『上総守が行く!』

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2008年 01月 31日

『風景/尾道にて』 

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上から順に、スクロールすると、石段を下っているような気分になるのは、私だけでしょうか。

フォト:2007年11月22日
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by kazusanokami | 2008-01-31 23:55 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(2)
2008年 01月 29日

『風景/尾道、千光寺にて』 

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フォト:2007年11月22日
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by kazusanokami | 2008-01-29 22:25 | jitensha | Comments(3)
2008年 01月 27日

『食材/香港グルメ』

昨年10月31日、フォト付きで掲載した『巴里の自転車事情』以降、ちょいと、諸般の事情で、フォト掲載が出来ませんでしたが、本日、"東雲守"殿のサポートを得て、フォト掲載が可能となりました。

最新のフォトを掲載しようと思いましたが、”血液型A型”にて(関係ない、とも思いますが...)、昨年10月に掲載準備済みであったフォトを掲載しないと、どうも、落ち着き所がよろしくなく、旧聞に属しますが、『食材/香港グルメ』を掲載します。

なお、このブログは、香港在の私の友人たちにもご覧戴きたく、掲載するもの、でも、あります。

香港市街、ヘネシー・ロードをタイムズ・スクエア方面に向かい、その手前の右手のストリート、通りの名は不詳ながら、日本でいうところの、街中の、市場(いちば)、或いは、商店街というようなところに脚を運びました。

働く人のフォトを撮るのが好きな私は、興味深いストリートでもありました。

漬物を漬ける前の準備でしょうか、野菜を”道端”で乾かしている図...。
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魚の干物、香港ではどんな調理の仕方をするんでしょうか...。
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果物...、シトラス...。
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肉屋です...。
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香港の肉屋さんは、外で...。
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海鮮、魚屋です...。
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上海蟹です。
私は上海から香港入りし、上海蟹は、上海に比べ、香港の方が数段に...であることが分かりました。
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野菜です...。
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再び、肉屋さん。
香港のブッチャーさん、格好いいですよね。
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乾物。
魚系、果物系、木の実系、棗系...。
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果物屋さん。
この果物の名は...。 →後段《補遺》、ご参照。
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奥の果物は「龍眼」(ロンエン)でしょうか? 龍眼だとすると、ちょいと、大きいか?→後段《補遺》、ご参照。
手前は「スター・フルーツ」、...。
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朝、九時頃でしたが、香港の庶民は既に”食材”の買い物に...。
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商店街、通り...。
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肉、魚、野菜、果物以外にも...。
並んでいるものって、カメラに収めたい気持ちになるんですよね。
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フォト:2007年10月13日(土)、香港にて。

《補遺(2008年1月29日記載)》

os3nomu3殿の1/29付コメントにて、果物の名が判明しましたので、ここに整理します。

フォト#13の赤い果物:火龍果、ドラゴン・フルーツ。
確かに、そのように見えます。上手く名付けたものですね。

フォト#14の緑の果物:釈迦頭。
その他、ノイナ、ばんれいし、シュガーアップル、カスタードアップルなど、呼び名は多々あるとの由。
釈迦頭とは、これも上手く名付けたものですね。

フォトにはありませんが、龍眼(ロンエン)は、文字通り、龍の眼のような形。
これも上手く名付けたものですね。
直径1.5cmくらいだったでしょうか、真ん丸な実。
1990年代、”藩命”にて、何度も、台湾を訪れたことがありましたが、、枝付きの龍眼を買って、食したこともありました。

Thanks for os3nomu3-dono's kindly advising of my weblog dated January 27, 2008.
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by kazusanokami | 2008-01-27 15:13 | | Comments(3)
2008年 01月 20日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第二部/#5

松戸のネオンを横目に見て、jitenshaを進めました。
最終地点の新葛飾橋のひとつ手前の橋に漸く、到達。
ここは一方通行のため、葛飾橋と葛飾大橋のふたつの橋が架かっています。
普通、自転車専用道は架橋を潜るようになっているのですが、ここでは、道を横断せねばなりません。
信号待ちとなり、休憩も兼ねて、地面に降り立ったところ、どっと疲れが出て来ました。
数個のゼリー・ビーンズとお茶で“エネルギー補給”。
再び、元気が出て来ました。
新葛飾橋まで、もう一息です。

