カテゴリ:風景( 257 )


2014年 02月 09日

『日光連山』

2月9日朝。
"天守"から外の様子を眺める。
前日から降りつづいた雪は止んでいた。
"天守"から北の方角を眺める。
遠く、北の彼方に、朝日を浴びて白く輝く山々が見える。
日光連山だ。
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フォト:2014年2月9日
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by kazusanokami | 2014-02-09 23:59 | 風景 | Comments(0)
2013年 01月 21日

『変幻自在』

昨年は、よく雲を眺めた。
先日、所用があり、東京駅で下車。
丸の内駅舎前から空を眺める。
快晴である。
丸ビルと新丸ビルの間に二筋の雲が見える。
どちらも、一反木綿の如き姿をしている。
航跡雲が崩れたものなのであろうか...。
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皇居前広場に向って行幸通りを歩く。
皇居前広場から見える雲は、皇居上空で舞う小さな龍の如き姿であった。
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今年も変幻自在の雲に大いに誘われるのであろう。

フォト:2013年1月19日
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by kazusanokami | 2013-01-21 23:58 | 風景 | Comments(0)
2013年 01月 18日

『虎キチさんに贈る』

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手賀沼には、カワセミ・スポットが幾つかある。
前日、カワセミのホバリングを見たスポットへ、SIGMA 50-500mm を携えて赴いた。
カワセミの姿はない。
暫らく待つも現れない。
暇つぶしに、レンズを通して、あちらこちらを眺める。
沼の真ん中辺りの杭に何か黒いものが止まっている。
超ロング(APS換算 750mm)で覗いてみる。
黒いものが何かはよくは分からない。
べたっとした格好のようなので、カワウではないようだ。
カラスだろうか。
「夜目、遠目、傘の内」という諺もある。
よく見えないものは、ええもんを想像する傾向にある。
ええもんだとすると、小型の猛禽類かもしれない。
そんなことを思いながら、ふと、その向こうを見ると「我孫子高校野球場」の大きな看板が目に入った。
手賀沼を一周するとき、いつも、この看板の脇を通過するので、看板の所在はよく承知しているのだが、この看板がカワセミ・スポットの真向かいに位置するということは、この日、初めて知った。
超ロング・レンズのお陰だ。

盟友、備前守殿、伊豫守殿と二ヶ月毎に大放談会をやっている。
以前、伊豫守殿は「和田は我孫子高校の出身や」と言っていた。
今年の年賀状には「我孫子高校出身の和田に気合を入れさせてください。今年もあかんやろなあ」と書かれていた。
伊豫守殿は、虎キチ、なのである。
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和田豊。
1962年9月2日生まれ。
千葉県松戸市出身。
元プロ野球選手。
現役時代は阪神タイガースに所属し、引退後は同チームのコーチを務めた。
2012年シーズンよりタイガース監督に就任。
松戸市立常盤平中学校から進んだ千葉県立我孫子高校では、1年生で夏の甲子園に出場。
その後、日本大学へ進学、東都大学リーグで、ベストナイン2回、1983年の春季リーグで首位打者となるなど、活躍。
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我孫子高校は、二度、甲子園に出場したと記憶。
調べてみた。
1978年(昭和53年)8月、第60回全国高校野球大会(甲子園)に出場。
2回戦、2対3で、沖縄県立豊見城高校に敗退。
備考:その年の12月、野球場(校庭)整備。
1991年(平成3年)8月、第73回全国高校野球大会(甲子園)に出場。
3回戦、0-2で、山梨県立市川高校に敗退。
備考:その2年後の、1993年(平成5年)2月、第2グラウンド(野球場)整備
和田が甲子園に出場したのは、1978年夏の第60回大会であったことは申すまでもなきことかと。
写真の野球場は1993年に整備されたものと思われる。
甲子園に出場した後に野球部関連の施設がよくなることは世の常のようだ。
我が母校も、1980年代に甲子園に出場したあと、野球部の合宿所が出来たと聞く。
これは、公立高校は私立に比べ予算が少ない、甲子園に出場すると寄付金が多く集まる、早く敗退するので、宿屋代などが掛からず、余剰金が出る、その余剰金を原資にして設備を整えるという図式ではないかと勝手に思っている。

「和田監督、頑張れ!」、「阪神タイガース、頑張れ!」の意を込めて、伊豫守殿に「我孫子高校野球場」の写真を本ブログにて謹呈する次第である。

カワセミは撮れずとも、「我孫子高校野球場」の看板が撮れ、それを伊豫守殿に謹呈することができたので、SIGMA レンズも喜んでいるだろう。

フォト:2013年1月13日
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by kazusanokami | 2013-01-18 23:58 | 風景 | Comments(4)
2013年 01月 14日

