『上総守が行く!』

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2007年 12月 29日

『サイクリングおじさんへの手紙』

前略
12月26日付貴信、拝受しました。
jitensha同好の士からのお便り、殊の外、嬉しく存じております。

”歩録”コメント欄には書き切れませんので、書簡と致します。

Jitenshaの薀蓄を傾ける程の知識は御座いませんが、“率直な感想”とのことですので、そうしたことも含めまして、綴ってみます。

貴殿は、今、どのような自転車にお乗りかは存じませんが、私は、当初、通販で買い求めた“マウンテンバイクもどき“に乗っておりました。
それは”もどき“ですので、それ程、高価なものではなく、何処に駐輪しても盗難などの心配は少なかったのですが、車体は重く、ギアも重く、軽やかに走れる、新たなjitenshaの購入を考えました。

英Bromton、独riese und muller/BD-1、伊Bianchiなど、何れにするか、あれこれ、目移りしましたが、仲間の話を聞いたり、何軒かの店を訪ねて話しを聞いたり、現物を見たり、ネットで調べたり、また、財布の中と相談したりして、BD-1 Standard (White)に決めました。

決心に際して、 “天の声”もありました。
“天の声”や私のjitenshaの愛称“ベデワン”の経緯などのエピソードについては、いつか、“歩録”に綴ってみたく思っており、ここでは割愛します。

前置きが長くなりました。本論に移ります。

Bromtonは内装3段、BD-1は外装8段となっており、これ、一つの決め手でした。

BD-1のハンドルは、やや、前に傾斜しており、やや、前傾姿勢で乗ることになり、folding typeの中ではスピードが出るデザインではないかと思い、これも一つの決め手でした。

別のタイプで、BD-1C(CはcompactのCです)というのがあります。
このハンドルは直立で、且つ、高さ調整が出来、小柄な人や女性向けに良いと言われています。

サドルの相性は、人によって異なるのか、“尻痛状態”でサドルを別のものに交換した人もいますが、私は交換の必要もなく、相性ぴったりです。

Bromptonの“荷台コロ付”を見て、愛車ベデワンに“荷台コロ”を付けることも考えましたが、或る同好の士によれば、「元々、BD-1は格納時に自立するように出来ており、“荷台コロ”を付けるとバランスが悪くなり、自立しなくなるので、“荷台コロ”はよろしくない。折り畳み自転車は担ぐに限る」とのことでした。

因みに、Bromptonの“荷台コロ付”は、全くコンセプトの違うものですから、BD-1のようなバランス上の問題はないことを申し添えます。

なお、BD-1 Standard(車体のデザインは直線のもの)は08年モデルから製造中止となり、BD-1 Capreo(車体のデザインは曲線のもの)が標準になるということを漏れ聞きましたが、ネットで調べると必ずしもそうでもないようにも見えます。

因みに、私のお仲間“七人の侍”の愛車は、Brompton 4名、BD-1 Capreo 1名、BD-1 Standard (White) 1名、Dahon (型式不明)1名。プラスアルファとしては、BD-1 Standard (Graphite) 1名、BD-1C 1名、Dahon Jetstream 1名なども...。各々の趣味趣向で、各人各様です。

Bromton やBianchiは、なかなか、お洒落なデザインとカラーで、potteringには、こうしたお洒落さも選定基準のひとつかなとも思います。

独riese und muller/BD-1、英Bromton、伊Bianchiのみならず、KHS、DAHONなどのfolding typeは、少々、お高いながらも、高いなりに値打ちのあるものではないでしょうか。
即ち、軽い乗り心地で、爽快、余り疲れを感じず、走り出すと何処までも走って行きたくなるようなjitenshaです。

BD-1に限らず、いろんなfolding typeを検討され、自分の趣味趣向、乗った際の姿勢の楽さなどフィーリングの合うものを購入されては如何でしょうか。

勿論、本日の結論として、私自身のフィーリングからするとBD-1は”二重丸”です。

買うまでの、あれこれ、検討も面白いことです。

Jitenshaは楽し!!です。

早々

サイクリングおじさん殿

2007年12月吉日
上 総
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by kazusanokami | 2007-12-29 12:08 | jitensha
2007年 12月 22日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』 #7

(追補)

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』第六話で、しまなみ街道の旅そのものについては、五木ひろしが唄う『よこはまたそがれ』風に、単語を並べる“手法“で綴り、詳しくは、歩録提携先に振りましたが、エピソードと申しますか、頼まれ事と申しますか、ひとつ、ふたつ、追補として、此処に書かせて戴きます。

