『上総守が行く!』

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カテゴリ:映画( 16 )


2012年 10月 08日

『天地明察』

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「天地明察」。
昨年から何度も予告編を見た。
是非、見たい映画だった。
去る、9月15日に公開されたが、映画館に足を運ぶ時間が取れない。
今朝、電脳で検索したところ、近くのシネマコンプレックスでは1日2回しか上映していない。
急ぎ、足を運んだ。

安井算哲(渋川春海)は勿論のこと、安井算知、本因坊道悦、本因坊道策、保科正之、水戸光圀など歴史上の人物が続々と登場。
昨年秋、因島の本因坊秀作囲碁記念館でベンキョーした「御城碁」の知識が斯様なところで役立つとは思わなかった。
この映画、囲碁好き、歴史好き、算術好き、天文学好き、空見・星見好き、旅好き、映画好き、何れの人が観ても面白い!と思う映画ではないだろうか。
その面白さは、原作がしっかりしているということもあろう。

渋川春海の墓所は東海寺大山墓地(品川区)にあるという。
年初に、この墓地で、沢庵和尚、賀茂真淵、井上勝の墓に参ったが、渋川春海の墓があることは知らなかった。
またまた、都内ポタリングの楽しみが増えた。

1日の上映回数が少ないからということであろうか、今日は、ほぼ、満席であった。
三連休最後の日、子供連れもあった。
子供さんにこの映画を観させようと思った親御さんは偉い!と思った。

フォト:2012年10月8日
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by kazusanokami | 2012-10-08 21:43 | 映画
2012年 03月 14日

『戦火の馬』

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2012年春-スピルバーグ監督が「希望」を描く。

「前を向いて、走り続けるんだ...」
第一次世界大戦、激動のヨーロッパ。
故郷を遠く離れ、国境を越えて、戦火を生き抜いた奇跡の馬。
その存在は、人々の"希望"となった...。

映画を観た者があれこれ綴りますと、未だ観ていない人に変な先入観を与えることもあるでしょうから、それは避けたいとの思いがあります。
ポスターの言葉、これは「公」になっているものですから、その言葉だけを綴ってみました。

と、申しながら、ひとことだけ。
この映画は、押し付けがましさがなく、淡々と描かれた、好感の持てる作品です。
原題は"War Horse"。
最近、原題をカタカナに直すだけの安直な邦題がありますが、"War Horse"を「戦火の馬」と題したことに好感が持てます。
夕景、そして、そこにシルエットで人馬が現れるラストシーンは、その美しさで全ての労苦を忘れさせ、印象的です。

次回、観たい映画、それはこれです。
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フォト:2012年3月10日
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by kazusanokami | 2012-03-14 23:58 | 映画
2012年 01月 21日

『ALWAYS 三丁目の夕日 ’64』

先日来、或る地下鉄の駅で、この映画のポスターを見つづけて来た。
ショーン・コネリー演じる、初期の007にそっくり。
是非、この映画を観ようと思っていた。
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今日は雨模様。
中野・高田馬場方面江戸府内ポタリングは中止。
映画館に出掛けた。
気分が変わり、「ALWAYS 三丁目の夕日 ’64」を観た。
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1964年、日本は元気いっぱいの頃であった。
小生は高校一年生、これも元気いっぱいの頃であった。
この映画は、当時の事象、人々の思いを見事に描いている。
映画の中で幾度か万歳するシーンが出て来る。
映画と一緒に、こちらも万歳したくなる衝動に駆られた。
秀作である。

3月には、こんな映画も封切られる。
往年の名スパイ映画をパロッたと思われる、上述の英国映画と併せ、メリル・ストリープが鉄の女を如何に演じるのかか楽しみな、こちらの英国映画も観てみたい。
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フォト:2012年1月21日、TOHOシネマズ流山おおたかの森
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by kazusanokami | 2012-01-21 17:43 | 映画
2012年 01月 04日

『ブリューゲルの動く絵』

ブリューゲルの絵を初めて見たのは、「農民の踊り」ではなかったかと思う。
それは絵画としてではなく、1970年、ウィーン・フィル来日時に、再発売された、カラヤン指揮/ウィーン・フィルのドボルザーク 交響曲第8番(1961年録音、LP初出 1965年、ロンドン・レーベル)のレコード・ジャケットであったと思う。

