『上総守が行く!』

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2012年 03月 31日

『上総の昼餉散歩/大給守殿コラボの巻』

3月31日(土)朝、ケータイ電子飛脚便の着信音が鳴った。
盟友、大給守殿からの電子飛脚便であった。
「 おはよう御座ります。先日、昼時に大手町におりました故、東御苑に足を延ばしました。大手門から入り、梅林坂を下り、平川門を抜け、北桔橋門から入り直し、同門を出て、竹橋駅へと。一応、コラボということで」とのメッセージと共に、皇居東御苑 梅林坂のフォトが添付されていた。
昨30日付弊ブログ「上総の昼餉散歩」をご覧になっての、コラボであった。
<皇居東御苑 梅林坂/大給守殿撮影>
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余談ながら、ここで「上総の昼餉散歩/皇居東御苑の巻」を綴っておこう。
3月22日(木)、昼餉はパレスサイドビルの地下レストランで摂った。
パレスサイドビルから出ようとしたとき、一橋家屋敷跡で開花している桜が目に入った。
花の色は濃いので、緋寒桜であろう。
皇居東御苑の桜は如何にと思い、平川門から東御苑へ。
梅林坂の梅が見事。
生憎、この日はカメラを携行しておらず。
梅林坂から汐見坂へ向かう。
本丸芝地でコンサートがあるとの苑内放送が聞こえる。
汐見坂を上り、本丸跡に向かう。
礼装の音楽隊が勢ぞろいしている。
「皇宮警察音楽隊 東御苑ランチタイムコンサートを始めます」と司会者さん。

演奏が始まった。
♪さくら さくら やよいの空は 見わたす限り♪ や ♪春のうららの隅田川♪など「さくら」や「花」を編曲した「花のマーチ」など次々と演目が奏でられた。

「今、皇居東御苑におんねん。皇宮警察音楽隊がランチタイムコンサート、やっとんねん。今日はカメラ不携行にて、ブログ・ネタにはならへんけど、ケータイ・ライブで聴いてみて」と盟友、六々守殿にケータイ電話。
しばし、ケータイでコンサートの模様を伝える。

司会者さんから皇宮警察音楽隊の紹介も。
設立されて60年とのこと。
皇居と東宮御所の警備のほか、国賓などのお迎えの際の演奏などを行っているとのこと。
司会者さんは、女性の、若い皇宮警察官。
皇宮警察官だけあって、きびきび、はきはきとした、好感の持てる喋り口であった。

「編成は、数えてみたら、25人くらいや」。
「我々の言うところの、B編成やね」。

ケータイ電話を切ったあと、ラストの一曲であった。
「デューク・エンリントンの曲。ベンチャーズの演奏でも御馴染みです」と司会者さん。
曲は、申すまでもなく、「キャラバン」。
途中、何と、先日、六々守殿との雑談の中で話題となった、サンサーンスのオペラ「サムソンとデリラ」の、あの♪ちゃららららん、らん、ちゃららららん♪、バッカナールのメロディーが挿入されていた。
アンコールはお子様向け、アニメのテーマ・ソング(魔法使いのサリーかな?)。

いつも思うことながら、皇居東御苑は観光客(外人さんが多いんです)やサラリーマンが散歩しているのは分かるが、バギーに子供連れのママさん連中が多数いることが不思議。
皇居東御苑は、弁当もって、子供の散歩にも最適なんだろ。

「次回のランチ・コンサートは4月中旬を予定しています。詳しい日時は、皇宮警察のホームページ、宮内庁ホームページの香魚東御苑のお知らせ、大手門、平川門などのポスターをご覧ください」と司会者さん。

丁度、12時45分に閉演。
13時ではなく、12時45分にコンサートを終えるということは、サラリーマンの午後の始業時間を配慮してのことか。

皇居東御苑でも桜は咲いていたが、竹橋・一橋家屋敷跡と同様に、これも緋寒桜であろう。
染井吉野が咲く頃には、弁当をもったサラリーマンやОLで賑わうこととなるのである。

4月中旬の、皇宮警察音楽隊のランチタイムコンサートが楽しみだ。

フォト:2012年3月下旬、大給守殿提供
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by kazusanokami | 2012-03-31 23:58 | 上総の昼餉散歩 | Comments(6)
2012年 03月 30日

『上総の昼餉散歩/扇の勾配』

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「上総の昼餉散歩」で大好きなコースは、皇居東御苑とその外濠沿い。
石垣を眺めるのも楽しみのひとつだ。
石垣の積み方にはいろいろあるようだが、モノの本によるとこういう積み方は「扇の勾配」と呼ぶそうだ。

フォト:2012年3月29日、北桔橋にて
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by kazusanokami | 2012-03-30 23:58 | 上総の昼餉散歩 | Comments(2)
2012年 03月 30日

『上総の昼餉散歩/春』

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「上総の昼餉散歩」は、いつもは平川門から皇居東御苑のコースであるが、ここ数日は平川門から北桔橋門まで平川濠沿いを歩き、北桔橋門から皇居東御苑へ。
皇居東御苑のソメイヨシノの開花はまだだが、平川濠沿いで菜の花に出遭った。
春だ。

