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2013年 06月 30日

『 Intermission 』

暫らく行脚に出掛けて来ます。
ブログは暫らく休載とさせていだだきます。
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フォト:2013年6月25日、上野不忍池にて
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by kazusanokami | 2013-06-30 04:14 | エピソード | Comments(0)
2013年 06月 29日

『夏目漱石の世界美術展/Natsume Soseki & Arts』

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6月22日付ブログで、ターナーの絵のことについて触れた。
6月25日、東京藝術大学美術館で開催されている「夏目漱石の世界美術展/Natsume Soseki & Arts」に行ってみた。
久し振りに、ターナーの絵に出会った。
ターナーの絵が語られる、そして、ラファエロの絵も語られる「坊ちゃん」について思いを新たにした。
久し振りに、ジョン・エヴァレット・ミレーの絵にも出会った。
ジョン・エヴァレット・ミレーの絵が語られる「倫敦塔」、そして、ジョン・エヴァレット・ミレーの絵をイメージして綴られた「草枕」の一節など、それらについても思いを新たにした。
「我輩は猫である」の表紙を飾る絵を描いたのは橋口五葉なる画家であった。
漱石は書籍の装丁について、一過言、持っていたとのことである。
書籍そのものが、芸術品、美術品なのである。
当世、流行りの電子書籍について、漱石のコメントが聞けるものなら聞いてみたいものだと、ふと、思った。

漱石の小説と西洋絵画の関わり、日本画に関わる評論、漱石自らの手による書や日本画など盛りだくさんの美術展であった。
齢六十五を重ねた今、初めて知るもの、漱石とはこういう人だったんだと思わせるものが数多、あった。
これまで、jitensha での「〇〇ゆかりの地を訪ねて」シリーズをやってきた。
「夏目漱石ゆかりの地を訪ねて」を企画せねばとの思いを強くした。

フォト:2013年6月25日
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by kazusanokami | 2013-06-29 23:58 | エピソード | Comments(0)
2013年 06月 27日

『眠(ねぶ)の花』

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6月18日付ブログで、芭蕉の句とそれに纏わることや、日本語では「眠(ねむ、ねぶ)の木」、漢語で「合歓」など、ネムノキのことについて触れた。
あの日の手賀沼ポタリングは、曇り空の夕方であった。
夕方の曇天の下、ねぶの花は心なしか映えていなかった。
6月25日の夕方、再び、手賀沼ポタリングに出掛けた。
夕方の青空の下、ねぶの花は映えていた。

ポタリングで眠(ねぶ)の花といえば、一昨年の冬のことを思い出した。
ドラポタ・メンバーの武衛さんの案内で都内ポタリング。
その際、品川区立公園「ねむの木の庭」を訪れた。
この公園は、美智子皇后陛下のご実家・旧正田邸跡に設けられたものである。
公園の名は、皇后陛下が高校生時代に作られた詩「ねむの木の子守歌」に因んで命名されたとのことである。
ロイヤル・ファミリーのファンである上総が大いに喜んだことは申すまでもなきことであった。

「ねむの木の子守歌」
作詞 美智子皇后陛下
作曲 山本正美

ねんねの ねむの木 眠りの木
そっとゆすった その枝に
遠い昔の 夜の調べ
ねんねの ねむの木 子守歌

薄紅の花の咲く
ねむの木陰で ふと聞いた
小さなささやき ねむの声
ねんね ねんねと 歌ってた

故里の夜の ねむの木は
今日も歌って いるでしょうか
あの日の夜の ささやきを
ねむの木 ねんねの木 子守歌



フォト:2013年6月25日、手賀沼CRにて
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by kazusanokami | 2013-06-27 23:58 | | Comments(0)
2013年 06月 26日

