カテゴリ:エッセイ( 4 )


2012年 05月 16日

『たけとりものがたり』

紅龍山東海寺、通称、布施弁天は、小高い岡の上に鎮座している。
その脇道を jitenshaで走っていたところ、岡の法面の竹林に生えている、一本の竹に目を惹かれた。
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カメラを構えていたところ、二人連れの老婦人が通り掛かった。
カメラの邪魔になってはいかんと思われたのであろう、立ち止まられた。
「どうぞ、先にお進みください」。
「何を撮られているのですか」。
「剥がれかけた竹の皮が面白いので、こいつを何とか料理できないものかと」。
「プロのカメラマンさんでいらっしゃいますか」。
一ヶ月前なら、「いえ、いえ、写真好きの、一介のサラリーマンです」と応えるところながら、5月からは隠居の身、応えは「いえ、いえ、写真が好きなだけです」であった。
「あの、皮が剥がれかかった竹は今年のものでしょうか」。
「今年、生えた若竹ですね。上の方はまだ皮がついたままになっていますから」。
二人連れの老婦人は去っていった。

そうこう会話をしている最中、横手の、垣根を挟んでの日本庭園の中で「あっちへ飛んだぞ」との男性の声が。
若竹をカメラに収めたあと、この男性Birderさんと垣根越しに会話。
「何を追いかけておられますか」。
「フクロウです」。
「この辺りはフクロウが多いんですか」。
「いや、多くはありません。時々、見るくらいです」。
「今、朝の10時。フクロウは明るいときでも飛ぶんですか」。
「さっき、あっちの木にいたんですが、カラスが悪さをしたようで、逃げたんですよ」。
このBirderさん、岡の法面のクスノキの枝の方をしきりと見ているので、小生も目を凝らして見るも見えず。
「双眼鏡、持っていますが、使われますか」。
「ええ、ええ、貸してください」。
Birderさん、小生の双眼鏡でクスノキの枝を眺めながら、「いませんね。布施弁天の社の向こうの方へ飛んで行ったかもしれませんね」と。
そうこうしているうちに、もう一人のBirderさんが現れた。
「どこかへ行ってしまいましたね」と最初のBirderさん。
「そうですか。さっき、撮ったの、見ます?」と、もう一人のBirderさん。
見せてください、の声を聞く間もなく、液晶ビューで写真を繰り始め、「これ、これ、これです」と拡大までして、ご披露。
「フクロウの目、かわいいですね。こっちを見ているようですね」。
「警戒して、こっちを見ているのかもしれませんね」。
この辺りは、しばしば、ポタリングする場所だが、フクロウがいるとは知らなかった。
また、愉しみが増えた。

話題が竹からフクロウになってしまった。
このブログの標題は「たけとりものがたり」。
竹が縁でフクロウを知ったという「竹撮り物語」である。
若竹はこんな風に料理してみた。
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フォト:2012年5月16日
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by kazusanokami | 2012-05-16 23:58 | エッセイ | Comments(2)
2011年 09月 21日

『鳩のいる風景』

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ロンドンに駐在していた頃、或る取引先のA氏がランチに誘ってくれた。
鳩料理が名物のレストランとのことで、勿論、鳩料理を注文した。
談笑をしながら、料理を待つ。
料理が出て来るのがちょっと遅いなと、ふと、思った。
それが顔に出たのであろうか、すかさず、A氏曰く、「ミスター・カズサ、今、トラファルガー広場へ、ピジョンを捕りにいっているんですよ」と。
この英国人のジョークは簡単に解せたが、鳩のローストをナイフ&フォークで食べるには往生した。
鳩は平和の象徴、その鳩を食す文化には疑問を感じるが、滅多なことは言えない。
何処の国にも、それぞれの食文化があるのだから。
電線にとまる鳩を眺めながら、もう20年以上も前の話だが、そんなことを思い出した。
日本の鳩は、幸せかもしれない。

フォト:2011年9月17日、手賀沼ポタリングにて
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by kazusanokami | 2011-09-21 16:20 | エッセイ | Comments(3)
2011年 09月 20日

『被写体』

或る日の朝、手賀沼をポタリングした。
この日は、秋の雲と、ぽってりとした雲が混在する、風変わりな空だった。
手賀沼公園で、そうした空とボート乗り場の風景をカメラに収めた。
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写し終えた、丁度そのとき、「ここから東京スカイツリーが見えるそうですね」と声を掛けられた。
シニアのジョギング氏であった。
「それは初耳です。今日は見えていないようですが、見えるとすれば、あの里山の切れた辺りでしょうね。いいことを教えて戴きました。次ぎ、ここへ来たときの楽しみが増えました」。

あやめ園に立ち寄ってみた。
勿論、アヤメの花の季節ではないが。
三脚を立てたカメラマン氏がいた。
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こういうところに出くわすと、「この人、何を撮ろうとしているのかな」と思うことがよくある。
しかし、何を撮ろうとしているのか、聞くのは変だ。
「カワセミ狙いですか?」はまだ良いが、「風景ですか?」は変だ。
そんなことを思いながら、カメラマン氏の後ろ姿をカメラに収めるのであった。

先日、勤め先の若手、関西在の、Mくんと電話。
仕事の話が終わったところで、「上総さん、遂に、デジタル一眼レフを買いました」と。
彼は登山が趣味。そして、写真も。
カメラは、デジタルが欲しいなあと言いながら、フィルム式を愛用。
山登りのときには、荷物にはなるが、一眼レフと交換レンズを何本か、携行するとのことだ。
いつぞや、彼が山で撮った写真を見せて貰ったことがある。
青空と、下界の山々を見下ろす風景だった。
山登りをする人だけが撮り得る写真だ。
「新しく買ったのは、勿論、ニコンだよね」。
「フィルム式と同じニコンです」。
「で、レンズはどうしたの?」。
「取敢えず、標準レンズだけ」。
「同じニコンだから、手持ちの交換レンズは使えるしね」。
「使えるのは、マニュアルだけですよね。10月9日に、子供の運動会があるので、デジタル一眼レフ用のズームも欲しいですけど...」。
「子供さんの運動会は大事なこと。以前、使っていた TAMRON AF 18-200mm が箱の中で眠っているので、お試しも含めて、これをお貸ししよう。東京出張時に手渡しで」。

運動会、東京スカイツリー、風変わりな雲を背景としたボート乗り場、そして、遭遇したカメラマン氏が狙っている被写体が何かなど、被写体は、人それぞれである。
そして、そのときの、人それぞれの思いで、その被写体を切り撮るのである。

フォト:2011年9月17日
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by kazusanokami | 2011-09-20 06:01 | エッセイ | Comments(0)
2011年 09月 18日

『風景/蓮群生地』

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蓮群生地。
大きな円形の葉は、盛夏の頃の濃い緑から、立ち枯れ色に変わりつつある。
結実した漏斗状の実が枯れ落ちた茎は、トンボの止まり木となっている。
蓮群生地はこれからどんどん立ち枯れ、全てが水の中に沈み込む寸前の春先に、再び、芽吹き、夏に向かいながら、大きな葉と花をつけるのである。
トンボはそれを知っているのだろうか。

フォト:2011年9月17日、手賀沼ポタリングにて
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by kazusanokami | 2011-09-18 13:08 | エッセイ | Comments(2)