『さざなみ』

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《獅熊錬図》を携えて手賀沼に出掛けた。
今年の《獅熊錬図》での撮り初め(とりぞめ)として、《さざなみ》を掻き分けて泳ぐカルガモを撮ってみた。
「さざなみ」は漢字で「漣」だけかと思いきや、「さざなみ」と打ち込み、文字変換すると幾つかの漢字が出て来た。
広辞苑を紐解いてみた。
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さざなみ
〔細波・小波・漣〕
(古くは清音)
①細かに立つ波。さざれなみ。比喩的に、小さな争いごとなどにもいう。「両国間に-が立つ」
②琵琶湖の南西岸地方、また近江国の古名。細浪。楽浪。
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さざなみの
〔細波の〕
①「滋賀」「大津」「長等」「比良」など近江国の地名に冠して枕詞のように用いる。
②(波が寄ることから)「寄る」「夜」と続けて枕詞のように用いる。
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さざなみや
〔細波や〕
「さざなみの」に同じ。
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ここは琵琶湖ではなく、手賀沼、そして、歌文ではなく、駄句ではあるが、一句。
「さざなみや軽鴨わたる手賀のうみ」 霹靂火

フォト:2013年1月13日
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by kazusanokami | 2013-01-14 14:51 | 風景 | Comments(0)
2012年 10月 08日

『ハンモック・コレクション』

あっ、ハンモックや!
このときは、上手く乗れました。
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流石、アウトドア派や!!と思いました。
2010年1月、八重山諸島/小浜島「はいむるぶし」にて。

あっ、ハンモックや!
このときも、上手く乗れました。
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でも、上手く乗る前に、こんなこともありました。
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流石、アウト・ハンモック派や!!と思いました。
2012年10月、兵庫県神河町/越知谷ロッジにて。

そういうオイラも、松柏木殿に、ハンモック下手乗りを激写されっちまいました。
で、「maruchanchiの写真日記」、10月3日付「あがく」のコラボと致します。

フォト2010年1月31日、2012年10月1日
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by kazusanokami | 2012-10-08 16:15 | 風景 | Comments(2)
2012年 10月 06日

『東京新名所/東京駅丸の内新駅舎』

本夕、jitenshaを携えての、九日間の股旅を終えた。
最終地、京都にて超早駕籠に乗り、帰館の途に就く。
東京駅に降り立つ。
股旅の途中、盟友 大給守殿から、完成相成りた、東京駅丸の内新駅舎にどっと人が繰り出しているとの報を頂戴した。
復元工事の最中の頃から眺め続けて来ており、人がどっと繰り出している間は、当分、行かないでおこう、熱し易く冷め易い、このブームが一段落した頃に行ってみようと思った。
しかし、「東京新名所」をやっていることもあり、辛抱できない。
八重洲口でjitenshaを組み立て、自走にて丸の内に向かう。
jitenshaを担いでエキナカを八重洲側から丸の内側に移動するよりも、この方が楽チンだ。

新駅舎/丸の内北口を眺める。
どっと繰り出した、人、ひと、ヒトの、後ろ姿も眺める。
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御幸通りからの眺め。
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御幸通りは、東京駅から皇居へ繋がるコンコースだ。
以前から気に入っている場所だ。
上総版「東京新名所」だと思っている。
後ろ姿、パート1。
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カメラの殺気(???)を感じたのか、こちらへ振り返った。
片手でニギニギしたら、ピエロくんもニギニギしてくれた。

後ろ姿、パート2。
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カメラの殺気(???)を感じたのか、こちらへ振り返った。
何喰わぬ顔をして、その場を離れた。
「東京新名所の案内、ご苦労様」と声を掛ければよかったかもしれないと、あとで思った。

丸ビル前から、新駅舎/中央を眺める。
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東京中央郵便局前から新駅舎/南口を眺める。
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これだけの集客力があるとは大したものだ。
これも偏に、この建物を設計した、辰野金吾のお陰である。
更に申せば、辰野金吾を育てた、日本近代建築の父、ジョサイア・コンドルのお陰でもある。
近々、久方ぶりに、ジョサイア・コンドル夫妻の墓参をしておこうと思う。

フォト:2012年10月6日
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by kazusanokami | 2012-10-06 22:41 | 風景 | Comments(2)
2012年 09月 13日

『テーガ・ヌーマ湖』

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播州加古大池で、ウィンド・サーフィンをやっていた。
「こんにちは。高校生ですか?」。
「いえ、中学生です」。
「ほー、中学生の頃からウィンド・サーフィンをやるんだ。いつも、ここでやってるの?」。
「いつもは海なんですけど、今日は、たまたま、ここでやってます」。
「水、きれいなの?」。
「真ん中あたりはきれいです」。
そんな会話を交わしたことを思い出しながら、テーガ・ヌーマ湖を眺めていた。
ヨットが帆走する中、カヤックが一艇、現れた。
「アルミパイプの組み立て式の、ええのんがありますよ」と"悪の道"へ誘う声が聞こえた。

フォト:2012年9月9日
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by kazusanokami | 2012-09-13 01:43 | 風景 | Comments(2)
2012年 09月 12日

『不思議の世界』

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フォト:2012年8月22日
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by kazusanokami | 2012-09-12 00:08 | 風景 | Comments(0)
2012年 09月 08日

『家路』

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フォト:2012年9月8日、テーガ・ヌーマ湖
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by kazusanokami | 2012-09-08 21:13 | 風景 | Comments(4)
2012年 09月 08日

『公園で見掛けた人たち』

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フォト:2012年9月8日、テーガ・ヌーマ公園にて
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by kazusanokami | 2012-09-08 21:12 | 風景 | Comments(2)