新葛飾橋に到着したのは、午後5時過ぎ。
既に、日はとっぷりと暮れ、気温はかなり下がっていました。
「しまなみ海道の旅」の1週間前に “事前自主鍛錬”で利根川の土手を走った際、水面を渡る風が冷たく、「しまなみ海道の旅」用としてネックウォーマーと指付きグローブを購入。
「しまなみ海道の旅」は天気に恵まれ、それらは全く無用でしたが、今回の「関宿/新葛飾橋ルート」では大いに役立ちました。
荷物になっても、防寒や雨対策は必須と改めて感じました。

寒さの中、新葛飾橋の袂で、鉄橋を渡る電車を待ちました。
車内の明かりが流れるように鉄橋を渡る電車をカメラに収めました。

JR金町駅まで走り、そこでjitenshaを畳み、帰路に着きました。
時計を見ると午後5時20分、本日の走行距離は47.59kmでした。

これにて、関宿から旧江戸川河口の葛西までの”江戸川サイクリングロード”を完走。
前回と今回での総走行距離は93.40km。
大満足の旅でした。

=あとがき=
スタート時間が遅かったことや向かい風、更に、楽しいことながらもグライダー談義やフォト三昧に時間を費やしたことで、文字通り、“日暮れて道遠し“状態となってしまいました。

「ポタリングの鉄則を忘れるな」、即ち、午後に時間の余裕が出来るくらいに、朝、早めに出発することが大事ということが今回の教訓でした。

jitenshaは楽し...。

《江戸川サイクリングロードの旅、完》

=予告編=
次回の“川の旅”は、掲載時期は未定ですが、1月6日と19日の二回に分けて走った、『坂東太郎下流の旅』となるでしょう。
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by kazusanokami | 2008-01-20 09:02 | jitensha | Comments(3)
2008年 01月 19日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第二部/#4

グライダー滑空場を過ぎた辺りから、向かい風の所為か、疲れが出て来た所為か、サイクル・コンピュータを見ると時速は10kmを切っています。
こりゃ、いかんと思い、周りの景色には目もくれず、カメラ三昧は“封印”し、jitenshaに専念、馬力を掛けて走りました。

途中、野田醤油の工場の白壁の建物が見えて来ました。
キッコーマンの名の通り、黒で形取られた亀甲の文様が白壁にくっきりと。
カメラ三昧は封印したつもりでしたので、ここでは“カメラ三昧”ならぬ“カメラ数枚”に留めました。

再び、jitenshaに専念して、漸く“運河”に至りました。

“運河”は、利根川と江戸川を繋いだ、文字通りの運河で、昔、水運が活発であった当時、活躍したものの名残です。
今も利根川まで至っているのかどうかは不詳ですが、いつか、この“運河”沿いをポタリングしてみたいものだと思いました。

と思った瞬間、ヘルメットにリュックと“完全武装”のサイクリング姿の人が運河沿いの道から現れました。
その人の自転車は駕籠付きの電動自転車でした。
颯爽とカーブを切り、土手のサイクリングロードを走り去って行きました。
このような楽しみ方もあるのだと微笑ましく思いました。

運河から注ぐ江戸川の水面に西に傾いた日の光が映え、これをカメラに収めました。

日は傾いて来ましたが、まだまだ、jitenshaを進めねばなりません。
再び、景色には目もくれず、jitenshaに専念。

三郷の道路橋と武蔵野線の鉄橋が見えて来ました。
カメラ三昧は封印ながら、橋は記録に留めておく必要がありますので、二つの橋と真ん中のススキをシンメトリーの形で、数枚、カメラに収めました。

随分、日は落ちました。先を急がねばと、再び、jitenshaに専念。

途中、日は完全に落ちました。
土手から直ぐのところに松戸伊勢丹のネオンが見えます。
もう、ここで終わりとし、松戸駅から電車に乗ろうかとも思いましたが、それでは、江戸川サイクリングロードの完走にはなりません。そのまま、jitenshaを進めました。
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by kazusanokami | 2008-01-19 22:25 | jitensha | Comments(3)
2008年 01月 19日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第二部/#3

