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2012年 10月 30日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-19

旅籠の前の住吉浜で朝サンをしながら、尾道の歴史をベンキョーした。
朝餉を摂るべく、「尾道浪漫珈琲」に向う。
「尾道浪漫珈琲」は旅籠の直ぐ北の商店街だ。
海岸通りから路地を抜け、商店街へ。
路地の角に気になる店がある。
喫茶軽食「カド」である。
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角にある店だから「カド」なのであろうか。
住吉神社の手水鉢に刻まれた「角 鰯屋」の「角」がどうも気になる。
「角 鰯屋」は、この「カド」のあった場所に店を開いていたのではないかと思えたりして...。

尾道浪漫珈琲。
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コーヒーとワッフルの店である。
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モーニング・メニューとしては、チーズトーストとベーコンエッグ、ワッフルとベーコンエッグなどの組み合わせがある。
ワッフルにはメイプル・シロップが付いてくる。
ワッフルを食べたいが、メイプルシロップとベーコンエッグというのは、ちょいと、イメージが湧かない。
摂津殿はワッフル、小生はチーズトーストをチョイス。
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当日出発組の到着時間には未だ間がある。
「摂津殿、ちょいと、ここでお待ちあれ。小生は、昨日、立ち寄れなかった、ロープウェイ下の神社で、狛犬のコレクションに」。
国道を渡り、JRの線路下をくぐり、ロープウェイ乗り場方面へ。
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艮神社。
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「艮。良の、ちょんのない漢字。何と読むんだっけ?何か、干支に関係あったような...」と頭の中で独り言。
神社のそばで子供と遊んでいたヤンママに尋ねる。
「この神社の名は?」。
「うしとら神社です」。
「そう、そう、うしとら、うしとら。どうもありがとう」。
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丑寅・艮/十二支で表わした方位で、丑と寅の間。北東の方角。東北。鬼門。(出典:広辞苑)
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鳥居をくぐり、参道を進む。
この神社はどんな狛犬が鎮座しているのであろうかと想像しながら参道を歩くのも楽しみのひとつだ。
社殿が見えて来る。
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石段の手前に鉄柱がある。
鉄柱は、ロープウェイからの落下物防止ネットを支える支柱である。
ロープウェイは神社の頭上を走っているのである。

石段の右手に末社がある。
先ず、一つ目の狛犬をゲット!
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四肢で立つ狛犬。
讃岐/七宝山麓の岩屋寺で初めてこの形の狛犬を見て以来、大宰府天満宮、そして、ここ、艮神社と三度目となった。
四肢で立つ狛犬は、最早、関西では珍しいものではなくなった。
関東でこの形の狛犬を探してみたい。

社殿脇の狛犬。
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鬼門の方角を守る狛犬に相応しい、誠に結構な面構えの狛犬である。

社殿右脇に末社がある。
石段下で見た末社の狛犬と同様に、ここも四肢で立つ狛犬である。
掃除をなされている男性に挨拶し、一枚撮らせて貰う。
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社殿右手の高台に上がり、境内を眺める。
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立派なクスノキである。
近くで見たところ、天然記念物とある。
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さあ、帰ろうと思ったところ、上って来るときには全く気付かなかった狛犬らしきものが、石段脇に一対あり。
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この狛犬を極々近くでじっくりと眺めさせて貰った。
雨、風に晒され、こう申しては失礼ながら、アシカかオットセイの如き形となってしまい、場所柄、辛うじて、狛犬と分かる姿になってしまっていた。
これは貴重な狛犬コレクションである。
何れ、綴る「狛犬に関わる考察」で、この艮神社で出遭った四対の狛犬について詳しく述べてみたい。
因みに、ロープウェーがこの神社の頭上を走っていると前述したが、このフォトにロープウェイと乗り場がばっちり写っている。

参道を戻る途中、碑の裏側に刻まれた「侯爵浅野長勲題字」が目に入った。
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往路、気付かなかった碑である。
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浅野長勲について、マイ・ブログ「上総守が行く!」の昨年9月25日付『上総の昼餉散歩/竹橋を渡って~国立公文書館~』 第5話で次のように綴っている。
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国立公文書館創立40周年記念/連続企画展/第4回「公文書資料群の形成」。

大日本帝国憲法、日本国憲法、国立公文書館法など、興味深く、見た。
続いて、興味深く、見たものは...