因島で『はっさく屋』さんという店に立ち寄りました。
此の店では、“はっさく大福”と名付けられた美味なるものがあると聞き及び、立ち寄ったものです。

“七人の侍”の皆々、先ずは、“はっさく大福”を食し、「こりゃ、旨い!」、「八朔の苦味がたまらん!」、「いちご大福より旨い!」、「もう一個、食そうかな」、「次はどれを食そう」などと、大騒ぎで御座いました。

酒と甘味の両刀使いである人麻呂殿などは“はっさく大福”のみならず、“地酒大福”、“みかん大福”と立て続けに食しておりました。しかも、口の周りに、白い“お粉”を付けて...。まさに、名前の通り、お公家さんの如きに御座いました。

更に、「配達には、どれくらい、日数が掛かるの?」、「賞味期限は?」と叫びながら、宅配便にて屋敷に送る手配をする御仁も居りました。

暫し、店主殿と会話。
「多数、お越し戴き、誠に有難とう御座います。当店の事を何処で知られましたか」。
「何処でどうこうではなく、此の近くに来た人たちは、必ず、此処に立ち寄るとの事にて、全国津津浦浦に知れ渡っているお店ですぞ。このはっさく大福、ホントに美味に御座いますなあ」。
「有難き事。是非是非、お帰りになられた後に、宣伝して下さい」。

皆々、すっかり、いろんな大福に満足し、宅配便の手配も終え、さて、出発と思いきや、まだ、一人は店の中。

「マダ、食ットル奴ガ、居ルンカ!御典医殿ヤナ!」と。
これ、○○守殿の言葉。
ちょいと、口 x 3 (口が三つの漢字)のない物言いにて、本人の名誉(?)のために、名前は伏字とします。

御典医殿曰く「何にも食べてないでー。蜜柑を差し上げるとのことで頂戴していたところや」と。
かなりの数の蜜柑が入った白い袋が御典医殿の手に。

「此れは昼餉のデザートにしよう」と言う御仁も居れば、「わたしゃ、持つのは嫌じゃ」と言う御仁も。
御典医殿、黙ってjitenshaのハンドルに白い袋をぶら下げて、出発となりました。

途中、矢張り、御典医殿が可哀想という事で、朝の日の光が映える青い海を眺めながら、皆で蜜柑を食しました。
「こりゃ、旨い」、「因島は広島だから、広島みかんじゃ」とか、当たり前と言うか何と言うか、訳の分からないことを宣いながら、有難く、味わわせて戴きました。

其れでも、まだ、幾つか残っており、其れは昼餉のデザートとする事になりました。
各々、自分の食する分は背嚢へ。
しかし、筆者も含め、ズボラ組も何人か。
持つのは、申すまでもなく、御典医殿でした。(御典医殿、ゴメンね)

以上が、はっさく屋の店主殿に頼まれた“宣伝”に絡んでのエピソードです。

宣伝のひとつとして、『はっさく屋さん』の場所をご紹介しておきましょう。
安芸国尾道郷因島田熊町4862-10(因島南インター付近)
詳しくは、インターネットでお調べ下さい。

「しまなみの旅」では、『はっさく屋さん』以外にも御世話になった処が多々あります。
名前を列挙します。

生口島『漁師の店 しま一』:
此処で昼餉を摂りました。
穴子丼、刺身定食...。

大三島『三島(サントウ)の湯』:
多々羅大橋傍の“塩湯”温泉でした。

伯方島『光藤旅館』:
此処で一泊しました。
食べ切れぬ程の海の幸の数々が...。

大島『村上水軍博物館』:
“歴史徘徊病”の筆者としては、鎧兜の試着、書状の折り方なども含め、大変興味深いものでした。

大島(来島海峡大橋近くのワーフにある店。みちの駅?):
此処で、七輪で焼く、海鮮バーベキューの昼餉を摂りました。

今治『清正の湯』:
いろんな風呂があり、今、流行のスタイル。
一人ジャグジーが疲れを癒してくれました。

今治『千倉』:
此処で神戸行きフェリーの出発時間まで小宴。
中骨を外にピンと出し、油でカラッと揚げた、小鯵の梅揚げが美味でした。

今治/神戸『ダイヤモンドフェリー』:
ラウンジのテーブルに数々の飲み物が並びましたが、筆者は、ウーロン茶を一杯飲んだだけで、ソファーでzzzでした。
「おい、客室に戻るぞ」との声で、客室の二段ベッド下段に潜り込み、エンジンの音を聞きながら、まどろみました。

何れも、詳しくは、インターネットでお調べ下さい。

筆者のサイクル・メーター表示の走行距離を書き残しておきます。
筆者は、某御殿様二人のように、忘れ物を取りに逆走はしておりませんので、比較的、実態に近い走行距離ではないかと思っています。