『雲と遊ぶ』

空を見上げる。
うろこ雲といっていいのであろうか、6月にしては珍しい雲と思われる。
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北の方から西の方へ目を移す。
朧月ならぬ、朧日。
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時にして、午後4時39分。
夏至を過ぎたばかりで、まだ、日は高い。
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フォト:2013年6月24日、手賀沼東端にて
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by kazusanokami | 2013-06-26 23:59 | Comments(2)
2013年 06月 24日

『目撃!ふたつの横転事件』(下)

ディンギーの横転、復元を目撃した後、更に手賀沼北岸サイクリングロードを走る。
jitensha を止め、手賀沼ばるびぞん村の風景を撮っていたところ、ロードレーサーが列をなして通過しかかった。
北岸はサイクリングロードと言っても、南岸ほどの幅はなく、遊歩道と言った方が正しいだろう。
そんな道なので、ロードレーサーが列をなして走る風景は珍しい。
急遽、ロードレーサー一個連隊の風景を眺めることにした。
何と、この一個連隊は「女子会」の皆さんであった。
Specilized、TREK、FELT、Bianchi、COLNAGO、GIOS、DE ROZA......、何とまあ、よくぞ、ここまで並べたものだと思ったら、最後の1台はブランド名不明のミニベロの、都合8台であった。
北岸サイクリングロードは軽いカーブはあるもののほぼ真っ直ぐだが、この場所は進行方向に向って右に90度曲がり、10メートルほど走ると左へ90度曲がるという箇所である。
そういう道の作りなので、減速となり、これだけ列をなして走っているのだから、前がつかえるのは必至。
そんな中、最後の1台の、ミニベロさんが横転した。
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前がつかえそうになったので、止まろうとして転倒したようだ。
スピードは殆ど出ておらず、草叢に転倒したので、怪我はなかった。
怪我はなかったが、チェーンが外れていた。
「大丈夫ですか。私がチェーンを直してあげましょう」と背嚢から軍手を取り出し、チェーンを復旧。
時代劇に当て嵌めるなら、街道筋で「お女中、草鞋の紐が切れたとは難儀なことに御座るな。拙者が紐をすげ直して進ぜよう」と言うて居るような感じ。
「どうもありがとうございました」、「いやいや、よくあることですから。まっ、気をつけて」。
「よくあることですから」との言葉を吐いたが、これは実は小生の転倒を思い出してのこと。
恥を申すようながら、4月下旬、屋敷近くの坂道で転倒。
帽子が風で飛びそうになり右手をちょっとハンドルから外した途端、転倒したのであった。
それが幼稚園の前だったので、ヤング・ママさんたち数人が駆け寄って来てくれ、「大丈夫ですか」と。
肘と肩を強打するも脱臼には至らず、それでも痛みが消えるまでに彼是1ケ月掛かった。

ミニベロさんは、前を走っていて戻って来たご一行さんと共に出発。
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よく見ると、みんな、ビンディング・ペダル。
ミニベロさんもビンディングである。
これが転倒の最大の原因だなと思ったが、GG が余計なことを言うのは止めた。

転倒などなかったかの如く、手賀沼北岸、バルビソン村のCRを颯爽と走る「女子会」一個連隊。
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湖上で、そして、陸上での「目撃!ふたつの転倒事件」、人の振り見て我が振り直せ、怪我だけはしないようにして遊ばねば、と思った。

フォト:2013年6月23日

(完)
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by kazusanokami | 2013-06-24 23:58 | エピソード | Comments(0)
2013年 06月 23日

『目撃!ふたつの横転事件』(上)

6月23日(日)。
今日もいい天気。
朝から jitensha で手賀沼周遊。
毎日のように手賀沼を周遊しており、よくもそれで飽きないなと自分でも不思議に思うのだが、飽きないのである。
それは、毎々、いろんなことに遭遇するからかもしれない。

水の館近くで案山子の行列。
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これは、この季節に何で案山子があるんやろ?案山子コンテストでもあったんやろか?と思いながら撮ったもので、特段の事件ではない。
ただ、強いて申せば、左端の案山子が横転している程度かと。
この案山子の横転が、次に続く横転の予兆であるとは誰も(いや、小生だけだ)知る由もなかったのであるが...。