「ブリューゲルの動く絵」。
ブリューゲルの描いた「十字架を担うキリスト」の絵が動き出すのである。
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「十字架を担うキリスト」/原寸大プリント。
ウィーン美術史美術館所蔵の原画の原寸大プリントが上映館内で展示されていた。
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十字架を背負うキリストは、中央に描かれている。
しかし、民衆の中に埋もれてしまっている。
処刑の地であるゴルゴダの丘は、遠く、小さく、右上の方に描かれている。
この絵画の英題は"The way to Calvary / Christ carrying the cross"となっている。
Calvary/[聖書]カルバリ《キリストはりつけの地;Jerusalem近くの丘;Golgothaのラテン語訳》
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実験的映画である。
しかし、実験的というニュアンスの映画ではない。
発想という意味で、実験的なのである。
絵画を動かすことは、画家に対する、或いは、絵画に対する冒涜かもしれない。
しかし、冒涜という言葉は当たらない。
絵を言葉で解説することがある。
映画でその解説をしたと思えばよい。
しかし、単なる解説ではない。
映画そのものなのである。
何処かで読んだ評論の通り、元々、絵があったのではなく、動く絵=映画があり、それが絵になったと思わせる、映画である。

東京メトロ「三越前」駅地下コンコースに「熈代勝覧(きだいしょうらん)」絵巻の複製が展示されている。
この絵巻は、文化2年(1805年)頃の日本橋から今川橋までの大通り(現在の中央通り)を東側から俯瞰し、88軒の問屋や店に加え、行き交う人1,671人、犬20匹、馬13頭、牛4頭、猿1匹、鷹2羽ならびに屋号や商標が書かれた暖簾、看板、旗などが克明に描かれている。
映画「ブリューゲルの動く絵」を観ながら、ふと、この「熈代勝覧」が頭の中に浮かんだ。

フォト:2011年12月31日、渋谷ユーロスペースにて
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by kazusanokami | 2012-01-04 19:50 | 映画
2011年 11月 19日

『 PHANTOM OF THE OPERA at the ROYAL ALBERT HALL 』

今週初め、最近は滅多にないことながら、午前様。
カラオケ、歌いまくり。
「オペラ座の怪人」は、いつもの通り、英語版で。
そして、この日は特別に、日本語版でも。
今年、「オペラ座の怪人」上演25周年記念の祝いとして。

今日、土曜日は、朝から雨。
鳥見ポタリングもままならず。
で、流山おおたかの森S.C. へ。
おおたかの森といっても、鳥見ではない。
流山おおたかの森S.C.内にある"東宝シネマズ"で上映中の映画を観に。
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世界27カ国での総上演回数が6万5千回を数え、史上最も売れたミュージカルとされる「オペラ座の怪人」の25周年記念公演が、10月1日、2日の両日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われた。
その記念公演が映画化され、「『オペラ座の怪人』25周年記念公演 in ロンドン」と題して、現在、極、限られた映画館で上映されている。

キャメロン・マッキントッシュとアンドリュー・ロイド=ウェーバーのコンビの製作による、ミュージカル「オペラ座の怪人」の初演は、1986年秋、ロンドンのウェストエンドにて。
1988年の初めから、ニューヨークのブロードウェイでも上演がはじまり、大ヒット。