・初日、尾道から伯方島“光藤旅館“まで:57.7km
・初日から二日目、来島海峡大橋下の昼餉時までの累計:77.76km
・初日から二日目夕、今治渡船乗り場までの累計:106.96km
・初日から三日目朝、六甲アイランド船着き場経由新神戸駅までの累計:123.45km

二日目、来島海峡大橋下、昼餉着時までの累計77.76km。
"77.77"の七並び、フィーバー直前。
偶然の為せるワザ。
筆者のカメラは電池切れにて、摂津殿のカメラに収めて貰いました。

三日目、新神戸駅着時までの累計:123.45km。
12345と、一気通貫。
此れも偶然のなせるワザ。
気持ち、良し!

富籤 ”Loto 6” 好きで、数字に拘る上総に御座います。

B級グルメで、もう一度、食べてみたい物は?との質問があれば、”はっさく大福”は、そのひとつに入るでしょう。

《しまなみ街道討入/尾道千光寺大願成就祈願、追補、完》

2007年師走吉日
上 総
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by kazusanokami | 2007-12-22 11:55 | しまなみ海道2007
2007年 12月 20日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就』#6

(第六話)

翌二十三日、朝、六々殿、人麻呂殿、御典医殿、播磨殿、呑々殿の順に、順次、尾道入りと相成り候。

四十七士ならぬ“七人の侍”、打ち揃いて、いざ、“しまなみ街道”に出立じゃ。

しまなみ街道の旅は、島島島島島島...、橋橋橋橋橋橋...、上り坂坂坂坂坂坂坂...、下り坂坂坂坂坂坂坂...、平地、地べた、海辺、浜辺、旅籠、舟、船、渡船、電動昇降機(馬島)、船渠、シトラス、紅葉、水軍、鎧兜、宴、グルメ、甘味はっさく大福、塩シャーベット、梅錦、温泉、談笑、暴露発言、笑顔、真顔、ちょいとお疲れさん顔、武具装束自慢、お寺、古い校舎、二宮金次郎、鳴き龍、そして、島々の人々などなどなどなど、書き切れませぬ...。

続きは、拙者歩録の“提携先”、六々守殿が歩録「maruchanchiの写真日記」、摂津守殿が歩録「摂津守参上!」を御覧下され。

しまなみ街道の旅、大願成就と相成りし事、此れ、皆々の日頃の研鑽と千光寺さんの御加護に拠ることは勿論の事、更に、最も申し上げねばならなき事は、日頃、我が歩駄藩の軍師を相務められし六々守殿が居られ候事にて、六々殿への労いの言葉として「深謝申し上げ候」旨、此処に記したく存じ候。

千光寺さんにて頂戴した、あの平安風絵柄の御守りは、拙者の”しまなみ海道討ち入り武具“のひとつ、六々殿御推奨にて買い求めし、独逸Deuter製背嚢にしっかりと付けられ居り候事、此処に申し添え、筆を置く事と致し候。

≪尾道千光寺/しまなみ海道討入大願成就祈願≫(完)

-あとがき-

筆者は、フォト三昧も大好きですが、雑文を書くことも大好き。

歩録を開設する以前、六々殿に「貴殿はフォトで勝負!拙者は筆で勝負!」などと宣もうたこともあります。

頭に中で構想が纏まれば、得意(???)の“早撃ちマック”で“鍵盤”を叩きます。
長文であろうが、超・長文であろうが、苦になりません。

何故、このような長文になるのだろうか、何故、字数が多くなるのだろうかと御同輩に問い掛けた処、摂津殿より「才気ノーコン病」との言葉がありました。

これを聞いた筆者、益々、長文に拍車が掛かる事と相成りました。

いつもの旅と同様に、今回も、前日に参った千光寺さんからのしまなみ海道の旅まで、フォト三昧なるも、フォト圧縮ソフトのpicasaクンが少々ご機嫌ななめなこともあり、今回の歩録は、フォトは割愛し、筆のみで勝負!と致しました。

なお、今回、不参加であった本町普請奉行殿が参加されておれば、「しまなみ海道の旅」から帰還した際、本町殿の妻女は、我々に、こう申されたでしょう、「あなた方、高校生みたいですね」と。これ、筆者の趣味のひとつである、赤穂浪士ゆかりの地を訪ねる旅の一環で、七年前、播磨殿の運転にて、本町殿、御典医殿と共に大石りく殿の故郷、豊岡を訪問。そこから帰還した際の言葉でした。次の機会に、是非、本町殿の参加も得、歩駄から帰還した後、再び、この言葉を聞きたく思い、ここに記す次第です。