『海から59.5km』の標識の地点をスタートするや、出発時間が遅かったことや向かい風であることは、早くも、頭の中から素っ飛び、毎々の如く、 “鼻歌、鼻歌”で走りながらのフォト三昧。

途中、“NPO法人 関宿滑空場”と表示された看板がありました。
河川敷の滑空場には、数機のグライダーと搬送用の車(専門用語は不詳ながら、乗用車で引っ張る牽引型のキャンピング・カーを細長くしたようなもの)がありました。

Jitenshaを止め、土手を下り、しばし、“ヒコーキ野郎”さんと会話。
彼からグライダーに纏わる話をいろいろと伺いました。
“雑学”好きな私としては、興味深い話でしたので、ここに列挙します。
「江戸川と利根川の河川敷に多くの滑空場があります。言わば、江戸川と利根川は“グライダー銀座”です」。
「グライダーと飛行機の定義は異なります。グライダーは翼が長く、飛行機は、セスナで分かる通り、翼が短いのです。グライダーの搭乗者は一人じゃ駄目で、必ず二人」。
「エンジン付きのグライダーもあります。あそこに見えるグライダーはフォルクスワーゲンの1,200㏄の自動車用エンジンを搭載しています。グライダーの総重量は850kg。伊豆大島や仙台あたりまで飛べます」。
「グライダーの季節は冬。冬場は上昇気流があるからです」。
「今日は向かい風。それも左手からの横風まじり。横風は、ジェット機であれ、グライダーであれ、好ましくない風です」。

「グライダーもjitenshaも風という点で共通ですね。楽しい話を有難うございました」と伝え、“ヒコーキ野郎”さんと別れました。

1960年代、『素晴らしきヒコーキ野郎』という映画がありました。
詳しいストーリーは忘れましたが、ライト兄弟の初飛行成功の数年後に開催された、ロンドン/パリ間の飛行機横断レースを描いたドタバタ喜劇だったと記憶します。
今は亡き、石原裕次郎さんも顔を出していました。
折角、今回のポタリングでヒコーキ野郎さんと会話したことでもあり、もう一度、見てみたいと思っています。

播磨歩駄輪具倶楽部で、『素晴らしきjitensha野郎』なる映画が出来るかもしれません。
少なくとも、粗々の脚本でもよいから、書いてみたいものです。

土手の上に戻り、また、暫く、エンジン付きグライダーが飛び立つところや、エンジンなしのグライダーが、小型飛行機に牽引されながら、飛び立つところなどに見惚れました。
勿論、駐機しているグライダーやトレーラー、グライダーの飛び立つ姿などをカメラに収めたことは申すまでもありません。

楽しいことながら、関宿滑空場で随分、時間を費やしてしまいました。
先を急がねばと、再び、土手のサイクリングロードを走り始めました。

(つづく)
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by kazusanokami | 2008-01-19 22:08 | jitensha | Comments(1)
2008年 01月 18日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第二部/#2

関宿でバスから降り立ち、バス停前でjitenshaを組み立て始めました。

「自転車を携えて、バスから降りて来られましたが、これから何処へ?」とロードレーサーに乗った同好の士から声を掛けられました。
「先週は、新葛飾橋から江戸川サイクリングロードを河口まで走りましたので、今日は関宿から新葛飾橋まで走ろうと思っています」。
「私は、先程、河口からここまで走って来ました。これから、再び、河口方面へ向います。来るときは、楽でした」。
「楽、と言いますと?」。
「追い風でしたので...」。
「ということは、川下に向かって走るとなれば、向かい風ですか...。こりゃ、大変ですが、頑張って走ります」。

私がjitenshaを組み立てているところを、また、別の人にも見られていたようで、背中の方から声を掛けられました。「以外と簡単に組み立てられるんですね」と。
後輪のストッパーは、本来、自動的にカチッと掛かるものが、何故か、この日は自動的に掛からず、ブラブラ状態でしたが、前輪とハンドルは組み立て済みで、見た目には組み立て完了状態。
後輪のストッパーを二、三度、動かしながらの四苦八苦の状態でしたが、急に背中から声を掛けられたものですから、しどろもどろに、「簡単なんです」と反応してしまいました。