小生が、ロンドン駐在となり、同地に赴任したのは、1988年6月末。
その頃、ロンドンでは、既に、チケットの購入が難しいということを耳にした。
尤も、赴任したばかりで、ミュージカルどころではない、何れは、と思いながら、ピカデリー・サーカス界隈を通る度に、"Her Majesty's Theatre"に掲げられた、仮面の怪人の看板を眺めながら、時は過ぎて行った。
亭主はそういうことである一方、yomeは、仲間の夫人たちと一緒に、早々と見たようだが。
1992年の4月に帰国することが決まり、1991年の12月初め頃から「オペラ座の怪人/鑑賞プロジェクト」を開始。
運よく、1992年正月のチケットをゲット!
噂には聞いていたが、シャンデリアが客席上空から舞台に向かって飛んでいく、冒頭のシーンから度肝を抜かれた。
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今日、観た映画は、普段、上演されている劇場ではなく、記念公演として上演された、ロイヤル・アルバート・ホールでのものである。
ロイヤル・アルバート・ホールは、ヴィクトリア女王の夫君、アルバート公に捧げるとして、1871年に完成した、由緒ある建物である。
毎夏、開催されるコンサート、所謂、"Proms(プロムス)"の会場としても有名である。
コンサートは勿論のことであるが、建物の外観、そして、内部を見るだけでも一見の価値のある建物と思う。

ロイヤル・アルバート・ホールでの記念公演の映画は、"Her Mjesty's Theatre"で観た公演を蘇らせるのみならず、同ホールの天井の高さを上手く利用した、素晴らしい舞台装置と演出、そして、観客で満員となった、ロイヤル・アルバート・ホールそのものを見、楽しむことも出来、何とも贅沢な時間を過ごさせてくれた。

ミュージカルそのものが終わった後に、アンドリュー・ロイド=ウェーバーが登場し、その挨拶と共に、彼の紹介で、このミュージカルに関わった、歴代の関係者も数多く登場し、英国らしい、和やかな雰囲気が大いに伝わってくる映画でもあった。

映画を見ながら、拍手をしたくなる衝動に駆られる場面が幾つかあった。
これは、ライブを映像化した映画なんだ、と、自ら、何度も言い聞かせた。
シネマ歌舞伎も、時折、観るが、やはり、拍手はしない。
映画であっても、拍手していいんじゃないかなあ、と思いながら、「オペラ座の怪人」のメロディーを口ずさみながら、映画館を後にした。

フォト:2011年11月19日、同ミュージカル記念公演および同映画のホームページより
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by kazusanokami | 2011-11-19 23:58 | 映画
2011年 04月 09日

『アレキサンドリア』

そこは、真実が滅び去った場所。
監督、アレハンドロ・アメナーバル。
主演、レイチェル・ワイズ。
4世紀、世界の学問の中心地で伝説を残した、実在の天文学者の物語。
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「我々が信じるべきは学問です」、「天文学で神を冒涜する魔女だ」。
キリスト教徒により異教徒として虐殺された、古代エジプトの天文学者にして哲学者でもある女性、ヒュパティアの物語である。

2009年の作品。
先月、3月5日から公開されていた。
チュニジアに端を発した、イスラム諸国の政変や暴動が起こっている最中に、何故、この映画が公開されたのか、映画を観ながら、そのことが頭から離れなかった。

映画は、陽気なものの方がよいかもしれない。
次回は、これを観てみたい。
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フォト:2011年4月9日
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by kazusanokami | 2011-04-09 23:11 | 映画
2011年 03月 06日

『英国王のスピーチ』

3月3日朝、日経第40面の、大東文化大河野芳教授の投稿記事「奥深し ピーターラビット」を読んだ。
同日昼、友人宛て書簡を送るため、郵便局に足を運んだところ、この日、特殊切手「ピーターラビット」の発売日であることを知った。
切手発売を友人に伝えたところ、切手談義、ビアトリクス・ポター談義、湖水地方談義などで話が大いに盛り上がった。
英国を第二の故郷と思っている小生、これらの話題のみならず、今、公開されている映画も、是非、見たいと思った。

3月5日、映画館に足を運んだ。
映画は「英国王のスピーチ」(原題:The King's Speech)である。
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欧州でナチス・ドイツが勢力を増す頃、吃音障害を持つジョージ6世がオーストラリア出身の言語聴覚士ライオネル・ローグの力を借りて、その障害を克服していく物語。

映画の冒頭で、Harley Street (以下、ハーレー・ストリートと記す)の住所表示が出て来る。
ライオネル・ローグの診療所がある場所だ。

ハーレー・ストリートは、ロンドン中心部、ウエストミンスターを東西に貫く街路。
オックスフォード・ストリートの北側に位置し、開業医が多く集まる街として知られている。
ロンドンに駐在していた頃、或る症状が出なかったなら、ハーレー・ストリートは記憶に残らない地名であったかもしれない。