また、今治出身で東京都内在の先輩、ymmt伊豫守殿に「しまなみ海道を完走しました」と伝えたところ、曰く「しまなみ海道は今治が期待する大事な観光資源」とのことで、大いに喜んで下さいました。

本州/四国間の三ルート、明石大橋、瀬戸大橋、しまなみ海道、何れも大事なルートですが、我々、歩駄を趣味とする者にとりましては、「しまなみ海道が最高!!」ということになります。

「しまなみ海道」、有難う。

2007年師走吉日
上 総
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by kazusanokami | 2007-12-20 21:31 | しまなみ海道2007
2007年 12月 16日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#5

(第五話)

若店主の「瀬戸内のものがよろしゅう御座りませう」との言葉を受けて、品書きを眺めると、「地」活たこ造り、かんぱち刺、おまかせ刺盛、「地」尾道ゆでしゃこ、「地」からこげの唐揚げ、「地」剣先いかバター、「地」えびの唐揚げ、「地」小ふぐの唐揚げ、「地」えびのサクサクかき揚げ、かんぱちカマ塩焼、「地」白ギス天、「地」活たこ天...。
頭に付された「地」は、品書きでは、「丸」の中に「地」と記されており、地の物の意。
此の「地」の文字が、また、食欲をそそるので御座りまする。

文字が書き連らねられているものに、何故か、興味を惹かれる拙者、品書きを可眼羅に収め候。
拙者は品書きのみ、料理のフォトは、摂津殿が専門の領域にて、彼に御任せ。
拙者は美味なる肴にせっせと箸を運び、摂津殿は美味なる肴にせっせと可目羅を向け候。

蝦蛄は体長、三、四寸はあろうかと思われる大振りにして肉厚のもの。
姿、形を見るだけでも旨そう。
眺める時間も惜しく、早速、口に入れると、ほろっとした感触が、此れ又、宜しく、美味に御座った。

からこげの唐揚げは、白身に軽く油の良き香り、此れも又、美味に御座った。
“からこげ“とは、体長、一寸程度の小振りのオコゼ。
大振りのオコゼの唐揚げは、時折、食すも、同じオコゼでも全く異なり、箸で一匹摘まみ上げ、口にぽんと放り込むと“うーん、からこげ!”という感じ。
「それって、どんな感じ?」。
「うーん、そやねぇ。曰く、言い難し...。やっぱり、“うーん、からこげ!”っちゅー感じですわ...」。
瀬戸内は、矢張り、小魚に限りまするなあ...。

若店主のサービスにて供された、巻貝を煮たもの、爪楊枝で身を引っ張り出し、口に放り込むと、よき歯応え、程よく馴染んだ、ちょいと濃い目の醤油の味、此れも又、美味に御座った。
貝の名を聞くも、余り旨さに気を取られ、メモ取る事も忘れ、貝の名は失念。
“若店主御奉仕、巻貝のウマウマ煮”と申しておこう。

ラスト近くで、再び、からこげの唐揚げが登場。
「これ、注文したの?」と思いつつ、既に箸は“からこげ”に。
翌日、摂津殿に「あれは、若店主のサービス?」と問うた処、「余りの美味にて、此処許が追加注文致しものに御座る」と。
追加注文の“からこげ”は、拙者がせっせと箸を運び、全てを平らげたのではあるまいか、摂津殿は一匹も食されておられぬのではないか、あれこれ、考えるも定かでは御座らぬ。
“うーん、からこげ!”

「翌日は大事な大事な討ち入り故、前夜祭の酒は程々に」と御同輩よりキツーイ御忠告、戴き候事にて、杯の空く都度、「程々に、程々に」と言い聞かせるも、琉球泡盛『菊之露』の“氷塊入り”が、殊の外、旨く、最後の二、三杯は此れで有りたと記憶致し候。
摂津殿は何杯呑んだのかな? 拙者は何杯呑んだのかな? 何れも不詳!

会話も弾み、明日からの“討ち入り”の楽しきイメージを描き、瀬戸内の旨き肴の数々、焼酎、泡盛などを楽しみ、大満足、大満足。

刻限を見れば、早、九時を廻っており、明日からの大事も控え居る事にて、旅籠に戻る事とし、前夜祭は中〆。
御勘定は〆て壱萬弐千文弱に御座った。

おタナに着きし頃は、我等二人だけに御座るも、帰り際には満杯。
其れも若い衆ばかりに御座った。
若い頃から、こげな旨かもんを食しておるとは、羨ましき事なり。
我等は瀬戸内の東側、明石海峡近くに育ち居り、旨か魚を食し居るも、同じ瀬戸内でも、西と東じゃ、小魚は別物に御座る。