フォト:2012年3月29日
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by kazusanokami | 2012-03-30 23:57 | 上総の昼餉散歩 | Comments(2)
2012年 03月 28日

『オープン・トップ・バスのいる風景』

ここはロンドン?
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いいえ、丸の内です。
赤いオープン・トップ・バスは、日の丸自動車興業が都内で運行している「スカイバス東京」です。
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コースは、皇居・銀座・丸の内をぐるっと一周。
jitensha での都内めぐりとは趣きを異にした、目の高さの異なる東京見物が出来るでしょう。
暖かくなったら、一度、乗ってみたいですね。
因みに、はとバスが都内で運行しているオープン・トップ・バスは「オー・ソラ・ミオ」です。

フォト:2012年3月27日
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by kazusanokami | 2012-03-28 23:58 | 風景 | Comments(4)
2012年 03月 27日

『風景/姿を現し始めた赤レンガ駅舎』

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東京駅丸の内駅舎は、1914年(大正3年)に造られた。
設計は辰野金吾。
辰野金吾は、日本近代建築の父、ジョサイア・コンドルの愛弟子でもある。
丸の内駅舎は、1945年(昭和20年)、戦災により焼失し、3階建ての駅舎を2階建て駅舎に復興し、これまで我々が見て来た駅舎の姿となった。
2007年(平成19年)4月、辰野金吾の設計した駅舎の姿の復原工事に着手、本年10月の竣工に向け、工事が進められている

フォト:2012年3月27日
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by kazusanokami | 2012-03-27 23:23 | 風景 | Comments(2)
2012年 03月 26日

『風景/利根川シュガーロード』

目の高さ/地面±0
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目の高さ/地面+約1.6m
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フォト:2012年3月20日
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by kazusanokami | 2012-03-26 23:58 | 風景 | Comments(4)
2012年 03月 25日

『風景の記録-写真資料を考える-』 rh-3

特設コーナー 風景の記録と記憶-東日本大震災によせて-

2011年(平成23年)3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。
多くの人々の命が奪われ、また被災地にあった人びとの、ごく当たり前の日常が、さまざまな形で奪われたり変えられました。
ここでは、未だ整理のつけがたいこの震災を、かつての被災地の風景と、いくつかの震災後の風景からたどり直します。
(企画展示のリーフレットより)

被災地のかつての風景として、「ホテル観洋屋上から撮影したパノラマ写真(宮城県気仙沼市)1995年(平成7年)5月4日撮影 本館蔵(石井實フォトライブラリー)」が展示されていた。

2007年の夏、三陸地方を旅した際、このホテルに泊まったことがある。
屋上から、このパノラマ写真と同じ、気仙沼港の風景を一望したこともあった。
気仙沼港には数多くの遠洋漁船が停泊していた。
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以前にも増して活気のある港となることを祈りたい。
その風景を眺めるのは、2007年の夏とは別の心情にて...。

フォト:2007年8月

(完)
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by kazusanokami | 2012-03-25 22:38 | Comments(0)
2012年 03月 24日

『風景の記録-写真資料を考える-』 rh-2

第五章 風景を記録する-石井實と「地理写真」-

本展で展示している資料のうち、戦後の写真の多くは、「石井實フォトライブラリー」(本館蔵)のものです。
これは地理教師の石井實(1926~2007)が、60年以上にわたって撮り続けた写真です。
一枚一枚には撮影日と撮影場所が記録されており、風景の資料であると同時に貴重な歴史資料ともなっています。
(企画展示のリーフレットより)

石井實氏は、小学校、高校、大学で地理の先生を務めた人物。
地理学的に意義のある自然景観や文化景観などを写真で記録し、それを「地理写真」と名付けたとのこと。

彼が撮影した各地の写真は、幾冊もの、コンタクトプリント撮影帖の形で整理されていた。
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これらのコンタクトプリントは能登のよう。
一昨年の秋、能登を旅したことでもあり、
コンタクトプリントされて風景は勿論のこと、KONIPAN SS や SAKURA FILM の印字が印象的。

石井實先生が使用したカメラが展示されていた。
konica 35mm用カメラ、1949年(昭和24年)製。
Made in occupied Japanと刻印されていた。
戦後、間もない、困難な時期であっても、先生は写真を撮り続けていたのである。

何気ない風景、しかし、地理の先生の目から見れば、崖の形状であったり、川の形状であったり、いろんなことを学術的に見ることが出来るのであろう。
そして、リーフレットにある通り、風景の資料であると同時に歴史資料にも。

何気ない風景から何かを読み取る、そして、カメラに収める、そういう姿勢で、jitenshaを走らせながら写真を撮っていることは正しいと思った。

フォト:2012年1月8日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-24 23:53 | カメラ | Comments(0)
2012年 03月 23日