後輪のストッパーも、無事、掛かり、readyの状態となりました。
丁度、正午を知らせる音楽が、町の拡声器から流れて来ました。

『海から○○km』の標識は59.5km。

12月2日に走った新葛西橋から河口までは約20kmでしたので、残りは約40km。
拙宅を出発するときの、当初の目論見通り、日暮れまでには、新葛西橋に着くだろうとの計算の下、関宿をスタートしました。

同好の士のアドバイス通り、向かい風でしたが、姿勢を屈めて風をかわさねばならないという程の向かい風ではありませんでした。

しかし、スタート時間が遅かったこと、そして、向かい風を安直に考えたこと、この二つが、後々、苦労の種となりました。

(つづく)
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by kazusanokami | 2008-01-18 22:37 | jitensha | Comments(1)
2008年 01月 17日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第二部/#1

《 第二部、関宿~新葛飾橋ルートの旅 》

江戸川サイクリングロードを完走すべく、12月2日の『江戸川サイクリングロード、新葛飾橋~葛西ルートの旅』に続き、12月8日、残りの、関宿から新葛飾橋に至る旅に出掛けました。

関宿は、利根川と江戸川の分起点。

♪♪旅空夜空でいまさら知った 女の胸の底の底 ここは関宿 大利根川へ 人に隠して流す花 だってヨー あの娘川下 潮来笠♪♪

橋幸夫が唄う『潮来笠』の第三番に出てくる、あの“関宿”です。

或る時、義兄姉 “讃岐守”夫妻来訪の際、関宿に案内しました。
讃岐守殿曰く「ここは、橋幸夫の『潮来笠』に出て来る関宿ですね」と。
私は、長らく、頭の中で“関宿”を“セキジュク”と読んでいました。
“セキジュク”では重箱読みながら、新宿=シンジュクが頭の中にあり、“セキジュク”と読み違えしていたようです。
また、これまでに何度か、関宿に行ったことがあるのですが、『潮来笠』の第三番に出て来る関宿とこの関宿が一致していませんでした。
このように長年に亘って、分かっていなかったことって、誰しもあることではないでしょうか。
後日、讃岐守殿から『潮来笠』の唄が入ったカセットテープ(昔はカセットテープだったんです)が送られて来ました。
『潮来笠』の関宿と分かって以来、それまで以上に、この地に親しみが湧きました。
讃岐守殿に感謝、感謝でした。

因みに、この関宿には、城を模った博物館があり、江戸時代の治水の工法などが詳しく展示されています。

話を元に戻します。

関宿には、いつも、自家用車で行っていますが、今回はポタリング。
拙宅から関宿までjitenshaで行くには、かなりの距離があるので、JRと東武野田線を乗り継いで、川間駅で下車。そこから関宿まではバスを利用しました。

川間発関宿行きのバスの本数は少なく、朝7時過ぎに拙宅を出発せねばなりません。
早起きをしたのはよいのですが、私の趣味のひとつであるクラシック音楽のDVD、ベルリオーズの『幻想交響曲』を観ていたところ、出発時間のことをすっかり忘れて、見入ってしまい、予定していた川間発のバスの時刻に間に合わないこととなってしまいました。

因みに、この『幻想交響曲』は、指揮はジョン・エリオット・ガーディナー、楽団はオルケストル・レヴォルーショネル・エ・ロマンティークによる古楽器を使った演奏のもの。
『幻想交響曲』の同曲異演のCDは多々、コレクションにありますが、ベルリオーズの時代に則した古楽器を使った、このDVD(CDもあり)の演奏は、私のは最も気に入ったもののひとつなのです。
殊に、古楽器のイングリッシュ・ホルン、オフィクレード、セルバンなどは、形からして面白い楽器です。
イングリッシュ・ホルンは「くの字」のように折れ曲がっています。
オフィクレードは、今ではチューバで代用されていますが、ピストンではなく、木管楽器のようなキーになっています。
また、セルバンは「S字」で、蛇のような形をしています。
CDでは、どのような形の楽器かは分かりませんでしたが、DVDではしっかりとその形が確認出来、音楽ばかりでなく、古楽器の形そのものも楽しめるDVDは優れものだなと思う次第です。

