カテゴリ:京都・伏見ポタリング( 11 )


2011年 06月 11日

『京都・伏見ポタ』 kf-11

伏見をあとにし、師団街道を北上。
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KCTP伏見サイクルターミナル(「アーバンホテル京都」内)にてレンタル・ミニベロを返却し、面々は愛馬にて、上総は徒歩にて、JR奈良線稲荷駅に向う。

疎水に架かる橋を渡り、路地を抜け、踏切を渡り...
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伏見稲荷。
参道入り口から参拝。
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千本鳥居は次回の楽しみ。
JR奈良線稲荷駅から輪行にて帰途に就いた。

走行距離約25km、『赤穂浪士討入凱旋の旅/番外編』デジタル版取材も含め、大満足のポタであった。

フォト:2011年5月2日

(完)
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by kazusanokami | 2011-06-11 23:58 | 京都・伏見ポタリング | Comments(0)
2011年 06月 10日

『京都・伏見ポタ』 kf-10

黄桜前にて、今日のjitensha。
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黄桜の休憩所で、観光客さんがぶら下げていた袋を見た呑々守殿、「あっ、あの人、ええもん、持っとる。何処で買うたか聞いてこよ」と。
「黄桜の前の道の突き当たりの店に売っとうねんと」。
黄桜を出発する。
「京都伏見神聖酒蔵」にて、呑々守殿、「神聖」の文字入りの帆前掛けの生地で作った日本酒袋をゲット。
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「この袋、酒をどっかへ持っていくときに丁度ええねん」とご満悦。

月桂冠の酒蔵の脇を走る。
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宇治川派流沿いを走る。
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フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-06-10 23:58 | 京都・伏見ポタリング | Comments(0)
2011年 06月 08日

『京都・伏見ポタ』 kf-9

伏見の町を巡る。
竜馬の次ぎは黄桜だ。
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台座には「かっぱ生誕50周年 カッパカントリー開設10周年  ♪かっぱっぱー♪  制作 九後 稔(日展特選作家) 2005年6月」と刻まれていた。

カッパカントリーで、河童について、いろいろとベンキョー。
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茨城県には牛久沼の「小川芋銭/河童の碑」がある。
それ以外にも斯様な河童の手もあったのだ。
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茨城県はポタ・コースのひとつ。企画のネタとしてカメラに収めた。
帰宅後、「満蔵寺」の場所を調べてみたところ、土浦市にある寺であった。

ハリポタ藩の国許にも斯様な河童が。
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記録としてカメラに収めた。

これはリアル!
「やっぱり、いるんだ!河童は!」との思いを強くした。
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これだけ呼び名が多いということは...。
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再び、茨城県。
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ポタ・コースである茨城県に、もうひとつ、河童があった。これも企画のネタとしてカメラの収めた。
帰宅後、「手接神社」の場所を調べてみたところ、霞ヶ浦ポタで訪れたことのある小見玉市にある神社であった。

千葉県印西市もポタ・コースのひとつ。
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帰宅後、「和泉鳥見神社」の場所を調べてみたところ、毎々、走っている手賀川CRの南にある神社であった。
9月23日には、忘れずに、ここを訪れてみよう。

都内もポタ・コースのひとつ。
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都内ポタの企画のネタとしてカメラに収めた。
帰宅後、「曹源寺」の場所を調べてみたところ、合羽橋の道具街近くにある寺であった。
ここも、何れ、訪れてみよう。

フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-06-08 19:27 | 京都・伏見ポタリング | Comments(2)
2011年 06月 07日

『京都・伏見ポタ』 kf-8

伏見の町を巡る。

寺田屋。
昨年は、この界隈、大賑わいであったろう。
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竜馬通り。
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特段、これ!ということはないが、「龍馬」を「わし」と読ませるところがちょいと面白いと思って。
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フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-06-07 19:12 | 京都・伏見ポタリング | Comments(2)
2011年 06月 03日

『京都・伏見ポタ』 kf-7

茶房「竹聲」で、お茶や甘味を愉しんだ後、再び、伏見方面へ走る。
「おっ、上手い具合に撞木町に出た!」と上総。
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今は「撞木町廓入口」の石柱と碑が残っているだけである。
石柱の裏には「大正七年八月吉日」と刻まれている。

撞木町は、泉涌寺塔頭来迎院"含翠軒"と同様に、今回、『赤穂浪士討入凱旋の旅/番外編』のデジタル版取材で訪れたかった場所である。
撞木町を訪れたのは、2001年10月の『赤穂浪士討入凱旋の旅』<番外編>「山科から伏見撞木町まで道、徒歩32,934歩の旅」以来のことである。

「赤穂城明け渡しの後、大石内蔵助は山科・岩屋寺の近くに隠棲したんやけど、公儀の目を欺くために遊興蕩三昧したのが撞木町の遊里やったんや」と上総、得意の能書きを垂れるのであった。

2001年10月、山科・岩屋寺を訪れた際、寺の御内儀と思われる婦人に「大石内蔵助殿は何処の道を辿って伏見の撞木町に通ったのでしょう」と訊ねた。
「さあ、それはよー、わかりまへんけど、伏見郵便局のへんが撞木町です」。更に続けて、「メモをしやはったり、写真を撮りはったりされてましたけど、あんさん、学者はんでっか」と。
「いえ、忠臣蔵、赤穂浪士を趣味とする一介のサラリーマンです」との会話を交わしたことが思い出される。

フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-06-03 23:58 | 京都・伏見ポタリング | Comments(0)
2011年 06月 02日

『京都・伏見ポタ』 kf-6

「昼餉を摂りませう。昼餉は京阪墨染駅近くの餃子の店にて」の軍師殿の一声に従い、泉涌寺から南下、伏見方面に向う。
伏見稲荷前を過ぎ、JR奈良線の踏み切りを渡った辺りで、軍師殿が「疎水」沿いの道を探索。
「疎水沿いの道は直ぐ、そこです」の一声に従い、疎水沿いの道を走る。
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京阪墨染駅近くの「ぎょうざの舗 食(ku-)」/店主殿の愛車。
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「食(ku-)」に続き、「椿堂茶舗」へ。
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店内で茶葉を買い求める殿様も。
隣接の茶房「竹聲(ちくせい)」で、お茶や甘味を愉しむ。
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丁度品も愉しむ。
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腹ごしらえを終え、デザートも愉しみ、再び、伏見方面に向かって走る。

フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-06-02 19:25 | 京都・伏見ポタリング | Comments(2)
2011年 05月 30日

『京都・伏見ポタ』 kf-5

「9年振りに、ちょいと、ここで、上総のライフ・ワーク『赤穂浪士討入凱旋の旅』の番外編をさせて戴きとう御座りまする。泉涌寺の塔頭、来迎院の"含翠軒"に立ち寄りませう。"含翠軒"は大石内蔵助ゆかり茶室に御座りまする。来迎院の檀家となった大石内蔵助が茶室を寄進。ここで討入りの謀議がなされたとも」。
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「各々方、お待たせしました。2002年3月の銀塩写真版に代え、今回はデジタル版にて、『赤穂浪士討入凱旋の旅/番外編』の取材が叶いました」。

フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-05-30 23:58 | 京都・伏見ポタリング | Comments(4)
2011年 05月 27日

『京都・伏見ポタ』 kf-4

泉涌寺総門。
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総門前で一行と合流し、泉涌寺通りの坂道を上る。

泉涌寺大門。
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泉涌寺は皇室の菩提寺となっていることから「御寺(みてら)」と呼ばれている。
月輪山の山麓に広がる寺院域内には、鎌倉時代の第86代後堀河天皇の観音寺陵(かんおんじのみささぎ)、第87代四條天皇の月輪陵(つきのわのみささぎ)、江戸時代の第108代後水尾天皇の月輪陵から幕末に至る第121代孝明天皇の後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしやまのみささぎ)の歴代天皇の陵墓がある。

泉涌寺仏殿、舎利殿。
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「9年振りに、ここで、上総のライフ・ワーク『赤穂浪士討入凱旋の旅』の番外編をさせて戴きとう御座りまする」と、大石内蔵助ゆかりの茶室"含翠軒"に向かう。
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フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-05-27 19:30 | 京都・伏見ポタリング | Comments(2)
2011年 05月 26日

『京都・伏見ポタ』 kf-3

「次は泉涌寺へ参りませう」との軍師殿の声。

臥雲橋を渡る。
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臥雲橋から通天橋を眺める。
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東福寺の境内は洗玉澗渓谷(せんぎょくかんけいこく)で二分され、この渓谷に、屋根のある橋廊の形をした、偃月橋(えんげつきょう)、通天橋(つうてんきょう)、臥雲橋(がうんきょう)の三つの橋が架けられている。

前回、東福寺を訪れた2002年3月に続き、同年4月から5月に東京国立博物館で開催された、没後500年特別展「雪舟」で雪舟作と伝えられる東福寺伽藍図を観た。
この絵にも通天橋が描かれていたかと...。

臥雲橋でフォト三昧をしながら、通天橋に見入っている間に、ポタ一行に遅れをとってしまった。
追い掛ける。
途中でポタ一行の後ろ姿を見失う。
住宅街の細道に入り込む。
通り掛かりの婦人に泉涌寺への道を尋ねる。
「このまんま、細い道を行きはったら、よろしおす」と。
ケータイ電話が鳴る。
「今、何処?」と軍師殿。
「細道に迷い込むも、泉涌寺への矢印案内標識があるんで、それに従って直行す」と上総。
泉涌寺の総門で一行を待つ。

フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-05-26 23:53 | 京都・伏見ポタリング | Comments(0)
2011年 05月 25日

『京都・伏見ポタ』 kf-2

鴨川沿いを走る。
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洛南を走る。
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東福寺。
2002年3月以来、久方ぶりに訪れた。
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本堂の天井画、雲龍図を眺める。
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前回は扉の隙間から覗いただけであったが、この日は法要の準備であろうか、扉は開け放たれ、中で清掃が行われていた。
開け放たれた扉からゆるりと雲龍図を眺めることが出来た。

通天橋も、ちょこっと入り口から眺めた。
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フォト:2011年5月2日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-05-25 23:58 | 京都・伏見ポタリング | Comments(0)