『華族家記 浅野長勲』/第二巻/自慶応三年十月至明治三年十一月。
「華族家記」の文字よりも「浅野長勲」の文字に惹かれた。
そして、この家記に目を通すと「藝州藩」が文字が目に入る。
芸州浅野家は赤穂浅野家の本家筋。
赤穂浪士、忠臣蔵を趣味とする小生は、こうした文字を見ると血が騒ぐのである。
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「藝州藩 其藩蒸気御用有之候間品川沖滞舩候様御沙汰候事 六月十五日 大総督府下参謀」と記されている。
赤い矢印の置かれているところには「浅野中納言 廣島藩知事被 仰付候事 明治二年己巳六月」と記されている。
明治二年己巳(つちのとみ、きし)は、1869年のことである。
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浅野家のことを語りだすと長くなるが、簡単に綴ってみたい。
浅野家は豊臣秀吉の正室・北政所の実家で、浅野長政(養子)は豊臣政権の五大奉行筆頭。
関が原の戦いの後も、浅野家は存続。
浅野家本家、芸州浅野家の祖は浅野長晟(ながあきら)。
紀伊和歌山から安芸国広島に移封された1619年(元和5年)以降、浅野長勲(ながこと)が第12代藩主を務めた幕末まで存続した。
分家は、赤穂浅野家(断絶、後に、旗本として復活)、三次浅野家(断絶)など。
浅野長勲は、幕末には大政奉還の建白書を土佐藩、長州藩と共に幕府に提出するなどで尽力、明治となってからも要職を務めた「最後の大名」のひとりである。
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この国立公文書館で見聞した浅野長勲のこと、朝サンの住吉浜で見聞した「尾道は浅野藩の台所なり」の言葉、そして、ここ、艮神社で浅野長勲の題字など、「浅野」の名を見聞きすると、どうも血が騒ぐのである。

ここ、艮神社でもうひとつ気になるもの、それは神社の入口にある「ラーメン 千光亭」である。
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次回はここで尾道ラーメンを食べて、千光寺に詣でるのもいいかもしれない。

尾道浪漫珈琲に戻り、摂津守殿に加え、当日到着組の六々守殿や按針殿と暫し歓談。
旅籠に戻ったのち、振分荷物を担ぎ、愛馬に跨り、集合場所のJR尾道駅南口へ。
播磨守殿と本町普請奉行改メ気毒屋噴耐衛門殿は駅の尾道ラーメンを食べたとのことで、小生も尾道浪漫珈琲での朝餉に続き、駅で尾道ラーメンを食す(喰いすぎや!)。

いざ、出発!しまなみ海道へ!
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フォト:2012年9月29日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-30 16:27 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(2)
2012年 10月 29日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-18

9月29日(土)。
この日から一泊二日の「ハリポタ五周年記念/秋の大遠征/しまなみ海道ポタ」。
集合時間の10時には、まだまだ、時間がある。
旅籠の窓から尾道水道を眺める。
曇りだ。
まだ、台風襲来の予兆はない。
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旅籠の前の、住吉浜へ朝サンに出掛ける。
住吉神社に参拝。
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手水鉢と龍、その向こうに尾道水道と向島。
いい風景だ。
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手水鉢に「角 鰯屋 佐助 弥助 惣兵衛...」と寄進者の名が刻まれている。
「角」の意味は不明ながら、「鰯屋」は肥料の干鰯を扱っていたのであろう。

神社を囲む石塀には、数多の奉納者の名が刻まれている。
南面には、讃州室木 三宅半兵衛、壹州郷之浦 〇〇、唐津呼子 内海屋鉄之助の名が見える。
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西面には、越後糸魚川 寺崎四五エ門、越后青海 渡辺貞エ門などの名が見える。
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この住吉神社について紐解いてみると、「元文5年(1740年)に尾道の町奉行に着任した平山角左衛門は、翌年の寛保元年(1741年)に住吉浜を築造し、尾道発展の基礎を築いた。その際、浄土寺境内にあった住吉神社をこの住吉浜に移し、港の守護神とした」とある。
平山角左衛門は、当然のことながら、浅野家本家、芸州浅野藩の家臣である。
奉納者の国許を見ると、讃岐、壱岐、唐津、越後など全国津々浦々。
尾道が北前船で大いに栄えたことが窺える。

