
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初日の竹富島、二日目の西表島、三日目の黒島、そして四日目の小浜島、竹富島、何れの島もカンムリワシを見ることが出来なかった。
この日は、竹富島「ゆがふ館」や旅客ターミナルのガラス窓のカンムリワシ、そして、石垣市内のペーブメントでカンムリワシに遭遇。
ホンモノのカンムリワシは見られずとも、これらのカンムリワシで我慢、我慢...。

一足先に小浜島から戻った御典医殿が待つホテルに戻る。

「ペンギン、買うといたで」と御典医殿から小さい袋を貰った。
小浜島から一足先に石垣島に戻った御典医殿、石垣島であれこれ土産物店を回った模様。

袋の外から中身を触りながら「えらい小さいな」と上総。
「水牛の角で作ったペンギンやで」と御典医殿。
ペンギン食堂特製のラー油のことで頭が一杯の上総、「ペンギン、買うといたで」のペンギンをてっきりラー油と思い込み、全くの勘違いであった。

袋を開けて、「おー、これはなかなか良いペンギン!有難う。ナンボやった?」。
「半額セールで350円」。
「それは安い!ペンギンは二羽セットで集めてるんで、もうひとつ欲しいなあ」。

早速、半額セールの店へ。
水牛の角で作った、いろんな動物があった。
由布島で水牛のミニチュアを買わなかったので、水牛を探したが、見当たらず。

「水牛はありませんか」、「水牛はないですね」、「水牛の角で水牛を拵えても良さそうなものながら、それでは水牛が可哀想とも。ペンギンと亀、そして、象で十分です」。

こうして、追加のペンギン一羽のみならず、集め始めた亀と象もゲット!
一足先に石垣島に戻り、良い土産物店を見つけておいてくれた御典医殿に感謝、感謝であった。
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買い物を終え、今回の八重山諸島の旅、最後の"反省会"となる。

この日の"反省会"は「パパ・ビコージ」。
「パパ・ビゴージ」はウチナーグチ(沖縄方言)ではなく、"BRASILIAN MUSICA e COMIDA/PAPA BEGODE"、御典医殿調べ/「箱亀」さん情報によるブラジル料理店であった。

"反省会"での評定は「明日は石垣島めぐり。次回jiteshaのための下見として、レンタカーにて」であった。

フォト:2010年1月31日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-06 22:25 | 八重山諸島ポタリング
2010年 08月 05日

『八重山諸島ポタ/再びの竹富島巡り』 yp-79

初日、竹富島で見たものの中で不思議なものが一つあった。
それは民家の門の少し内側に築かれた石積みの壁。
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この石積みの壁は何だろうと思いつつ、竹富島をあとにした。

四日目、再び、同島を巡った際、じっくりとこの石積みの壁を眺めた。

竹富島乗船ターミナルの売店の人に、この石積みの壁について尋ねてみた。
地元の人ではないようで、同僚の人と共に答えてくれた。

「確か、マイヤシと呼んでいると思います」。
「何のためのものでしょうか」。
「目隠しじゃないないでしょうか。男性と女性が家に入るときはマイヤシの右と左に分かれて入るということも聞いたことがあります」。

八重山諸島の旅から戻ったあと、今ひとつ、すっきりしないので、竹富島ビジターセンター「ゆがふ館」に電話で問い合わせてみた。

「先日、竹富島を巡りました。ひとつ、教えて戴きたいことがあるのですが、家の門の少し内側にある壁のようなものはマイヤシというそうですが、何のためのものなのでしょうか」。
「マイヤシは魔除けのためのものです。魔物は真っ直ぐにしか進めないので、マイヤシで魔物が入って来るのを止めるのです」。
「入り口で男性と女性が分かれて入ると聞いたのですが...」。
「入り口ではそういうことはありませんが、家の中では床の間のある部屋は男性のみで女性は入ってはいけないとの習わしがあります。竹富島ではマイヤシと言いますが、石垣島ではヒンプンと言い、言い方はいろいろあります」。

ネットで「マイヤシ」を検索すると「マイヤシ」という言葉のみで、意味は出て来ない。
しかし、「ヒンプン」で検索すると幾つか出て来た。

「ヒンプンとは、もともと、中国語の屏風(ひんぷん)のこと。家の門の内側にある目隠し。沖縄の魔物は角を曲がるのが苦手なため、直進して入ってこないように魔除けの意味もある」。

「門の内側に設けられた仕切り屏のこと。外からの目隠しという実用の役目と外から魔物が入ってくるのを防ぐというマジナイ的な意味をもって建てられている。中国にある『屏風面』の沖縄化したものとも言われている」。

「マイヤシ」、「ヒンプン(屏風)」、「魔除け」、「目隠し」、「床の間のある部屋は男性のみ」など、何故と思ったものがクリアとなった。
竹富島乗船ターミナルの方、ゆがふ館の方に感謝だ。

正面から見たマイヤシ。
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斜めから見たマイヤシ。
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この家の門は、斜めから見ると石積みのマイヤシはないように見えるが...
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正面から見ると、植栽で造られたマイヤシがあった。
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小浜島で見た、こはぐら荘のマイヤシ。
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因みに、竹富島で見たマイヤシは石積みや植栽であったが、小浜島で見たものは石積みもあれば、コンクリート製や木製のものもあった。
小浜島では、この仕切り屏を何と呼ぶのだろうかと、またまた、疑問が頭をもたげて来た...。

竹富島「なごみの塔」からマイヤシを眺める。
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フォト#1:2010年1月28日
フォト#2~8:2010年1月31日

(つづく)
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by kazusanokami | 2010-08-05 23:18 | 八重山諸島ポタリング