尾道の前夜、独りと二人じゃ、大違い。
此の夜はホントに楽しゅう御座った。
前夜の尾道入りを快諾下されし摂津殿に感謝、深謝、謝謝(又又、中国語!?)、多謝(此れは台湾語!)...。

尚、おタナの名を”Kissui”と申して参るも、ホントの名は『きっ粋』である旨、申し添え置き候。

『きっ粋』さん関連情報:安芸国尾道郷土堂町2-7-4 糸電話:0848-21-2358

(つづく)
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by kazusanokami | 2007-12-16 18:28 | しまなみ海道2007
2007年 12月 14日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#4

(第四話)

“千光寺踏切”を渡り、更に石段を数段下りた後、街道を横切り、商家が立ち並ぶ通りに向い候。
商家が立ち並ぶ通りには、nostalgiaを感じさせ候得し建物、和菓子の如き姿の蒲鉾などを可眼羅に収めながら、数日前からの寒気団で少々冷えた身体を暖めたく、尾道拉麺など食してみようかと思い候。

しかしながら、既に午後五時を廻り、摂津守殿と共に”Kisssui”での“討ち入り前夜祭”も御座れば、今、拉麺を食すは宜しくないとも思いつつ、摂津殿に携帯糸電話を掛け申し処、「只今、電動駕籠の中に御座る。次が尾道に御座る」と。

拙者、丁度、電動駕籠乗り場近くに居り申した故、其処にて摂津殿を待ち申し候。
「やー、摂津殿、welcome、歓迎光臨(何で英語と中国語なんや!)。ようこそ、尾道へ。旅籠へ案内(アナイ)申す」と告げ、旅籠に向かい候。

摂津殿が愛馬“舞論布団(Brompton)”は、荷台にコロ付きという便利な“馬具”が備えられて居る故に、搬送は、いと、容易に御座った。

拙者が愛馬“ベデワン”は二貫九百匁と軽量なるも、上野乗換え時、丸の内八重洲乗り換え時、福山乗換え時の搬送で汗だくと相成りし拙者は、ベデワンに“搬送馬具”を備えるべきかと、ふと、思い候。

旅籠にて暫し休息の後、摂津殿と共に“Kissui”へ。
先程、 “七人の侍”を代表し、千光寺さんで大願成就を懇ろに祈願して参りし事や、御札授与所の老婦人と御守りの事、おタナの事などで会話を交わし候事、「千光寺の老婦人が申せし“Kissui”さんの苗字は、さて、スダ、スガワラ、スガイ...。うーん、失念。おタナで尋ねてみませう」などと、“Kissui”へ向かうそぞろ歩きの中で、摂津殿に喋繰り候。

“Kissui”は旧・幕府系飛脚便局が目印と聞いて居り候故、迷う事なく、辿り着き候。
未だ、刻限は六時半。おタナの客は我等二人だけ。予約の際の御内儀らしき御方は居らず、“家運多 “の向こうの調理場に若き店主、接客掛かりは若き漂亮小姐(又又、中国語!?)に御座った。

「飲み物は何になされまするか」、「扨、先ずは麦酒と申したき処なるも、少々、身体が冷えて居る故、焼酎の湯割りを頂戴致す」、「芋、麦、蕎麦、黒糖、いろいろ御座りまする」、「芋で御願い申す」。

芋焼酎の湯割の杯を翳し、摂津殿、拙者いずれからともなく、「いやはや、遂に、その日が参りましたなあ...」と、此処、数ヶ月、摂津殿、拙者、他の歩駄仲間の各々が“しまなみ街道討ち入り”を楽しみにしながら、武具装束を整え、鍛錬を重ねて参り候事を振り返りながら、先ずは、乾杯致し候。

若店主と暫し会話。
「我等、此れ此れ然々にて、此のおタナに参り候」とグルメ通、呑々守殿より推奨ありた事や千光寺の老婦人との会話を披露申し候。
「其処許の御名は何と申されるか」、「スガと申しまする」、「そや、そや、スガさんや、スガさんや(何で、此処だけ関西弁なんや!?)」。

接客掛りの若い婦人に「夫婦(メオト)でおタナとは良き事に御座りまするな」と申した処、「いえ、私は手伝いのものにて」と。
「こりゃ、えらい、すんません(何で、此処も関西弁なんや!?)」。

さて、肴を注文せねば。
「御主人、御勧めは何で御座るかな」、「此処は尾道に御座れば、矢張り、瀬戸内のものがよろしゅう御座りませう」。

(つづく)
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by kazusanokami | 2007-12-14 21:37 | しまなみ海道2007
2007年 12月 12日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#3

(第三話)