嘗ては、住吉浜には雁木が設けられていた。
今は、雁木を模して造られた石段となっている。
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堤防に尾道の数々の歴史が刻まれている。
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「尾道港(住吉浜)」。
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「玉浦絵巻」。
玉浦(ぎょくほ、たまのうら)」は、千光寺にある「玉の岩」の伝承に由来する尾道の雅名である。
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玉浦絵巻は、足利尊氏、足利義満、朝鮮使節、遣明船、北前船、文人尾道、富籤、明治維新、西南戦争、山陽鉄道、太平洋戦争、未来と続く。
その中の一部をアップロードしておこう。
碑文は、入船裕二なる人物によるものである。
「北前船」。
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「山陽鉄道」。
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当時の鉄道敷設の困難さは、海、町、国道、鉄道、山と、今、見る狭隘な地形から想像に難くない。

「太平洋戦争」。
歴史を語る上で、この戦争のことは絶対に外すことは出来ない。
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「未来」。
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瀬戸内の十字路。
なるほど!
東西に瀬戸内海、南北にしまなみ海道。
新しい海道のお陰で、我らは大いに遊べるのである。
平和である。
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朝サンで歴史のベンキョー、こういう散歩は大好きである。
ほとんど、歩いていないので、散歩と言えるかどうかは疑問ながら...。

フォト:2012年9月29日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-29 23:58 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(4)
2012年 10月 27日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-17

昼餉を摂った「朱華園」で、ふと、目に入った「尾道では、『暁』と言う世界万国の洋酒をよせ集めた居酒屋と、この『朱』と言うラーメン屋に、おそれ入ったようなものだ」との壇一雄の言葉が気になる。
夜宴を催した「きっ粋」で、この『暁』なる居酒屋につき問うたところ、既に閉店しており、それに類した店として、『ロダン』なる店を教えて貰った。

「ロダン」。
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白地に青い貝の図柄。
青い貝の図柄に白ヌキで、"Jazz & Shell Collection ロダン"の文字。
そして、ペトロ・ステーションに掲げられている"SHELL"のマーク。
そして、ドアの左側には「蓄音機」の文字。
店に入り、これらの看板の意味するところが一気に解けて来るのであった。

初老の夫婦二人で営む店。
カウンターで寛ぐ。
カウンター正面の棚には貝のコレクションがぎっしり。
カウンターのガラスケースにも貝のコレクションがぎっしり。
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「この店は古いのですか」。
「50年になります」。
「貝のコレクションは?」。
「貝のコレクションも50年くらい掛けて集めたものです。今でも、後ろに掲げている写真、フィリピンのボホール島などに出掛けて蒐集しています」。
「表の、SHELLの看板が凄いですね」。
「あれはアメリカで蒐集した琺瑯製の看板です」。
「店の名、ロダンは、例のロダンですか」。
「その通りです」。
マスターは寡黙で、話し相手は、もっぱら、女将さんだ。
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今でも、蒐集に出掛けるというフィリピン/ボホール島。
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フルーツ・ドゥ・メール。
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ちょっと、失礼して、店内を巡る。
カウンターの周りのみならず、店内すべてがコレクション、コレクション、コレクション!
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水槽の中で息をする貝(つくりもの?)
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採集記録。
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宇宙人の行進。
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エイ(リアン)/その1。
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エイ(リアン)/その2。
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浮彫り技法。
シロチョウガイであろうか。
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ランタン。
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貝のコレクションの次は、蓄音機の登場だ。
"His Master's Voice"
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SPレコード。
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2枚目は"BLUE DANUBE WALTZ"。
今にも鉄針が擦る音と共に「美しく青きドナウ」が聴こえて来そうである。