或る症状とは。
ちょっと、尾籠な話になるが、それについて触れてみたい。

1992年1月末、夕方発でノルウェーのベルゲンに出張せねばならない日の昼、オフィスのトイレへ行ったところ、何と、血尿が!
日本人クラブには、日本から派遣された、某医科大学付属病院の先生が駐在している。
この先生のところへ駆けつける。
取り敢えず、簡易検査を行う。
「やはり、血尿ですね。詳しく検査せねば、原因は分かりません」。
「夕方からベルゲンに出張せねばなりませんが」。
「痛みはないとのことなので、出張は行ってもよいでしょう。戻ってから、詳しく検査をしましょう。ハーレー・ストリートのロイド先生を紹介しますので、そこへ行ってください。住所はこのメモの通りです。紹介状はこれです」。

このとき、初めて、ハーレー・ストリートの名を耳にすることとなった。

出張から戻り、ハーレー・ストリートへ。
紹介状を渡す。
採尿検査の場所を示した地図が渡される。
検査場所は、二つほど、向こうへ行った角にあった。
成程、検査するところは共用なんだ、と思った。

ロイド先生の問診を受ける。
「どのような症状ですか」
「最初はワインのような色の小便でしたが、その後はコーラのような色。今は、色は普通です。痛さはないです」などなど、あれこれ、説明。
「そうですか。日本人で自分の症状をそのように説明できる人はめずらしいですね」。
「ドクター・ロイド、褒めて戴いたのは嬉しいのですが、実は、英和辞典、和英辞典、英英辞典、いろんな辞書で勉強してきたのです」と、ブリーフ・ケースを開き、辞書類をご披露。
「おお、ミスター・カズサ、私のことは、ドクターではなく、ミスターと呼んでください」。
そう言えば、息子が通院していた矯正歯科医もミスター・スミスと呼んでいたなあと思いながら、ミスターと言い直すのであった。

これを綴りながら、今一度、英国での医者の呼び方を調べてみたところ、諸説あり、ここでは詳しくは述べないが、日本の如く、ドクターと呼ばないのは事実のようだ。
映画の中では、ドクターの言葉も出て来たが...。

この後、日を改めて、精密検査で訪れることとなる、テームズ川を挟んで、国会議事堂の向かいにある St. Thomas Hospital に纏わる話やナイチンゲールのこと、英国の医療制度などにも触れてみたいが、既に話が長くなってしまったので、そららについては次の機会としたい。

兎にも角にも、映画の冒頭の「ハーレー・ストリート」(映画では、「ハーレー街」と邦訳)で、ぐっと、この映画に引き寄せられて行った。

ジョージ6世の「開戦スピーチ」の場面で流れる音楽はベートーヴェンの交響曲第七番第二楽章、そして、ヒトラーの演説の場面で流れる音楽はベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番第二楽章。

前者は、敵対する国の作曲家の曲であり、エルガーかウォルトンなど英国人作曲家の曲でもよいのにと、違和感を覚えた。
しかし、ベートーヴェンはナチス・ドイツの時代の作曲家ではないし、国を問わず、欧州の、そして、世界の宝である作曲家という広い心での捕まえ方なのであろうと思いを変えた。
また、ワーグナーはこの第二楽章をさして「不滅のアレグレット」と呼んでおり、ワーグナーを好んだヒトラーと重ね合わせ、この楽章の同音が延々と続く曲想によって、開戦により、これから何年も続く苦難を表しているようにも思えた。

後者は、ナポレオンがウィーンを占領した頃に作曲を開始したといわれるており、ナポレオンとヒトラーを重ね合わせ、選曲されたように思えた。
因みに、この協奏曲の別名である「皇帝」は、ベートーヴェン自身によりつけられたものではない。

ロイヤル・ファミリーのファンとして、この時代における、日本の皇室と英国の王室について考えさせられるものがあった。
また、現在も含め、日本の皇室と英国の王室の"自由度"や役割についても考えさせられるものがあった。