千光寺本堂に於いて、懇ろに大願成就を祈願致し候後、本堂御札授与所の老婦人と暫し会話。
「jitenshaの御守りは御座るかな。“胡桃兜“に嵌め込むような御守りじゃが」。
「jitenshaの“胡桃兜“に嵌め込むような御守りは有りませぬが、交通安全の御守りで如何でしょうや」。
「“胡桃兜“のものを探しおる故、別のものを戴きとう御座る。此の平安風の衣装を纏った男女の絵柄のものが良さそうで御座るな。此の御守りの御利益は如何なるものに御座ろうか」。
「諸願に御座りまする」。
「其れは誠に結構な御守り。愚妻のものも含め、二つ、頂戴致そう」。

千六百文を納め、平安風絵柄の御守り二つを頂戴致し候。

老婦人曰く「旦那さんはjitenshaをなさるので。此処、千光寺にもjitenshaの旅の御方がしばしば来られまする」。
「拙者、今朝、江戸を出立し、先程、尾道に到着。先ずは、千光寺さんに御参りと馳せ参じた次第。明朝、御仲間共々、しまなみ海道の旅に出立に御座る。処で、其処許は”Kissui"なるおタナをご存知で御座ろうか。今夕、其のおタナにて一献傾ける事に相成っており申す。過日、糸電話にて予約致した処、御内儀と思しき御方が応答なされ、鄭重なる応対に御座った」。
「其のおタナはよく存じておりまする。○○さんという御方がお遣りのおタナに御座りまする。なかなか良きおタナと聞いておりまする」。

更に、老婦人より「御願い事が御座る」と。
「さて、何で御座ろうか」、「しまなみ海道の木戸銭を無料にして貰うべく、旧・幕府系本四高速奉行所の御奉行様に嘆願の為の署名に御座りまする」、「其れは誠に結構な事。是非もなく、署名させて戴きまするぞ」と“嘆願書”の空欄に筆を運び、名を署し候。
上総守では無く、本名にて...(署名やから、本名が当たり前やろ! 否、上総 守(カズサ・マモル)でもよかったんやけど...)

千光寺を後にして石段を下り、旅籠へ向い候。
さて、石段は何段くらい有りたであろうか、かなりの段数を下り終わると“千光寺踏切”と名付けられし“電動駕籠”の踏み切りに行き当たり候。
踏み切りを渡り切ると、更に其処から数段の石段。
其の石段を下り終わると街道へ。

確かに、尾道は石段の町に御座る事、此の身で実感致し候。

二十数年前に「転校生」と題する活動写真が御座った。
此れ、尾道が生んだ活動屋、否、失礼、活動写真家、大林宣彦氏の製作によるものに御座った。
此の活動写真を御覧になられ候方も居られるやに存ずるも、若きオノコとメノコが石段を転がり落ちると男女が入れ替わるという物語に御座った。
原作はあるものの、尾道の石段を上手く使いし作品で有りたと記憶致し候。
石段を下りながら、この活動写真の事を思い出しつつ、石段と“千光寺踏切”を可目羅に収め候。

因みに、同地には『おのみち映画資料館』なるものが在るそうじゃ。
活動写真好きの拙者としては、是非にでも参りたい処なるも、刻限の制約も有りせば、今回は見合わせ、次回の楽しみに残す事と致し候。

(つづく)
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by kazusanokami | 2007-12-12 21:22 | しまなみ海道2007
2007年 12月 11日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#2

(第二話)

霜月二十二日午前、愛馬ベデワン号を携え、下総の屋敷を出立し、江戸より旧幕府系超早駕籠・望号にて、相模、駿河、三河、尾張、美濃、近江、京/山城、難波、摂津、播磨、備前、備中、備後を経由し、安芸国福山経由尾道に向い候。

午後三時半頃、尾道に到着。
早速、“電動駕籠”乗り場近くの旅籠に投宿。
旅籠の漂亮小姐(何で此処に中国語が出て来るねん!?)に「千光寺に参りたいが、“鋼索吊り電動駕籠”乗り場まで、御徒で如何ほどの時間が掛かりましょうや」と尋ねし処、「二十分ほど」と。
「間も無く、夕暮れ時。時間も無かりせば、“原動機付き駕籠”をお願い致す」。
「“電動駕籠”乗り場前から“大型気動大衆駕籠”が御座りまする故、其れに乗り、長江口で下車なされませ」と。

因みに、愛馬ベデワン号にて参っても良かろう処では御座るも、尾道には盗っ人など居らぬ土地柄とは言え、ベデワン号に万が一の事、起これば、明日からの討ち入り、叶わぬ事に相成る為、“大型気動大衆駕籠”を利用する事と致し候。