SP用鉄針。
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幼き頃、二回聴いたら、針を替えるんですよと親から言われていたことを思い出す。
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ひとつずつ、ゆっくりと眺める。
ニッパー、白雪姫の小人、ゲゲゲの鬼太郎、ニモ、スヌーピー、ジョニー・ウォーカー...。
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貝と蓄音機の、一大コレクション。
いいものを見せて貰った。
昔、ロンドンに駐在していた頃、仕事柄、テームズ川沿いのシェル・センターを訪れることがあった。
廊下に置かれたガラスケースに貝が陳列されていた。
ロイヤル・ダッチ・シェルが膨大な貝のコレクションを持っているかどうかは不祥ながら、「ロダン」のコレクションはシェル・センターの陳列とは比較にならないくらいに素晴らしいものである。
金銭的なことのみならず、膨大な時間を掛けて、こつこつと蒐集して来たことに敬意を表したい。
愉しませて貰った数多のコレクションの中で最も気に入ったもの、それは《鉄針のコレクション》であった。

「きっ粋」を紹介してくれた呑々守殿と共に、何時の日か、「ロダン」を訪れてみたいものだ。
そして、下戸で、甘党の六々守殿も「ロダン」を楽しめるだろう。
それは、目でコレクションを楽しむことに加え、貝の器に入った「ハロハロ」なる名のアイスクリームも味わえるからだ。
「ハロハロ」はこんな感じだ(フォトは電脳案内から借用)。
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店に入る前には、その意味がよく分からなかった、琺瑯製の大きなSHELLマークを、今一度、眺めながら、店をあとにした。
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月は煌々と輝いている。
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本当に、明日、台風は来襲するのであろうか...。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-27 23:58 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(2)
2012年 10月 20日

"Intermission"

暫らく、行脚に出掛けて来ます。
連載中の「カズ公の秋の股旅日記」は、暫らく、休ませていただきます。
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フォト:2012年10月2日、越知谷ロッジにて
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by kazusanokami | 2012-10-20 06:00 | エピソード | Comments(0)
2012年 10月 19日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-16

「きっ粋」での宴を終えて、壇一雄の言葉がヒントとなり、「きっ粋」の店主殿に教えて貰った「ロダン」なる店へ向った。

夜9時20分。
だーれもいない、商店街。
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眠らない町、何処かの都市とは大違い。
この尾道をはじめ、地方都市の、斯様な姿が健全なのであろう。

コーヒーとワッフルが名物の、尾道浪漫珈琲。
翌朝に到着するメンバーと、この店で落ち合うことにしているのであった。
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「摂津殿、ご油断めさるな!」。
後ろからばっさり!
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写真を撮る人を撮る、これが、また、楽しみのひとつなのである。

東へ続く、アーケードを抜ける。
KURAZUSHI。
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帰宅後、電脳網で調べてみた。
「蔵鮨/尾道の商店街を抜けた先にある、その名の通り、蔵のような店だ。...」の書き出しで、縷々、この店について綴られていた。
瀬戸内育ちには、結構、いい感じの店のようだ。

コンビニ「ポプラ」。
「きっ粋」で教えられたコンビニだ。
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ポプラを左に見て、右折だ。

ここからが、尾道の飲み屋街なんだ!
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煌々と輝く、中秋の名月が間近い月。
本当に、明日、台風が襲来するの?
酔っていても、しっかりと(???)、翌日の天気を気にするのである。

少しだ迷ったが、直ぐに「ロダン」は見付かった。
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飲み屋街という言葉は相応しくないような、表の造りだ。
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白地に青い貝の図柄。
青い貝の図柄に白ヌキで、"Jazz & Shell Collection ロダン"の文字。
そして、ペトロ・ステーションに掲げられている"SHELL"のマーク。
店に入り、この二つの看板の意味するところが一気に解けて来るのであった。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-19 23:58 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(5)
2012年 10月 19日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-15

愈々、「ハリポタ創設五周年記念/しまなみ海道ポタリング」の前夜祭だ。
宴の場は、5年前の宴と同じ、「きっ粋」だ。
この店は、5年前、盟友、呑々守殿が教えてくれた店だ。
御本人は、未だ、来店、叶い居らぬも。