水の館前の畔から手賀沼を眺める。
ヨットが快走している。
先月、「Enjoy!手賀沼」なるイベントで乗船体験させて貰ったディンギーである。
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河童の噴水前を快走する。
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手賀大橋に向け、快走。
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「ほら、坊や。ヨットだよ」と語り掛けているであろう親子さん。
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カメラを下し、ディンギーを眺めていたところ、全艇、橋の手前でUターン。
先月の乗船体験のとき、一枚帆とスティックの操作だけで比較的容易に操船出来ると教えて貰ったが、その話の通り、結構、船速が出ていても、スーッとUターンが出来るんだと思った。
で、その場を立ち去ろうとしたところ、何やら様子が変だ。
目を凝らすと、一艇が横転していた。
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乗船体験のとき、横転してもこのタイプのヨットは直ぐに復元するとの話を聞いた。
お仲間たちが横転したディンギーのところへ戻って来た。
その頃には、ほぼ、復元していた。
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写真データで撮影時刻を見ると、ヨットマンが横転した船体に這い上がろうとしている写真が13時36分43秒、ほぼ復元した写真が13時36分53秒となっており、その差10秒。
それ+アルファとしても、ほんの短い時間で復元していることが分かる。

一昨日、太平洋横断中のニュースキャスター辛坊さんと盲目のヨットマン岩本さんが、ヨットの浸水事故で、海上自衛隊の救難飛行艇により救助された。
浸水の原因は、大きな浮遊物かクジラが当たり、船体を損傷したのではないかと推測されると。
手賀沼には大きな浮遊物はないし、勿論、クジラはいないし、その点では安全だ。
但し、カッパには注意せねばならないだろう。
辛坊さんと岩本さんが無事でよかった。
そして、手賀沼のヨットマンさんも無事でよかった。

フォト:2013年6月23日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-06-23 23:58 | エピソード | Comments(0)
2013年 06月 22日

『心象風景/雨、晴れて』

「雨晴れてターナーの空現れる」。
これは、ロンドン日本人学校の小学6年生の少女が詠んだ句だ。
20数年前のことである。
彼の地に住まいし頃、日本人向けミニコミ誌に掲載されていたこの句を前にして、駐在員の間で「ターナーの絵って見たこと、ありますか?」、「名前は知っているけど、絵は見たことがないね」、「ターナーのコレクションで有名な美術館はテイト・ギャラリーだそうです」との会話があった。
早速、テイト・ギャラリーへ足を運んだ。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner)、イギリスのラファエル前派の画家。
小学6年生の少女がターナーのどんな絵をイメージして句を詠んだのかは分からなかった。
しかし、子供にしてその感性は素晴らしいものだと、絵を鑑賞しながら思った。
余談ながら、テイト・ギャリーで見た絵の中で印象深かったのは、ジョン・エヴァレット・ミレー(John Everett Millais)の「オフェーリア」であった。
この絵のことについても触れたいが、本論から外れてしまうので、ぐっと我慢して次へ。