名画であった。

なお、ジョージ6世のスピーチは、http://www.bbc.co.uk/archive/ww2outbreak/7918.shtml
で聴くことが出来る。

フォト:2011年3月5日@TOHO CINEMAS おおたかの森
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by kazusanokami | 2011-03-06 23:58 | 映画
2010年 12月 28日

『The Royal Ronins 』

12月18日、毎年恒例の「赤穂浪士討ち入り凱旋の旅」を挙行。
今回は、「赤穂浪士討ち入り凱旋の旅」に「お預け四家を訪ねて」と「瑤泉院ゆかりの地を訪ねて」もプラスしての、豪華三本立て。

道すがら、「映画『最後の忠臣蔵』は、本日公開で御座りましたでせうか」と印旛歩駄守殿。
「然様、本日からに御座りまする」。
「米国でも同時公開で、アカデミー賞候補にノミネートされるとかの噂も御座りまするが、英語題名"The Last Ronin"で横槍が入り、同時公開は見送りになったとか」。
「米国では、忠臣蔵は"The Roya Ronins"として知られており、日露講和条約においても一役、買ったと言われ居りまする」。

2000年に著した「赤穂浪士討ち入り凱旋の旅」<番外編>で、"The Royal Ronins"のことにつき、次の通り、綴っている。
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<The Royal Ronins>
日露戦争終結後、米国大統領セオドア・ルーズベルトの仲介により、1905年(明治38年)、米国ポーツマスにおいて日本全権小村寿太郎とロシア全権ウィッテの間で日露講和条約が結ばれた。
セオドア・ルーズベルトは日露の仲介を積極的に行い、且つ、日本贔屓であったので、小村寿太郎がその理由をセオドア・ルーズベルトに問うたところ、彼曰く:自分は「忠臣蔵」を読んだことがある。忠誠心の深い日本人が大好きだ、と。
因みに、英訳「忠臣蔵」のタイトルは”The Royal Ronins”である。
一度、読んでみたいものだ。

浪士たちと外国の関わりはまだ他にあるかな?と思っていたところ、赤穂・花岳寺を訪れた際に発見。
花岳寺に“鳴らずの鐘”と名付けられた梵鐘があった。
説明書きによれば、「この梵鐘は赤穂二代藩主浅野長友公が父長直のために鋳造したものである。ところが三代長矩公の代に至り吉良義央へ殿中において刃傷に及んだ事から赤穂浅野家は三代で断絶した。元禄15年12月14日家臣四十七人は吉良邸へ討ち入り、長矩公の無念をはらした。翌年2月4日、四十六士は切腹を仰せつかり、四候邸で見事に自刃した。この報が赤穂に届いたので、町民は四十六士の死を悼み、悲しみ、花岳寺に集まり、この鐘を撞いて撞いて撞きまくり、爾来音韻を失すること50年と寛政9年再改鋳のこの梵鐘に銘記してある。音韻を失していた間を赤穂では誰いうとなく鳴らずの鐘と言っていた。」とあり、更に続けて「この度の戦争で全国の寺々の鐘は供出を命じられたが、この鐘は義士との由緒深きにより供出を免れた赤穂市内唯一の梵鐘である」と記されている。
浪士たちが義士として戦争中の思想教育に使われていたためだろうが、そうしたことはここでは触れない。
浪士たちと諸外国との関わりの一例として、ここに記すのみである。

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12月25日、シネマ・コンプレックスに足を運んだ。
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今年は、数多くの時代劇を見た。
「最後の忠臣蔵」、文字通り、この映画は、本年公開される、最後の時代劇だ。
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優れた原作に負うところ、大なるも、映画も出色の出来栄え。
不覚にも、落涙しそうになった。
音楽は、時代劇にしては珍しく、ピアノがフィーチャーされ、これも出色の出来栄え。
エンディング・ロールで、加古隆の名前を見て、さもあらんと思った。