数日前、「きっ粋」店主殿にケータイ糸電話。
そのときの会話はこうだった。
「5年前の11月に、そちらで、ええもんを食させて貰いました。今回は9月末。季節のものは別として、品書きは5年前と変わりありませんか」。
「季節のものを除いては、変わりありません」。
「5年前のメモ(=マイ・ブログ)を見直すと、『からこげ』というものが書かれています」。
「からこげがなくても、瀬戸内の小魚があれば、似たものが出来ますので、大丈夫です」。
「大振りの蝦蛄もよかったです。先日の電話では、水揚げがあれば、あり、とのことでしたが」。
「水揚げがあったら、必ず、仕入れておきます。お越しになるまで、きちっと取っておきます」。
「それでは、28日金曜日、午後7時、二人で参りますんで、よろしく!」。
「毎度ありがとうございます。お待ちしてます!」。
先日の電話とは、この前夜祭を企画するに際し、蝦蛄があるかどうかを「きっ粋」店主殿にケータイ糸電話で確認したことを指す。

店先で品書きを見るに余念のない摂津殿。
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もう一丁!
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店内に入る。
早速、蝦蛄を注文する。
そのほかにも幾つか注文するも、何を注文したかは忘れた。
兎に角、あのでっかい蝦蛄と"からこげ"のことしか、頭の中にないのだ。
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この大きさは写真のアヤ。
ちょっとデカ過ぎに見える。
だが、大振りに蝦蛄に間違いはない。
たれ皿(醤油皿、千代口、豆皿)と見比べて、大きさを推し測って貰おう。
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[「今日は、"からこげ"がありませんので、"ねぶと"で。"ねぶと"はイイモチの子供で、頭が固いので、落としてあります」。
食い気が先走って、少し食べてからの「ねぶと」の皿。
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「ねぶた」に似た名ながら、、名前を忘れないように品書きをカメラに収める。
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"ねぶと"以外の品書きも。
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品書きの中身も、書体も、5年前と変わらず。
こうしたことが、5年のギャップを感じさせず、逆に、落ち着きを感じる。

呑々守殿へ、上総のケータイから電話を入れる。
根津甚八風の御仁はケータイ電話での会話姿がよく似合う。
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上総と変わる。
「昨日、ケンミンSHOWで、尾道のブロイラー、やっとった」と呑々殿。
「うん、買うたで。呑ちゃんの分とおいらの分を。そのあと、オオニシさんの工場も見て来たで。ブロイラーは郵便で送ることに。オオニシさんの工場のことはブログで綴ることに」と上総。

店主殿。
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店主殿とも、大いに話しが盛り上がる。
5年前のことも振り返り、いろいろと。
(5年前の話をここで繰り返すと長くなりますので、割愛しますが、マイ・ブログ「上総守が行く!」右欄の、2007年12月をクリックして戴くと、「『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』と題し、数話の連載が現れます。これをご一読戴ければ幸甚です。)

「店主殿、ちょいとお聞きしたいことがあります。今日、尾道ラーメンの朱華園さんで壇一雄の言葉を見ました。『暁』というバーのことが書かれていました。このバーは何処らあたりにあるのでしょうか」。
「その店は既に閉められています」。
「『暁』に、よく似た店はあるでしょうか」。
「『ロダン』という店があります。貝のコレクションでいっぱいです」。
「ロダン」の場所を地図にプロットして貰った。
「きっ粋」を教えてくれたのは呑々殿。
呑々殿の尾道来訪時に備え、新しい店も開拓しておかねばならない。
「きっ粋」の店主殿に「また、来るぜ」と挨拶し、「ロダン」に向った。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-19 21:21 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(2)
2012年 10月 18日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-14

千光寺公園展望台から夕景を眺めた。
徒歩で山を下る。
ハリポタ藩の盟友、六々守殿から「尾道の夜景ばっかりを撮っている人のブログがあります。参考にされるとよいでしょう」とのアドバイスあり。
このブログを見てみた。
手馴れた写真であった。
小生が夜景を撮るのは少々憚られるようだ。
が、しかし、何でもレンシュー!だ。

松林から向島が垣間見える。
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ネオンサインが海面に映える。
アップで。
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光、右手から、尾の道行きフェリー乗り場(兼吉港)、「パチンコ&スロットル オリンピア」、川を挟んで「パーラーセブン。