ターナーといえば、先日の日経新聞文化欄に東京芸術大学美術館で開催されている「夏目漱石の美術世界」に関する紹介記事が掲載されていた。
そこに「『坊ちゃん』、『倫敦塔』、『夢十夜』など初期作品に因む西洋絵画の名作が並ぶ。赤シャツが語るターナーの松とは、これなのか。(略)」との記述があった。
「坊ちゃん」を読んだのは、50年以上も前のことだ。
赤シャツがターナーを語っているとのことだが、これは記憶の外だ。
「坊ちゃん」を読み返してみなければと思った。
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今日は朝から晴天であった。
久し振りの晴天にも拘らず、昼過ぎまで野暮用があり、日課(???)の、カワセミ・スポット&手賀沼周遊に出掛けられなかった。
やっぱり、日課をこなさなければ落ち着きが悪く、夕方から出掛けた。
遠くで雷鳴が轟いているように思えた。
上空には雲が多くなっているように思えた。
カワセミ・スポットに到着して、暫らくすると、雨が降り出した。
先週月曜に続いての、鳥見中の降雨だ。
先日は橋の下だったが、今日はカワセミ・スポット近くの東屋で雨宿りだ。
降っても絶対に濡れない自信がある(変な自信かもしれないが)。
暫らくすると雨は止んだ。
鳥の声がする。
雨が止んで鳥の声がするときは、もう降らないという証だ。
手賀沼南岸を走る。
走りながら、ふと、「雨晴れてターナーの絵現れる」の句が頭の中を過ぎった。
小学6年生の詠んだ句のターナーを小生なりにイメージして、手賀沼東端からの風景を撮ってみた。
20数年前、ターナーの絵に出会えたのは、素晴らしい句を詠んだ小学6年生のお陰である。
20数年後、その句とターナーの絵をイメージして手賀沼の風景を眺めることが出来たのは降雨のお陰である。
降雨に遭遇するのもまんざら悪くはないなと思いながらペダルを漕ぎ、我が家へ戻った。

フォト:2013年6月22日18:44 p.m. 、手賀沼東端曙橋にて
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by kazusanokami | 2013-06-22 23:58 | 心象風景 | Comments(0)
2013年 06月 18日

『手賀沼CR/騎馬民族的ポタリング』

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6月18日、朝から晴れ。
手賀沼西岸のカワセミ・スポットに出掛ける。
子カワセミに大いに遊んで貰った。
関東の jitensha 仲間、ドラポタ藩内の日程連絡に関わる電子飛脚便交信の中で、武衛さんより一句、到来。
「万緑に翡翠の水音跳ね返る」
名句である。

昼時となった。
子カワセミの出がなくなった。
1時過ぎまで待ったが、午前中の何度もの登場に拘らず、再登場せず。
「かわせみや満腹なのか現れず」 霹靂火
駄句、お粗末さま。

こちらは空腹。
一旦、屋敷に戻り、遅めの昼餉を摂る。
今日は、同じ場所にずっといたので、<農耕民族>的スタイルになってしまった。
弓矢を担いで野鳥を追いかける訳ではないが、カメラを担いで jitensha で走り回りながらの探鳥、即ち、<狩猟民族>的スタイルをモットーとしている小生としては、走り足らずの状態にあった。

夕方、曇り空となった。
今日の昼間の暑さからして、曇り空は有難い。
カメラを担いでの jitensha はいつも小径車"ベデワン・ホワイト"なるも、夕方ポタリングは走り優先と考え、大口径車"還暦創輪号"で出掛けた。
過日、関西のjitensha 仲間の松柏木さんから「狩猟民族より、江上波夫風に騎馬民族の方が格好ええんとちゃうん」との話を貰った。
「弓矢、否、カメラ担いでの探鳥やから、狩猟民族にしとくワ。騎馬民族は侵略的なイメージやし」と答えたものの、ノー・カメラで背高で眺めのよい大口径車となれば、<騎馬民族>的スタイルと言ってもよいだろう。
ということで、前言訂正!
なお、<騎馬民族>的スタイルであっても、カメラは携行している。
<狩猟民族>的スタイルのときは一眼レフ、<騎馬民族>的スタイルのときはコンデジを携えて、である。

手賀沼南岸を走っていたところ、田んぼの中に入り込んでいるコブハクチョウのファミリーが目に入った。
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合鴨農法ならぬ、白鳥農法かな?
そんな訳はないだろう。
田んぼの中で、親鳥が幼鳥に採餌の方法を教えているのであろう。