映画では、瀬尾孫左衛門を中心に据えた展開となっている。
一方、2004年に放映された、NHK金曜時代劇では、寺坂吉右衛門を中心とした展開となっていた。
これは、脚色の違いによるものであり、どちらも甲乙付けがたいところがあるが、「赤穂浪士討ち入り凱旋の旅」を恒例とする筆者としては、寺坂吉右衛門がハイライトされたものの方が好ましいと言えるかもしれない。
因みに、NHKの「最後の忠臣蔵」では、寺坂吉右衛門は上川隆也、瀬尾孫左衛門は香川照之、可音は水橋貴己が演じ、何れも好演であったと記憶する。
映画での、瀬尾孫左衛門、寺坂吉右衛門、可音を演じる、役所広司、佐藤浩市、桜庭ななみも好演であったことは、勿論のことである。
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フォト:2010年12月25日、29日
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by kazusanokami | 2010-12-28 09:31 | 映画
2010年 12月 06日

『算盤ザムライ』

映画「武士の家計簿」を見た。
何故、ポスターが鯛の絵を掲げた図柄であったかが、よく分かった。
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こういう時代劇があってもよいと思った。
しかし、チャンバラのない時代劇は、少し、物足らないような気もした。
道場で、ちょこっと、"お手合わせ"の場面はあったが...。

10月23日付ブログ/「志」を今一度、見たところ、次の通り綴っていた。

こちらの映画は、12月4日公開の、加賀藩のお話。
こちらの映画は、しみじみとしたストーリーのようだ。
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映画「最後の忠臣蔵」は、12月18日の公開。
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12月18日は、印旛歩駄守殿、大給守殿、伊豆守殿と約束の出来ている、上総恒例の企画「赤穂浪士討入凱旋の旅+アルファ・ポタ」の挙行日でもある。
既に、ポタ・コースに、南麻布・曹渓寺、寺坂吉右衛門夫妻の墓参を織り込んでいる。

フォト#1:2010年12月5日
フォト:#2~#4:2010年10月23日
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by kazusanokami | 2010-12-06 02:25 | 映画
2010年 10月 30日

『大江戸 りびんぐでっど』

本日から予定していた、二泊三日の「ハリポタ藩/秋の大遠征2010」は、台風到来のため、1週間順延。

ということで、シネマコンプレックス"柏の葉MOVIX"へ。

本日の演目。
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生きる屍、りびんぐでっど。
余りの臭さに、鼻の存続も難しく、「存鼻(ぞんび)」!
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いつも、"外来語漢字置換造語遊び"に興じている上総、「存鼻」の造語センスに、ちょっとだけ、脱帽!

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作・演出、宮藤官九郎。本名、宮藤俊一郎。40歳。宮城県出身。脚本家、俳優、作詞家、作曲家、放送作家、映画監督、演出家、ミュージシャン、ギタリスト。
多才だ!

笑いあり、涙あり、社会風刺もあり、教訓もある、そして、格好いい御囃子に合わせての、マイケル・ジャクソンの「スリラー」ばりの群舞もあり。
計算し尽くされた脚本と演出、それでいて、堅くならず、自由に演じているように見える。
大いに楽しませて貰った。

「赤穂浪士も渡った、由緒ある永代橋を...」という科白があった。
毎年12月、本所松坂町から永代橋を渡り、高輪泉岳寺に向かう「赤穂浪士討入凱旋の旅」を遣っている上総としては、この科白に大いに感激!

しかも、永代橋が大事な役割を担っていた。
どんな役割かって?
それは、シネマ歌舞伎を見ての、お・た・の・し・み!

シネマ歌舞伎は、数年前に、東劇で「野田版 鼠小僧」や「野田版 研辰(とぎたつ)の討たれ」、シネスイッチ銀座で「鷺姫」などを見て以来のこと。
当時、松竹系シネマコンプレックス"MOVIX"でシネマ歌舞伎を上映していたかどうかは不詳ながら、態々、銀座まで出掛けずとも、屋敷近くで、斯様な映画を見ることが出来るのは誠に有難いことだ。

因みに、メトロポリタン歌劇場ライブ・ビューイングも、一時、東劇でしか見ることが出来なかったが、今は、シネマ歌舞伎と同様、"MOVIX"でも。
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松竹は、いつも、いい仕事をしている。

フォト:2010年10月30日
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by kazusanokami | 2010-10-30 18:09 | 映画