歌謡曲であれ、クラシックであれ、音楽の話題となると、ついつい、力が入ってしまい、またまた、話が反れてしまいました。話を元を戻します。

インターネットで川間発のバスの時間を調べたところ、11時過ぎ発のバスがありました。
川間から関宿までの所用時間は約30分ですので、関宿着は12時前。関宿を12時にスタートしても、夕暮れまでには“新葛飾橋”に着くという計算の下、このバスに乗るべく、拙宅を出発しました。

(つづく)
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by kazusanokami | 2008-01-17 21:07 | jitensha | Comments(3)
2008年 01月 17日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第一部/#3

午後1時半、葛飾柴又、矢切の渡し辺りの「海から17.25km」の標識の地点を出発。

江戸川の河川敷には野球場が多々あり、それらの野球場では、草野球の熱戦、真っ最中。
プレーを横目で眺めながら、そして、時々、jitenshaを止め、景色や、北総線の鉄道橋を皮切りに、次々と現れる鉄道橋や道路橋のフォトを撮りながら、土手のサイクリングロードを走りました。
ポタリングの極意、“鼻歌、鼻歌”で...。

途中からサイクリングロードは、旧江戸川沿いに。
旧江戸川沿いには、“船舶暫定係留所”が幾つかあり、プレジャー・ボートが整然と係留されていました。
周りの景色、建物を除けば、昔、訪れたことのある、ノルウェーのオスロやベルゲンの港のようでもありました。

更に、川沿いには、多くの船宿があり、屋形船が係留されていました。
屋形船での小宴も、また、一興かなと思いつつ、カメラに収めました。
屋形船ばかりではなく、船宿の看板やマイクロバスなども、カメラに収めました。
カメラを携えていると、キョロキョロと被写体を探し、琴線に触れるものは“何でも撮る状態”になってしまいます。カメラは本当に楽しいものです。

カメラ三昧なので、jitenshaを走らせているのか、フォトを撮りながら休憩しているのか分からない状態。これは、毎度のことですが...。
当初の3時半頃には河口着は何処へやら。まだ、まだ、走らねばなりませんでした。

既に、右手の西の方に真っ赤な夕日が。
前方には、何やら、山のようなものが。
そこから、右に目をやると、ディズニーランドの、あの “シンデレラ城”が。
ディズニー・リゾート通でない私は、あの山は何という名前かな?と思いつつ、走りました。

後日、ディズニー・シーのアトラクション、モネ船長によって明かされる地底世界“センター・オブ・ジ・アース”の火山ということが分かりました。
数年前、尾張のチャリ小僧くんがプレゼントしてくれたチケットで、kazusayomeと一緒にディズニー・シーへ行ったことがありますが、この“センター・オブ・ジ・アース”は未体験ながら、モネ船長の“海底二万哩”を楽しんだことが思い出されました。

左手、旧江戸川の対岸にディズニーランドの姿が、そして、真正面には京葉線の架橋が見えてきました。
架橋の向こうに、真っ赤な夕日が沈もうとしています。
Jitenshaを止め、“夕日に向かって走れ”のフォトを一枚、否、数枚。

“夕日に向かって走れ”の言葉は、ロバート・レッドフォード主演の映画の題名の“パクリ”です。この映画は1969年の作品。当時、彼は30歳を少し越えた頃。筆者は学生の頃。あの頃は、低料金の“名画座”で映画三昧でした。

さて、早く走らないと、夕日が沈んでしまいます。
ここは、“鼻歌、鼻歌”ではなく、韋駄天ならぬ、韋“歩駄”天で、文字通り、夕日に向かって走りました。
(注)我々、 jitensha仲間の間では、漢字当て字遊び、造語遊びの中で、ポタリングは“歩駄輪具”と称しており、これを略して“歩駄”と申しております。よって、韋駄天ではなく、『韋“歩駄”天』なのです)

河口の海辺に到着。
そこからの眺めは、言うまでもなく、見事なもの。
西に沈み行く、真っ赤な大円の夕日をカメラに収めました。
何枚くらい撮ったのかは、数えていませんが、遠近、いろいろフォト三昧。
このような夕日に巡り合えたことに感謝、感謝、大満足でした。