『風景の記録-写真資料を考える-』 rh-1

「風景の記録-写真資料を考える-」。
国立歴史民俗博物館(佐倉市)にて、2011年11月8日から2012年1月15日まで開催されていた、平成23年度企画展示。
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七つのコーナーと、東日本大震災によせての特設コーナーで構成されていた。

第一章 広がる風景-江戸・東京の街並み-
第二章 くらしの風景I-点描 東京の街-
第三章 旅の記録と写真
第四章 府県写真帖に残された風景
第五章 風景を記録する-石井實と「地理写真」-
第六章 変わる風景-長崎の風景史-
第七章 くらしの風景II-東京の山村 奥多摩-
特設コーナー 風景の記録と記憶-東日本大震災によせて-

本ブログでは、第一章、第五章と特設コーナーについて綴ってみたく。
なお、館内および指定された場所での撮影は禁止であったので、本ブログでの掲載写真は看板等のものを流用することとしたい。。

第一章 広がる風景-江戸・東京の街並み-

風景は広がりを持っています。
それを広がりとして記録することで、日々の暮らしの舞台となった風景画がもつ様々な側面や、通常は被写体にならないような風景でもくまなく記録することができます。
第一章では、幕末から明治・大正までに撮られたパノラマ写真や空中写真などを通して、世界有数の大都市である江戸・東京の街並みの風景が広がりとしていかに記録されてきたかを考えます。
(企画展示のリーフレットより)

「愛宕山から見た江戸の街並み」(1863年8月撮影、長崎大学付属図書館蔵)。
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幕末に来日したイタリア人写真家フェリーチェ・ベアトが愛宕山から撮影した江戸のパノラマ写真であった。

このパノラマ写真に関する解説は次の通りであった。
---------------------------------------------
あたご山の山頂から東方に向けて北は虎ノ門付近から南は増上寺付近までを写す。
江戸の街の広がりと共に、大名屋敷の内部までわかる貴重な写真である。
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=備考=
もう一枚のパノラマ写真は「あたご山の山頂から北方に向けては西は溜池・日枝神社付近から東は虎ノ門付近までを写す。左の長い表長屋が肥前国佐賀藩鍋島家中屋敷。右の遠景に江戸城が見える」であった。

このパノラマ写真を眺めながら、忠臣蔵、赤穂浪士を趣味とする小生にとり、誠に興味深い風景を見て取ることが出来た。
それは、パノラマ写真の真ん中あたりで、ひときわ、高く写っている大樹。
陸奥国一関藩田村家上屋敷内の銀杏の大木で、「お化け銀杏」と称されているものである。
田村家上屋敷は、あの「松の廊下事件」で吉良上野介に斬り付け、切腹した、浅野内匠頭の終焉の地でもある。

この「お化け銀杏」は関東大震災で焼失し、その跡に「田村銀杏稲荷大明神」の社(やしろ)が祀られた。
その社は空襲で焼けたとのことだが、その後、再建された社が数年前まであった。
その後、環状2号線の工事が始まり、今は、この社を見ることは出来なくなっているが...。
因みに、「切腹最中」でお馴染みの、新橋・新正堂の店内に、この「お化け銀杏」の写真が掲げられていたやに記憶する。

パノラマ写真の意義は「通常は被写体にならないような風景までもくまなく記録すること。一方、一枚の写真に記録された風景をより適切に理解するためには、その風景写真の断片にある風景を知ることも欠かせない」とあった。
《その風景写真の断片にある風景を知ることも欠かせない》、合点のいく言葉だ。
写真には撮影者の意図したことと、それ以外のことも写っていることがあり、写真を見る際、写真からいろいろ読み取る楽しさがある。
それは自ら撮影した写真であっても、である。
自ら写したものであっても、意外なものが写っていることもある。

3月6日から5月6日まで、東京都写真美術館にて「J. ポール・ゲティ美術館展/フェリーチェ・ベアトの東洋」が開催されている。
同館のホームページを見ると、「フェリーチェ・ベアト 愛宕山からみた江戸のパノラマ」(1863年-64年 鶏卵紙 東京都写真美術館蔵)と添え書きされた、パノラマ写真が掲載されている。
「J. ポール・ゲティ美術館展/フェリーチェ・ベアトの東洋」で、このパノラマ写真が展示されているのかどうかは分からないがが、同館を訪れ、今一度、ゆっくりと、フェリーチェ・ベアトが撮影した写真を鑑賞してみたく思っている。

フォト:2012年1月8日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-03-23 23:58 | カメラ | Comments(3)
2012年 03月 22日

『風景/名調子』

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梢で鳥が鳴いている。
ホオジロのようだ。
楽しげな、鳴き声だ。
こちらも楽しくなって来る。
鳥の声を文字で表すのは難しい。
野鳥図鑑では「ツィ チョチョチョ ジュクジュクチー」とある。
楽しげな名調子は YouTube でどうぞ。

フォト:2012年3月20日、手賀沼にて
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by kazusanokami | 2012-03-22 23:58 | 風景 | Comments(0)