『上総守が行く!』

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2011年 01月 28日

『 Intermission 』

「修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて」の連載中ながら、国内行脚のため、歩録の更新は、暫く、休みと致します。

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フォト:2010年12月15日、東京メトロ/三越前駅、地下コンコース「熈代勝覧」絵巻より
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by kazusanokami | 2011-01-28 05:58 | エピソード | Comments(0)
2011年 01月 27日

『修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて』 sh-5

幽霊坂を下り、再び、桜田通りに出る。
通り沿いに古い家が一軒、見える。
銅張りか、否、鉄張りである。
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桜田通りから蛇坂を上る。
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蛇坂を上り切ると、次は潮見坂を下る。
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再び、桜田通りを走り、イタリア大使館に向う。
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ここら辺りで、修禅寺殿は、大給守の愛馬、bd-1capreoに試乗する。
大給守殿は、修禅寺殿が娘御から借用した愛馬、Roverに。
「娘御の自転車ながらRover(老婆)とはこれ如何に」と阿呆なことを考える上総であった。

イタリア大使館。
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イタリア大使館は、赤穂浪士お預け四家のひとつ、旧松平邸でもある。
旧細川邸に続き、旧松平邸も、昨年12月の「赤穂浪士討入凱旋の旅」+「お預け四家の旅」から、一ヶ月余での再訪であった。

イタリア大使館から表通りに出る。
綱の手引き坂。
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この標識の「渡辺綱(わたなべのつな」の名を見て思い出したことがある。
余談ながら、それについて少し綴ってみたい。
姓は地名を由来とするものが多い。
渡辺綱の「渡辺」は摂津国西成郡渡辺(現・大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺)に由来し、現在、日本人の苗字ランキング第5位と言われる渡辺姓の祖となったと聞いたことがある。
大阪市の住所表示は、大阪市○○区○○町○丁目○番○号である。
渡辺綱の姓の由来となった渡辺は表示変更となっているので、本来なら「久太郎町四丁目○番○号」となるのだが、四丁目の後に「渡辺」が入っているのである。
これは住所表示の変更前まではこの地が「渡辺町」で、渡辺の名が残っていたことでもあり、渡辺姓の末裔で作る全国渡辺会が「渡辺」の地名を残すよう切望し、前述の住所表示の通り、変則的な形で「渡辺」が地名に取り入れられたとのことである。

余談はこのくらいにして、都内ポタリングの話に戻ろう。

左手に、日本近代建築の父、ジョサイア・コンドル設計の綱町三井倶楽部を、続いて、オーストラリア大使館を眺めながら、日向坂を下る。

日向坂。
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日向坂を下り、仙台坂の入り口に差し掛かったとき、修禅寺殿のRoverに乗る大給守殿が自転車店を見つける。
Roverのエア注入のため、立ち寄る。
エアの注入を終えた後、「チェーンに油を注したいのですが」と大給守殿が店員さんに語り掛ける。
店員さん自ら、Roverのチェーンに注油を施す。
上総は店内にある自転車とjitenshaを眺める。
jitenshaはCannondaleである。
大給守殿、修禅寺殿、そして、店員さんも加わって、しばし、jitensha談義。

仙台坂を上る。
「あの店は親切な店ですね。油を貸して貰えば、自分でやるのに、わざわざ注油してくれるなんて。修禅寺殿が新馬調達の後は、あの店をホーム・ドクターにするのがよいかも、ですね」と上総。
「いやいや、注油代として200円、払ったんですよ」と大給守殿。

仙台坂は結構、長い。
昨年12月の「赤穂浪士討入凱旋の旅」+「お預け四家の旅」で六本木/旧毛利邸に向う際もここを上った。
そのときは、子供を乗せた外人さん夫婦のママチャリ2台(うち1台は電動)に追い越された。
坂の頂上まで、残り10m足らずの距離がきつい坂なのである。
前回もそうだったが、今回も「押し」にチェンジの思いが頭を過ぎる。
しかし、それは不名誉。
来る3月に挙行を企画中の「箱根越え/NOVOLTA大作戦」を思うと、「押し」にチェンジすることは出来ない。
上り切る。
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後続の修禅寺殿と大給守殿も、勿論、上り切る。
修禅寺殿のbd-1試乗には持って来いの上り坂であったろう。
大給守殿は、エア注入とチェーン注油を施したとは申せ、Roverでの登坂、持ち前の脚力発揮であったろう(お疲れ様)。

南部坂に入り、有栖川記念公園に向う。

フォト:2011年1月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-01-27 22:45 | 都内ポタリング | Comments(2)
2011年 01月 27日

『修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて』 sh-4

泉岳寺をあとにして、伊皿子坂を上る。
伊皿子坂を上り切ると、魚藍坂の下りとなるが、魚藍坂を下らず、手前の信号を右に入り、幽霊坂に向う。

幽霊坂に向う途中に公園があった。
「あの公園は三田台公園です」と修禅寺殿。
梅の花が垣間見える。
鳥もいそう。
三田台公園にちょっと立ち寄ってみる。
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この三田台公園は華頂宮(かちょうのみや)邸の旧庭園とのこと。