時刻は五時前。
「葛西海浜公園にお越しのお客様、そろそろ閉園の時間です...」とのアナウンス。
石畳の海岸沿いを駅の方面へjitenshaを進めていると、またまた、アナウンス。
「西の方へ歩いて行かれているカップルの方、閉園ですので、お戻り下さい」と。
何処から見ているのだろうか?監視カメラでもあるのだろうか?と思いながら、このアナウンスに、思わず、笑ってしまいました(一人笑いは気持ち悪いですが...)。

葛西臨海公園水族園の、光に映えるガラス・ドームや、無数の色や模様に変化する大観覧車などをカメラに収めながら、葛西臨海公園駅に到着。

駅をバックに、ベデワンのフォトを数枚。
今日もjitensha三昧、カメラ三昧。
本日の走行距離は、川沿い+アルファで、41.81kmでした。

第一部、新葛飾橋~葛西ルートの旅、《完》

(第二部、関宿~新葛飾橋ルートの旅に続く)
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by kazusanokami | 2008-01-17 06:51 | jitensha | Comments(1)
2008年 01月 16日

『江戸川サイクリングロードの旅』 第一部/#2

“とらや”さんを後にして、帝釈天の駐輪場に戻ったところ、私と同じ、BD-1に乗った同好の士に遭遇しました。
彼のBD-1には、“コロ付き荷台”が取り付けられていました。
“コロ付き荷台”は、「しまなみ海道の旅」の際に、これがあったら、搬送が楽かもしれないなと思ったことがあったものです。

暫し、同好の士と会話。
「こんにちは。ちょっと、お聞きしますが、“コロ”は便利ですか」。
「結論から言いますと、バツです。BD-1は、折り畳んだとき、自立出来るようになっていますので、コロを付けたことにより、バランスが悪くなり、何処かに立て掛けていないと倒れるのです。折畳自転車は、やはり、“担ぎ”に限りますね」。
「 失礼ながら、“コロ付き荷台”は如何ほど掛かりましたか」。
「工賃を除けば、1万円くらいだったと思います」。
「よいアドバイスを頂戴しました。お奨めの通り、当分、“担ぎ”で頑張ることにします」。

「今日は何処から来られましたか」と同好の士。
「abkから水戸街道を通って、柴又へ。Abkへ戻るか、更に江戸川沿いを下るか思案中です。先週は尾道から今治までしまなみ海道を走ったので、今日も、もっともっと、走りたい気分なんですが...」。
「ほうー、しまなみ海道とは、遠方まで。何キロくらいでしたか」。
「約120キロ、走りました」。

更に、同好の士、曰く、「今日、私はkwskから来ました。これから、水元公園に行くつもりです」と。
「水元公園は良いところです。園内を自転車で走るもよし。メタセコイアがたくさんあり、その林を眺めるもよしです」。

では、お互い、気を付けてということで、別れました。

帝釈天の裏手にある “葛飾帝釈天 寅さん記念館”の傍を通ったところ、寅さん記念館の盛り土が施されたところにある三本の木が、見事に紅葉。
“三”に拘る私は、これをカメラに収めました。

再び、江戸川の土手の方面へ。
河川敷に下り、「矢切の渡し」をカメラに収め、さて、どうするかと思案。
ちょうど、そこに、ボランタリーのガイドらしき人が居られたので、暫し、会話。
「江戸川沿いを自転車で下ると、最寄の駅は何処になるでしょうか」。
「一番近いのは京成線。次に、総武線、東西線、京葉線となります。河口が葛西です」。
「京葉線は葛西臨海公園駅ですね」。
「そうです。折角、ここまでいらしたなら、是非、江戸川の河口まで走られるとよいでしょう」。
素直(?)な私は、河口まで走ることにしました。
先程、取水塔の近くで見た、川沿いに設けられた「海から○km」の標識は、17.25km。
今、午後1時半。それなら、3時半頃までには、悠々、河口に着くなと思い、出発。

(つづく)
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by kazusanokami | 2008-01-16 20:41 | jitensha | Comments(3)