ハス群生地に差し掛かる。
5月の初めにハスの葉が出だしたと思ったら、あっという間にフレッシュな緑が湖面を覆い尽くした。
更に夏に向えば、葉は益々色が濃くなり、河童が傘に使えるように益々大きくなっていくこととなる。
久方ぶりの還暦創輪号である。
ハス群生地をバックに記念撮影(???)をする。
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この季節、手賀沼南岸CRでは、ネムノキの花を見ることができる。
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ネムノキは、何故、漢字で「合歓木」と書くのだろうと、これを調べていたところ、芭蕉が「奥の細道」でこんな句を詠んでいることを知った。
「象潟や 雨に西施が ねぶの花」(きさがたや あめにせいしが ねぶのはな)
象潟は、その昔、その名の通り、海だったのである。
西施は中国の美女の名で、その逸話から「傾国」や「傾城」の言葉が生まれたとのこと。
句意は「象潟の雨に濡れて咲いている合歓の花は(かの美女の誉れ高い)西施が(目を閉じて)眠っているかのような趣である」。
芭蕉は、故事や歴史、先達が詠んだ和歌などに精通し、それらに照らして詠んでいる句がある。
こちとらは、アンチョコがないと芭蕉の句が理解出来ない。
悔しい!

「合歓木」の由来も綴っておこう。
ネムノキは夕方になると葉と葉をあわせて閉じて眠っているよう見えるところから、日本語では眠(ねむ)、或いは、眠(ねぶ)の木と言い、漢語では合歓となっているとの由。
これからは「眠(ねぶ)の木」と言うことにしよう。

つい、先日、松柏木さんのご推奨により"LINE"をスマホに立ち上げた。
"LINE"は無料で通話とチャット風電子飛脚便交信が出来る優れものである。
で、松柏木さんから"LINE"を通じて「カワセミ三昧。外で遊んで、昼に帰って、ご飯食べて、また、外へ行く。まるで少年。実にええことです」とのメッセージを頂戴した。
「少年とは嬉しいですね。少年ならぬ、症年かもしれんけど。夕焼け小焼けのメロディーが流れてもまだ外で遊んでいる不良症年 hekirekikakun」と書き込み、返信。

夕方6時半、カワセミ・スポットの池には既に街灯が点っていた。
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もうひとつのスポット、ミニ親水池にも既に街灯が点っていた。
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<農耕民族>的スタイルと<騎馬民族>的スタイルで過ごした一日であった。

フォト:2013年6月18日
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by kazusanokami | 2013-06-18 23:58 | 上総の昼餉散歩 | Comments(4)
2013年 06月 16日

『上総の昼餉散歩/橋の下で雨宿り』

少々、旧聞に属するが、6月10日(月)の「上総の昼餉散歩」を綴っておこう。

早朝散歩に出掛けた。
屋敷そばの公園の紫陽花を眺めていたところ、何と、赤い紫陽花があるではないか。
ここ暫らく、梅雨の中休み。
カメラに収めるなら、霧吹きで吹いてやり、「ハイドレンジア」の名に相応しい、瑞々しい姿で、などと思いつつ屋敷に戻った。