松林から大橋が、そして、中秋間近の月が垣間見える。
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何度か、下ったことがあり、慣れた坂道と石段だが、用心しながら下る。
下り慣れていない摂津殿は明るいうちに下山してよかった。

千光寺本堂。
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5年前の、2007年12月12日付のマイ・ブログ「上総守が行く!」で、千光寺本堂での様子を次の通り綴っている。
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『しまなみ海道討入/尾道千光寺大願成就祈願』#3(第三話)

千光寺本堂に於いて、懇ろに大願成就を祈願致し候後、本堂御札授与所の老婦人と暫し会話。
「jitenshaの御守りは御座るかな。“胡桃兜“に嵌め込むような御守りじゃが」。
「jitenshaの“胡桃兜“に嵌め込むような御守りは有りませぬが、交通安全の御守りで如何でしょうや」。
「“胡桃兜“のものを探しおる故、別のものを戴きとう御座る。此の平安風の衣装を纏った男女の絵柄のものが良さそうで御座るな。此の御守りの御利益は如何なるものに御座ろうか」。
「諸願に御座りまする」。
「其れは誠に結構な御守り。愚妻のものも含め、二つ、頂戴致そう」。

千六百文を納め、平安風絵柄の御守り二つを頂戴致し候。

老婦人曰く「旦那さんはjitenshaをなさるので。此処、千光寺にもjitenshaの旅の御方がしばしば来られまする」。
「拙者、今朝、江戸を出立し、先程、尾道に到着。先ずは、千光寺さんに御参りと馳せ参じた次第。明朝、御仲間共々、しまなみ海道の旅に出立に御座る。処で、其処許は”Kissui"なるおタナをご存知で御座ろうか。今夕、其のおタナにて一献傾ける事に相成っており申す。過日、糸電話にて予約致した処、御内儀と思しき御方が応答なされ、鄭重なる応対に御座った」。
「其のおタナはよく存じておりまする。○○さんという御方がお遣りのおタナに御座りまする。なかなか良きおタナと聞いておりまする」。

更に、老婦人より「御願い事が御座る」と。
「さて、何で御座ろうか」、「しまなみ海道の木戸銭を無料にして貰うべく、旧・幕府系本四高速奉行所の御奉行様に嘆願の為の署名に御座りまする」、「其れは誠に結構な事。是非もなく、署名させて戴きまするぞ」と“嘆願書”の空欄に筆を運び、名を署し候。
上総守では無く、本名にて...(署名やから、本名が当たり前やろ! 否、上総 守(カズサ・マモル)でもよかったんやけど...)

千光寺を後にして石段を下り、旅籠へ向い候。
さて、石段は何段くらい有りたであろうか、かなりの段数を下り終わると“千光寺踏切”と名付けられし“電動駕籠”の踏み切りに行き当たり候。
踏み切りを渡り切ると、更に其処から数段の石段。
其の石段を下り終わると街道へ。

確かに、尾道は石段の町に御座る事、此の身で実感致し候。

二十数年前に「転校生」と題する活動写真が御座った。
此れ、尾道が生んだ活動屋、否、失礼、活動写真家、大林宣彦氏の製作によるものに御座った。
此の活動写真を御覧になられ候方も居られるやに存ずるも、若きオノコとメノコが石段を転がり落ちると男女が入れ替わるという物語に御座った。
原作はあるものの、尾道の石段を上手く使いし作品で有りたと記憶致し候。
石段を下りながら、この活動写真の事を思い出しつつ、石段と“千光寺踏切”を可目羅に収め候。

因みに、同地には『おのみち映画資料館』なるものが在るそうじゃ。
活動写真好きの拙者としては、是非にでも参りたい処なるも、刻限の制約も有りせば、今回は見合わせ、次回の楽しみに残す事と致し候。