園内には柿ノ木が二本。
その一本には、まだ、実が数多く残っている。
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ツグミであろうか、ヒヨドリであろうか、多くの鳥が群れている。
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白梅が咲いている。
枝垂れ白梅だ。
紅梅も咲いている。
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泉岳寺の白梅に続き、紅白の梅の花を愛でる。

帰り際、門扉跡で郵便受を見つけた。
華頂宮邸の名残りであろうか...。
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三田台公園から幽霊坂を下る。
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フォト:2011年1月25日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-01-27 06:46 | 都内ポタリング | Comments(2)
2011年 01月 26日

『修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて』 sh-3

次は「上総の十八番」、赤穂浪士ゆかりの地である。
承教寺周辺から二本榎通りを走り、赤穂浪士お預け四家のひとつ、旧細川邸跡へ。

旧細川邸跡。
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昨年12月18日の「赤穂浪士討入凱旋の旅」+「お預け四家の旅」から、一ヶ月余での再訪である。

いつもは、泉岳寺から高輪高校横の細道を抜け、細い急坂を上り、旧細川邸跡に向うのだが、今回はその逆で、細い急坂を下り、細道を抜け、泉岳寺へ。
今回のポタは、都内の坂道巡りもその一環だが、この細い急坂の名は知らない。

泉岳寺。
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昨年12月18日の「赤穂浪士討入凱旋の旅」+「お預け四家の旅」から、一ヶ月余での再訪である。

浅野内匠頭の命日である3月14日の頃、そして、討ち入りの12月14日の頃は、参拝客、観光客で大いに賑わう境内も、この日は人影もまばらで、静か。
人出の多いときには撮ることの叶わぬ、"地べた写真"を撮る。
梅を愛で、大石内蔵助像を見上げる。

次にここを訪れるのは、浪士たちの命日である2月4日の頃であろうかと思いながら、泉岳寺をあとにし、伊皿子坂を上る。

フォト:2011年1月23日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-01-26 23:58 | 都内ポタリング | Comments(0)
2011年 01月 25日

『修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて』 sh-2

船の形をした高輪消防署二本榎出張所を眺めながら、「この近くの寺に、江戸時代の画家の墓がありましたね。ええっと、画家の名は...。島流しにあった人です。ええっと、寺の名は...」と上総。
「英一蝶ですね。承教寺ですね」と修禅寺殿。

承教寺に向かう。

承教寺/英一蝶(はなぶさいっちょう)の墓。
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昨年5月、伊豆大島をポタの前後に、何か調べ事をしていて、島に流された人の話が幾つか目に入り、その中に英一蝶の名もあり、この寺、この墓を訪れたことがあった。
今一度、説明書きを読むと、「将軍綱吉を風刺したとして、三宅島に配流となった」とある。
流罪の中で描いた絵は「島一蝶」と呼ばれることもある。
墓石に刻まれた「北窓翁(ほくそうおう)」は、晩年に改めた雅号である。
忠臣蔵、赤穂浪士を趣味とする筆者にとり、将軍綱吉と関わりのあるこの画家に惹かれるものがある。

承教寺の門前で「旧東海道」、「高縄手」、「二本榎」などのおさらいをする。
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前回、訪れたときもそうだったが、門前の左右に置かれた、二体の石像につき、またまた、疑問が湧く。
これは狛犬かな? 否、寺だから、狛犬ではなかろう。顔つきからして、虎かな? ならば、何故、寺の門前に虎なのかな...。
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帰宅後、グーグルで「承教寺 石像」と打ち込み、検索したところ、答えがあった。

承教寺から二本榎通りを横切り、向かいの路地に入る。
「ここが仲谷昇の実家です」と修禅寺殿。
「高橋英樹邸といい、仲谷昇の実家といい、何でもよく御存知で」と大給守殿。
「芸能人ゆかりの地ポタですね。こういうのって、好きですね」と上総。
更に、修禅寺殿の案内で、皇室ゆかりの地へ。

「正親町天皇皇孫 興意親王墓」。
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「この、ちょっとした区画だけが宮内庁管轄です」と修禅寺殿。
斯様なところに皇室ゆかりの地があるのかと、ロイヤル・ファミリー・ファンの筆者は思うのであった。

次は、「上総の十八番」、赤穂浪士ゆかりの地である。

フォト:2011年1月23日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-01-25 06:32 | 都内ポタリング | Comments(2)
2011年 01月 25日

『修禅寺殿、初陣!都内ポタ/坂道と歴史を訪ねて』 sh-1

1月23日、大給守殿、修禅寺殿と共に、都内の坂道と歴史を巡った。

今回のポタは、指南書「坂と歴史とおしゃれな街へ」を参考に、大給守殿が企画なされたもの。

行程は「JR五反田駅ー清泉女子大/旧島津邸ー泉岳寺ー細川邸跡ー伊皿子坂ー幽霊坂ー蛇坂ー潮見坂ーイタリア大使館・松平邸跡ー日向坂ー仙台坂ー南部坂/有栖川公園ー広尾/ナショナル麻布スーパーマーケットーフランス大使館横ー亀屋橋ー三光坂ープラチナ通りー恵比寿ガーデンプレイスーJR目黒駅ーJR五反田駅」。

