『上総守が行く!』

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2009年 07月 31日

『都内ビル日陰ポタ/東京カテドラル』 mp-7

不忍通りから目白通りへ。
「和」の護国寺から「洋」の東京カテドラルへ。

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フォト2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-31 21:17 | 都内ポタリング | Comments(2)
2009年 07月 30日

『都内ビル日陰ポタ/護国寺』 mp-6

慈眼寺をあとにして、白山通り、不忍通りを走り、護国寺へ。

不忍通り/信号待ちでの同好の士。
夏の日差しがくっきりと陰を作っています。
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護国寺。
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護国寺での小生、お気に入りの眺めは、本堂の回廊裏手からの眺望。
観音像と池袋の高層ビルが今昔の構図を形作った眺望です。
今回もこの眺めを楽しみに同寺を訪れましたが、生憎、本堂と観音像との間にプレハブの工事事務所が設けられており、本堂の回廊裏手から今昔の構図を眺めることが出来ませんでした。
本堂回廊を下りての観音像の図。
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暑さのせいでしょうか、水を見ると近寄りたくなります。
水盆の水に映った夏の青空。
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境内は、昼下がりの、ビルの谷間の静寂...。
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フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-30 20:36 | 都内ポタリング | Comments(4)
2009年 07月 29日

『都内ビル日陰ポタ/慈眼寺』 mp-5

染井霊園脇を走り、慈眼寺(じげんじ)に到着しました。
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慈眼寺の墓地の入り口の案内書きには、当寺に墓のある著名な人物のあらましが書かれていました。
先ほど、染井霊園の案内板で見た谷崎潤一郎については書かれていませんでしたが、新たに斉藤鶴磯なる人物の名が出て来ました。
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墓地内を暫く歩くと、芥川龍之介の墓の場所を矢印で示す札が立てられていました。
芥川龍之介の墓前で合掌。
芥川比呂志、也寸志の名も墓誌に刻まれていました。合掌。

更に奥へ歩くと司馬江漢や斉藤鶴磯の墓の場所を示す札も立てられていました。

さて、小林平八郎の墓は?と思うも、その場所を示す札は見当たりません。
墓地内をぐるっと回り、墓に刻まれた名前をひとつずつ見ていきました。
墓を示す立て札はありませんでしたが、谷崎潤一郎の墓を見つけました。合掌。

しかし、幾ら探しても、小林平八郎の墓は見当たりません。
寺に向かい、受付の人に尋ねたところ、「司馬江漢の右隣」と教えて貰えました。

再び、墓地へ。
ありました!! 先ほど、墓地内は"予習"済みでしたので、当然ですが...。
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「小林平八郎平央通霊廟」と刻まれていました。合掌。

「央通(ひさみち)」は、吉良上野介義央が「義央(よしひさ)」の一文字を取り、小林平八郎に与えた名と言われており、これは理解出来ますが、「央通」の前の「平」と読み取れ文字の意味がよく分かりません。

暑さのため、この「平」と思われる文字の意味するところを推測する集中力もなく、また、いつもは墓の側面や背面の文字を書き取ったりしますが、その気力もありませんでした。

今回は墓の場所が分かっただけでも有難いこと、この「平」は後日の“宿題”とし、慈眼寺を後にしました。

小林平八郎については、既に訪ねた吉良家菩提寺/華蔵寺(愛知県幡豆郡吉良町)、清水一学の墓/円融寺(同)、吉良家江戸菩提寺/功運寺(東京都中野区上高田)、吉良義周の墓/法華寺(長野県諏訪市)や何度も訪れた本所松坂町吉良邸跡(東京都墨田区両国)などと共に「赤穂浪士討ち入り凱旋の旅/番外編/吉良家ゆかりの地を訪ねて」の中で何れ綴ってみたいと思っています。

フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-29 20:45 | 都内ポタリング | Comments(6)
2009年 07月 28日

『都内ビル日陰ポタ/染井霊園とその周辺』 mp-4

先日、趣味の忠臣蔵の一環として2006年に訪れた「吉良家ゆかりの地、訪問記」を整理していたところ、清水一学と共に赤穂浪士の討ち入りを迎え撃った吉良家家老小林平八郎の墓が巣鴨の慈眼寺(じげんじ)にあるとの走り書きのメモがあったので、同寺を訪れてみることにしました。

旧古河庭園から西へ迷路のような住宅街を走り抜けると上手い具合に白山通り沿いの巣鴨の商店街に出ることが出来ました。
交番で慈眼寺の場所を尋ね、「白山通りを滝野川方面に少し走ると豊島市場があります。そこを右手に入ると染井霊園があります。慈眼寺はその近くです」と教えて貰えました。