(つづく)
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余談であった。
早く、石段を下ろう、夜景を撮りながら...。
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踏切を渡る。
更に、数段だが、石段を下る。
国道2号線を渡る。
国道を挟んで、踏切を眺める。
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いまひとつ、ぱりっとした夜景が撮れなかった。
踏切、街灯、横断歩道の信号色で遊んでみた。
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昼間、商店街から眺めた路地を反対側から眺めてみる。
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午後6時40分。
旅籠まで直ぐだ。
旅籠に戻り、少し、休憩したら、「きっ粋」に赴こう。
摂津殿と共に、愈々、「ハリポタ創設五周年記念/しまなみ海道ポタ前夜祭」だ。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-18 18:13 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(6)
2012年 10月 18日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-13

17時26分、摂津守殿、到着。
17時27分、東の空。
月が、白く、現れた。
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17時42分、東の空。
二日後の9月30日は、中秋の明月だ。
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17時44分、西の空。
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千光寺公園展望台からの夕陽は、海には落ちず、山の端に落ちた。
冬になれば、もう少し、海寄りに落ちるだろうが、それでも海に落ちることはないだろう。
しまなみ海道を巡っていると、海に落ちる夕陽に出遭うこともあるだろう。
昨秋の因島土生港から尾道行きの渡船で見た夕陽のように。

「上総さん、夕陽も沈んだので、そろそろ下りましょうか」。
「夕陽が沈んだあとが愉しいんですよ」。
「暗くなると、千光寺さんのお参りが出来なくなりますんで」。
「それもそうですね。では、摂津さんだけ、一人でお参りして、下山し、旅籠に入ってください。某は、追っ付け、旅籠に戻りますんで」。
マジック・アワーと石段を下りながらの夜景が本日の狙い。
千光寺さんは、以前、懇ろにお参りし、御守も頂戴しており、暗くなってからのお参りでも罰は当るまいと思い、我が儘をした次第。

17時49分、東の空。
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17時50分、西の空。
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17時51分、西の空。
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17時54分、西の空。
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17時56分、西の空。
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17時57分、東の空。
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17時59分、西の空。
ヒコーキグモの先端がどんどん動いて行く。
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18時03分、西の空。
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18時09分、向島に灯りが灯り始める。
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18時10分、西の空。
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18時11分、西の空。
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100%のそれではなかったが、千光寺山頂でのマジック・アワーを愉しむことが出来た。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-18 13:51 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(4)
2012年 10月 18日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-12

千光寺公園展望台。
上段は写真による島々とその案内、下段は本物の風景だ。
上手い設えだ。
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展望台から正面を眺める。
尾道市街地、尾道水道、そして、向島。
正面、遥か彼方に丸くポツンと見えるのが百貫島だ。
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東側を眺める。
先ほど、橋の袂まで走ったなあと思いながら、尾道大橋、新尾道大橋を眺める。
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走ったところを後で遠くから眺めるのもポタリングの愉しみのひとつだ。

西側を眺める。
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更にアップで。
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更にアップで。
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奥へ、奥へと、稜線が続いていく。
まさに、「しまなみ」だ。

少し左へ目を転じると、因島大橋が見える。
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明日、この橋を渡るんだと、四度目のしまなみ海道ポタリングに心が踊る。

尾道を訪れる度に気になる建物、それがこの「御城」である。
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調べてみた。
或る人のブログにヒットした。
しっかりと書かれていた。
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目の前に尾道城が見えるものの、入り口を探すのにひと苦労(汗)。
地図を眺めながら、あ~じゃない、こ~じゃないといいながら、周辺をぐるぐる...
やっとの思いで、辿り着く事が出来ました。
【尾道城】
昭和39年(1964年)に尾道商工会が観光事業の一環として外観の一部を弘前城天守に模した施設「全国城の博物館尾道城」として建設。
建築は鉄筋コンクリートの三層三階、尾道駅の北側の丘陵上に立地し、尾道市のシンボル的な存在ともなったが、歴史的な背景が全くないためにむしろ景観を汚すものであるとさえいわれていた。
1990年代に閉鎖、現在は廃墟と化している。
当時、博物館の入場料は450円だったとか。
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尾道水道を疾走するモーターボート。
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内航船とすれ違う。
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船が行き交う光景は、明石海峡で馴染みが深い。
尾道水道は明石海峡では、その風景を異にする。
何処であれ、船の行き交う風景が好きだ。