企画書の中に「目的」もしっかりと記されていた。

その目的とは、「島津邸や、赤穂浪士に縁の深い、泉岳寺をはじめ、討ち入り後の浪士が預けられた藩の江戸屋敷跡を巡りながらの歴史探訪と、白金、広尾、周辺の大使館を巡るポタ」に加え、「修禅寺殿のポタ、仮デビュー戦とし、BD-1の試乗と、今後のポタのイメージ作りポタ」とある。

修禅寺殿は、大給殿の朋輩にて、品川区に住まいなさる御仁。
我らのjitensha伝道師活動に共感され、新馬を購われることを決心。
購入前に、娘御の自転車を駆って、修禅寺殿の地元近くをポタ、修禅寺殿の初陣!と相成った次第。
娘御の自転車なので、大給守殿は「初陣」ではなく「仮デビュー」と記されているが、新馬調達の暁には、再度、「初陣!」で綴ってみたく...。

今日のjitensha。
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清泉女子大/閉じられた正門。
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大給殿の企画書を受け取った際、筆者の記憶として、日曜日は構内には入れないはずであったので、行程の「清泉女子大/旧島津邸」が気になる点であった。
大学に確認の糸電話を入れてみたところ、次の通りであった。

<上総>
一昨年、夏、「ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」の一環として、そちらの大学を訪れたことがありました。
そのときは、本館は改装工事中で見ることが出来ませんでした。
既に改装工事は終えられていることでもあり、この23日(日)に見学させて戴こうと思っておりますが、可能でしょうか。
<大学>
日曜祝日は一般の方々は構内に入れませんので、見学は出来ません。
平日9:00~17:00、土曜日9:00~13:00は、外観だけですが、見学可能です。
なお、2月3~5日は入学試験のため、一般の方々は構内には入れません。
4月から本館内部の見学会を予定しております。
詳しくはホームページのトップ、旧島津邸の項でご案内することになります。
是非、ご見学戴きたく。
<上総>
様子は分かりました。
また、改めての日取りで本館を見学させて戴きたく。

ということであったが、旧島津邸を正門から垣間見るだけでも、ということで訪れたのであった。
4月からの本館内部の見学が愉しみである。

次は桜田通りに出て、明治学院大学方面へ。
「住宅街を通り抜けて、桜田通りに出ましょう」と修禅寺殿。
「ここが俳優の高橋英樹邸」と修禅寺殿。
流石、ジモチーである修禅寺殿、この界隈をよく御存知である。
地図を眺めながら走るのも楽しいし、道に詳しい人がいると、道を間違ったかなどと要らぬ心配をする必要もなく、更に楽しい。

明治学院大学。
以前、筆者は桜田通りを挟んで、教会などの建物を眺めたことはあるが、近くへ行ったことはなかった。
校門の入り口に、2013年で開校150周年とあり、開校当時の写真が掲げられている。
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この大学は歴史的建造物も多く、構内に向おうとしたところ、守衛さん曰く、「自転車では入れません!自転車置き場はありません!」と。
筆者の経験からすると、大学の守衛さんは、大体、親切な物の言い方ながら、ここはそうではない。
「自転車置き場のない学校ってあるかな?」、「気ぃ、悪いんで、中に入るのは止めましょう」と、船の形をした高輪消防署二本榎出張所に向う。

高輪消防署二本榎出張所。
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「この近くの寺に、江戸時代の画家の墓がありましたね。ええっと、画家の名は...。島流しにあった人です。ええっと、寺の名は...」と上総。
「英一蝶ですね。承教寺ですね」と修禅寺殿。

承教寺に向かう。

フォト:2011年1月23日

(つづく)
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by kazusanokami | 2011-01-25 05:39 | 都内ポタリング | Comments(2)
2011年 01月 23日

『風景/うろこの広場』

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フォト:2011年1月23日、「都内ポタ/坂と歴史を尋ねて」にて
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by kazusanokami | 2011-01-23 23:57 | 風景 | Comments(0)
2011年 01月 23日

『風景/冬のオープン・カフェ』

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フォト:2011年1月23日「都内ポタ/坂と歴史を尋ねて」にて
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by kazusanokami | 2011-01-23 23:55 | 風景 | Comments(0)
2011年 01月 23日

『風景/緑のボックス』

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フォト:2011年1月23日、「都内ポタ/坂と歴史を尋ねて」にて
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by kazusanokami | 2011-01-23 23:53 | 風景 | Comments(0)
2011年 01月 23日

『風景/機関車の見える駅』

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フォト:2011年1月21日
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by kazusanokami | 2011-01-23 23:52 | 風景 | Comments(0)