“電動駕籠”乗り場前にて“大型気動大衆駕籠”に乗り、長江口にて下車。

“鋼索吊り電動駕籠”乗り場にて“駕籠料”を見ると、片道二百八十文、往復四百四十文と有り。
札券売り場の漂亮小姐(何で此処も中国語やねん!)に「御徒で下山するには如何ほどの時間が掛かりましょうや」と尋ねし処、「二十分ほどに御座りまする。お寺へ御参りなされるなら、下りは御徒の方が宜しゅう御座いましょう。丁度、四時発の頂上行きが御座います故、急がれなされまし」と。
片道の札券を貰い、“鋼索吊り電動駕籠”に。

頂上までの所用時間、約三分の事なれど、眼下に広がりし景色、千光寺の紅色に彩られし本堂など、硝子窓から数々の眺めが此の目を楽しませてくれ候。

頂上からは、向かって左手に新尾道大橋、正面に向島、その向こうに、明日から歩駄輪具にて直走る事と相成る島々。
更に、向かって右手に目を遣ると、沈みつつある日の光が逆光となりし瀬戸の海、数々の島影など。
此れらの景色を可目羅に収めながら、明日からの“しまなみ海道討ち入り”の決意を新たに致す次第に御座った。

頂上をあとにして、“文学のこみち”なる方面へ脚を運び候。
自然の石に刻まれし数々の文学碑を眺めながら“文学のこみち”を楽しみ候。
此の歩録を書きつつある師走の日経朝刊の『私の履歴書』は森光子さん。
森光子さんに因んで、数々の文学碑の中から林芙美子さんの文学碑に刻まれた『放浪記』の一節を。

『海が見えた 海が見える 五年振りに見る尾道 海はなつかしい 汽車は尾道の海にさしかかる 煤けた小さな町の屋根...』

余談ながら、忠臣蔵、赤穂浪士ゆかりの地を訪ねる趣味を持つ拙者、赤穂浪士ゆかりの地ばかりでは、片落ち故、吉良家ゆかりの地をもと思い、昨夏、三河国吉良郷、吉良家菩提寺である華蔵寺、黄金堤など、更に、吉良家江戸菩提寺である功運寺(中野・上高田)を訪れし候。
その際、この功運寺に林芙美子さんが墓所も在る事、知り申し候。

更に、秋には、討り入り後、諏訪に流され、若くして、失意の内に没した吉良義周殿が墓所、諏訪の法華寺にも参り候。

更に、更に、師走には、本所松坂町にての、義士祭、吉良祭には参れねども、恒例、元禄市に参り候。
因みに、本年師走も、十四日、十五日辺りに、本所松坂町に参る積もりに御座る。

嗚呼、林芙美子さんの話題が忠臣蔵の話題になりまする...。
“才気ノーコン病”が起こりつつ有りまする故、此れ等に纏わる話は、次の機会と致し、話を元に戻しませう。

“文学のこみち”を下り、千光寺境内へ。
十二支の石柱、鐘楼、釣り鐘、鏡岩、玉の石などを可眼羅に収めながら、本堂へ。

本堂にて、“七人の侍”を代表し、明日からのしまなみ海道討ち入り大願成就を、懇ろに、懇ろに、祈願致し候。

(つづく)
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by kazusanokami | 2007-12-11 21:25 | しまなみ海道2007
2007年 12月 10日

『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#1

(第一話)

今夏、『播磨歩駄輪具倶楽部(ハリマ・ポタリング・クラブ)』なるポタリングの会を結成。
愛称は、ハリー・ポッターに非ずして、ハリポタに御座る。

拙者の忠臣蔵、赤穂浪士の趣味が嵩じての“武家言葉もどき”がハリポタ御同輩の中に蔓延し、公用語は“武家言葉もどき”に候。
加えて、公家衆も一人、加盟と相成り、“公家言葉もどき”も併用と相成り候事におじゃりまする。

『播磨』の文字の如く、播磨国在乃至は摂津国在の朋輩がメインなるも、江戸屋敷勤めの拙者も発起人の一人に名を連ね候。

『播磨歩駄輪具倶楽部』に名を連ねしは、六々守殿、呑々守殿、御典医殿、播磨守殿、摂津守殿、人麻呂殿並びに拙者上総の、四十七士ならぬ、“七人の侍”に御座る。
因みに、プラス・ワンは本町普請奉行殿なるも、彼は、故あって、血盟状に署名なされて居らぬも、加盟権利保持者で御座る旨、申し添え候。

ハリポタ会による歩駄輪具(ポタリング)は既に四回を数え、播磨・摂津国の海浜沿い辺りをjitenshaにて徘徊致しおるも、拙者は江戸詰めにて、此れに参加する事、叶わず。