展望台で、若いカップルの写真を彼らのカメラで撮ってあげた。
観光地や神社仏閣などでのカメラ・サービス、これも趣味のひとつだ(趣味というのはちょっと変かな?)
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「西側の風景をバックにお願いします」。
「了解です。はい、撮りまちゅよー」。
先ず、1枚。
「西日が強いので、東側の風景をバックに撮りましょう」。
と言ったものの、フェンスで東側の大橋が上手く入らない。
ベンチに上がってみた。
いい感じ!
「はい、撮りまちゅよー」。
もう1枚、出来上がり。
「こんなので、どうですか」。
「まあ、きれいに撮れてるわっ!」。
「よう御座いました。モデルがいい、カメラがいい、そして、カメラマンの腕もいい」。
毎度の台詞である。
「何処から来られましたか?」
「東京です」。
「私も東京からです。新幹線、遅れたでしょ」。
「東京発6時半だったんです」。
「私もその便。同じ新幹線だったのですね」。
「今日は、これからレンタカーで大三島の大山祇神社へ。そのあと、倉敷へ」。
「それはいいコースですね。大山祇神社の博物館には刀剣や鎧など立派な武具があります。あれば見ものです。女性用の鎧もあります。参道には茶梅という結構な旅館もあります。多々羅大橋の下には塩湯温泉もあります」。
「それは楽しみです」。
「車の運転、気をつけて。ここからは石段で?」。
「折角ですから、石段で下ります」。
「《転校生》にならないように、気をつけて」。

17時26分、摂津守殿、到着!
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フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-18 07:59 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(2)
2012年 10月 18日

『カズ公の秋の股旅日記/尾道の巻』 am-11

尾道の町めぐりを、一先ず、終えて、旅籠に戻る。
チェックインし、先に預けていた荷物を受け取り、jitensha と共に部屋へ。
旅籠で、日の出、日の入りの時刻を尋ねる。
千光寺公園行きロープウェイ最終便の時刻を尋ねる。
部屋で少し休憩した後、ロープウェイ乗り場へ向う。
ロープウェイ乗り場は、旅籠の直ぐそばだ。
乗り場でチケットを買う。
往路、片道だけ買う。
特段の急ぎでなければ、帰りは石段を下る、これが尾道散策のジョーシキであろうかと。
これまで気付かなかったが、ロープウェイ乗り場の脇に神社がある。
神社が気になるのは、年初から始めた狛犬コレクションによるものである。
ロープウェイは2分後に出発とのこと。
神社は翌朝に散策することにして、ロープウェイに乗り込む。
ロープウェイからの眺めは見慣れたものながら、いつも楽しみにしている風景だ。
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帰りは石段を下りながら、この塔の夜景を撮るぞ!
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山影がくっきりと。
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山影が樹木の影に変わる。
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千光山頂に到着!
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ハリポタ藩の盟友、摂津守殿から「只今、尾道駅に到着。旅籠に向かいまする。上総殿は参上にてご自由に」とのケータイ糸電話。
「ロープウェイ乗り場は旅籠の少し北。ロープウェイ乗り場も旅籠も同じ距離。山頂行きロープウェイの最終は17時15分。今ならまだ間に合いまする。夕暮れの風景を山頂から見られる、折角の機会。根性、入れて走って来られよ。ロープウェイ最終便に間に合わなければ、ちょいと、しんどいが、石段を上ってくれば宜しかろう」。

5年前の、2007年夏、ハリポタ藩創設。
その年の秋、しまなみ海道へ初の大遠征。
江戸住まいの小生は前日、尾道入り。
「某、ひとり寂しく尾道の夜を過ごさせるお積りか」と藩内に問うたところ、摂津守殿が、前日、尾道まで馳せ参じ下さることと相成り、尾道で「しまなみ海道討入前夜祭」を挙行したのであった。
今般、ハリポタ創設5周年記念として、5年前を再現すべく、再びのしまなみ海道討入前夜祭を企画し、藩内に案内したところ、前回同様、摂津守殿の賛同を得、実現した次第。

さて、摂津守殿は千光寺山頂の夕暮れ風景に間に合うであろうか...。

フォト:2012年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2012-10-18 04:48 | 旅、旅、旅/いろいろな旅 | Comments(0)