教えられた通りに走り、迷うことなく、染井霊園に至りました。
染井霊園は広い墓地で、垣根に墓地の区画地番(地番と言ってよいのか?)を記した案内板が掲げられていました。
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案内板には、墓地の周辺の寺院やこれらの寺院に墓がある著名な人物などの名も記されていました。
一部、小生の知らない人物の名もあり、帰宅後、調べてみました。

案内板に記された寺院と著名な人物の名および小生の調べは次の通りです(写真、左上から逆時計回りの順で)。

・専修院/伊藤伊兵衛屋敷跡
伊藤伊兵衛は江戸時代にこの地で代々園芸を営んでいた植木屋で、園芸に関する著書を数多く残しているとのこと。

・蓮華寺/夏目成美(せいび)
夏目成美は江戸時代の富裕な札差で、俳人でもあり、一茶の庇護者でもあったとのこと。

・勝林寺/田沼意次

・慈眼寺/芥川龍之介、芥川比呂志、芥川也寸志、谷崎潤一郎、小林平八郎、司馬江漢

・本妙寺/遠山金四郎、千葉周作、本因坊歴代、天野宗歩、森山多吉郎、明暦の大火供養塔(振袖火事)
天野宗歩(そうほ)は江戸時代末期に活躍した将棋指しとのこと。
森山多吉郎はアメリカ人マクドナルドから直接英語を学んだ日本最初の通詞で、ペリー来航のときに通詞を務めたとのこと。
明暦の大火(振袖家事)は、明暦3年(1657年)、当時の江戸の大半を焼失するに至った大火災。
振袖火事と呼ばれる所以については、ここでは割愛します。

小林平八郎のみならず、それを切っ掛けに、著名な人物の墓所やその人物について知る機会を得たことは、"歴史徘徊病"の小生にとって嬉しい遭遇、発見でした。

因みに、染井霊園の一画は水戸徳川家の墓所になっているとのこと。

染井霊園脇を走り、本来の目的地、慈眼寺へ向かいました。

フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-28 20:44 | 都内ポタリング | Comments(2)
2009年 07月 27日

『虹』

手振れではありません。
二重に架かった虹です。
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Photo by Kazusa-yome on 27th July, 2009
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by kazusanokami | 2009-07-27 21:22 | 風景 | Comments(4)
2009年 07月 26日

『都内ビル日陰ポタ/旧古河庭園』 mp-3

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六義園から本郷通りを走り、旧古河庭園へ。
以前、訪れたときは、バラの季節でしたが、バラの季節は終わっていました。

洋館と庭園の設計者は、明治から大正にかけて、鹿鳴館やニコライ堂などを手掛け、日本の建築界の発展に多大な貢献をした英国人建築家のジョサイア・コンドルです。

旧古河庭園にいる間だけ、日が翳っていました。
英国の変わりやすい天気を表現してくれたのでしょうか...。

フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-26 18:53 | 都内ポタリング | Comments(2)
2009年 07月 26日

『都内ビル日陰ポタ/六義園』 mp-2

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日暮里駅から西日暮里、田端、駒込と山手線沿いに走り、六義園へ。
六義園は、徳川五代目将軍綱吉の側用人、柳沢吉保の下屋敷に設えられた庭園。
忠臣蔵、赤穂浪士を趣味とする小生、浅野内匠守の刃傷事件での処断に関わった柳沢吉保も調べ事の対象のひとつにかとも思うも、どうも、その気にならないのは判官贔屓のせいかもしれません。

庭園は、以前、見たことがあるのでパス。
駐輪場が面白い設えとなっていたので、カメラに収めました。

小生が写真を撮ったあと、立派なカメラを携えた御仁が竹垣の四角い"窓"から中を覗いていました。
「この人、何にカメラを向けていたんだろう」と思うことは、小生にも時々あります...。

フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-26 18:52 | 都内ポタリング | Comments(4)
2009年 07月 26日

『都内ビル日陰ポタ/日暮里駅前』 mp-1

昨夏、猛暑を避けてのポタとして「都内ビル日陰ポタ」を編み出しました。
今夏も、都内ビル日陰ポタに出掛けました。

日暮里駅。
輪行の際、よく利用する駅です。
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駄菓子問屋の集まった一角があった日暮里駅前は、随分、変わりました。
日暮里・舎人(とねり)ライナー、「ステーションガーデンタワー」などが建設され、再開発。
駅前にある銅像は、騎馬姿の太田道灌です。

フォト:2009年7月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2009-07-26 09:52 | 都内ポタリング | Comments(0)
2009年 07月 22日

『46年ぶり』

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フォト:2007年7月22日、読売新聞夕刊、NHK総合テレビジョン
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by kazusanokami | 2009-07-22 20:41 | エピソード | Comments(5)
2009年 07月 21日

『海の日』

7月20日は「海の日」。
太平洋を眺めて来ました。
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フォト:2009年7月20日、大洗にて。
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by kazusanokami | 2009-07-21 20:37 | 風景 | Comments(4)