何時頃からか、“しまなみ海道歩駄輪具”の計画が浮上し、評定の後、“討ち入り”は霜月二十三日、二十四日、帰路、今治から神戸までは船中泊の二泊三日にての挙行と相成り候。

此れ、ビッグ・エベントに御座れば、江戸より馳せ参じる事と致し候事にて、来るべき討ち入りに備え、日夜(夜はないけど)、“独り歩駄”にて鍛錬に鍛錬を重ね候。

尾道出立は霜月二十三日午前九時頃の由にて、此の日の朝、江戸出立では討ち入りに間に合わぬ為、拙者の道程は、尾道にて前泊と致し候。

独り歩駄には慣れし拙者と雖も、前泊、独りではちょいと寂しゅう御座る故、御朋輩に声を掛け候処、摂津守殿、快諾なされ候。

しまなみ海道討ち入り企画が浮上致し際、拙者が「以前、藩命にて尾道に参り候事も有り。同地にてB級グルメも楽しみ候」などと宣まい候事を、摂津殿、記憶なされており、「B級グルメも楽しみたく候」とも申され候。

此れに対し、「拙者、一度しか尾道にて草鞋を脱いだ事なく、否、日帰りで有りた故、草鞋を脱ぐ暇もなく、拙者の申すB級グルメは尾道拉麺に御座るも、摂津殿ご所望のB級グルメ、お奨めのおタナを調べてみたく候。彼の浪士殿達は討ち入り前に”蕎麦やの二階”に参集なされるも、我等は旨い魚を食わせるおタナの二階と致そうぞ。翌日は討ち入り初日にて、痛飲は避けねばならねども、”しまなみ前夜祭”をば楽しみましょうぞ」と摂津殿宛(㏄:御同輩各位)に電子飛脚便を遣わし候。

前泊を快諾なされし摂津殿に御楽しみ戴く為、“草の者”を同地に放ち、“B級グルメ“のおタナを探索。
候補のおタナを摂津殿(㏄:御同輩各位)に伝えし処、グルメ通の呑々守殿より”Kissui”なるおタナの御推奨有り。
素直(?)な拙者、此れに従い、糸電話にて”Kissui”を予約致し候。

尚、“B級グルメ“と記し申すも、おタナ”Kissui”さんがB級という事では御座らぬ事にて、B級とは庶民の味との意味に御座る旨、此処に申し添え候。

(つづく)
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by kazusanokami | 2007-12-10 21:50 | しまなみ海道2007
2007年 12月 04日

『予告編』

ご無沙汰致し居り候。
早、今年も師走。
皆様方に於かれましては、御変わりなく、御機嫌うるわしゅう事と存じ候。

さて、拙者、歩駄仲間と共に、四十七士ならぬ”七人の侍”にて、しまなみ海道討入り、大願成就、本懐を遂げた後、霜月弐拾伍日、無事、屋敷に帰還。

其の後も引き続きハイテンションに御座るに拠って、
・国際ロボット展
・昼と夜の銀座(呑み、じゃなくって、フォト三昧だよ)
・映画「やじきた道中 てれすこ」鑑賞(映画も大好き)
・下総~水戸街道~葛飾柴又~江戸川・旧江戸川沿い~葛西への歩駄輪具
などなどなどなど、歩録そっちのけで、否、歩録の為に、”外回り”、”取材”に御座った。

霜月弐拾弐日以来、久方振りに、マイ歩録を開け申した処、佐々木與次郎殿、その兄與太郎殿、夏目金之助殿、筒井隆康殿(此の御名、ひっくり返さずに読みそうになり申した)、os3nomu3殿、kazusanokame(此の御名、kazusanoカメ?亀?噛め?咬め?カメハメハ?)殿より数々の書き込みを頂戴致し居り候事にて、又、歩駄仲間からも別途数々の電子飛脚便が遣わされ候事にて、本日、此処に、討入り番外編としての「尾道千光寺/しまなみ討入り大願成就祈願」、更に、前述の”外回り”、”取材”に拠るitemsを次回以降の歩録の『予告編』とさせて戴く次第に候。

尚、マイ歩録掲載迄、当面は、マイ歩録”提携先”である”maruchanchiの写真日記”、”摂津守参上!” にて、『 しまなみ紀行 』を お楽しみ願えれば、幸甚に御座候。

=追伸=
映画「やじきた道中 てれすこ」、此れ、お薦め!
軽妙な江戸言葉が楽しめ、且つ、主演三人は勿論の事、その他の演者も大熱演!
ロケハンも大変じゃったろう。
お早めにどうぞ。

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歩録の事が気になりつつも、”外回り”、”取材”に励む上総
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by kazusanokami | 2007-12-04 20:48 | エピソード