昼餉前、《獅熊くん》を連れて、手賀川のオオヨシキリ・スポットに出掛けた。
朝からずっと曇り空。
雨の予報はなかった。

ギョシギョシとオオヨシキリの声が大きく聞こえるところで暫し待つ。
オオヨシキリが葦の茎を上って来る。
ベスト・ポジションになかなか来てくれない。
シャッターを切っているだけでも楽しいので、今日はそれで我慢しようと、どんどん、シャッターを切る。
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暫らくすると、空に黒雲が広がって来た。
冷たい風も吹いて来る。
こりゃー、一雨くるな、と思い、カメラをバッグに仕舞い、出発。
途中、降り出せば、手賀沼東端のフィッシング・センターの東屋で雨宿りだ、と覚悟を決めて。
走り出して暫らくすると、パラパラと降り出した。
カメラを持っていなければ、雨に濡れてもどうっていうことはないが、この日は濡れる訳には行かない。
手賀川には、幾つかの橋が架かっている。
そのうちのひとつ、水道橋に差し掛かった。
橋の袂の土手の草叢を掻き分けて、橋の下へ。
濡れずに済んだ。
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雨が止むのを待ちながら、盟友 松柏木さんとケータイ会話。
雨が止むのを待ちながら、スマホで天気予報を検索。
「曇り、降水確率12-18時 20%」。
天気予報は当たっていないよう。
雨が止むのを待ちながら、シンメトリーを撮って遊ぶ。
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足元を見ると、アリが群れている。
橋の下に彼らの巣があるのだろうか、それとも、おいらと同じく、雨宿りだろうかと思いながら、アリと遊ぶ。
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小降りになった。
もう少しすれば止むだろうと思った瞬間、ザーッと大粒の雨が。
コンクリート床の水溜りに雨が跳ねる。
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こりゃー、長期戦かも、と思うと空腹を感じる。
冷たい風が吹いている。
いつもは、mont-bell 製の唐辛子色の薄手のウィンド・ブレーカーを携行しているのだが、この日は持ちおらず。
空を眺める。
東の空、南の空、西の空はそれなりに明るいのだが、上空は真っ暗。
やっぱり、上空の黒雲がワルさをしているのだ。
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舌切り雀のおじいさんが担いでいる葛篭箱のような、Lowepro 製カメラバッグのレイン・カバーを探す。
確か、あったはずなのだが、見つからない。
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橋の端っこに設けられた樋から雨水がジャージャーと流れる。
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待つこと、おおよそ1時間半。
漸く、雨が上がった。
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雨が降り出して、一旦小康状態になったときには、鳥の声もスズメの姿もななく、そのあと、大降りの雨となった。
しかし、今度は、鳥の声が聞こえ、スズメの飛ぶ姿も見える。
ということは、暫らくは降らないと鳥たちが教えてくれているんだと思い、出発することにした。
葛篭箱、いや、カメラ・バッグを担ぎ、jitensha を押して土手を上る。
万一の場合の雨宿りの場所を、手賀沼東端のフィッシング・センター、手賀沼北岸CR中ほどの東屋と想定しながら走る。
その後は降られることなく、無事、屋敷近くに到着。
霧吹きは不要となった、真っ赤な紫陽花を眺める。
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ヨドバシカメラ上野店に電話で Lowepro製カメラバッグのレインカバーについて尋ねる。
尋ねながら、電脳網で Lowepro のHPを眺める。
「ロープロ プロランナー450AW」を見たところ、レインカバーを被せた写真が掲載されている。
カメラバッグを、今一度、見てみた。
あった!隠れるようにして格納されていた。
「もし、もし。発見できました。有難う」。
この日は、昼餉も持たず、ウィンド・ブレーカーも持たず、防水袋も持たず、雨具の確認もせずで、もし、これが山だったら遭難やと反省させられた雨であった。
一方、この日の雨は、紫陽花にとっては慈雨であった。

フォト:2013年6月10日
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by kazusanokami | 2013-06-16 11:06 | 上総の昼餉散歩 | Comments(2)
2013年 06月 13日

『麦秋の小貝川を走る』

マイ・ホーム・コース、手賀沼を走っていると、稲の緑の中に茶色く色づいた区画が目に入る。
麦の実り、麦秋である。
麦秋、いい言葉だ。
いい言葉だと思いながら、幾度が走った小貝川CR周辺の麦畑の風景も目に浮かぶ。
ドラポタ、6月定例は「麦秋の小貝川を走る」と題し、小貝川CRを走ることにした。

6月8日(土)9時、JR我孫子駅に集合。
メンバーは、伊豆守殿、南国守殿、そして、上総の三名。
コンビニで昼餉の握り飯を調達し、出発。
コースは、我孫子駅~新大利根橋~守谷~稲豊橋/小貝川渡橋~小貝川左岸CRを遡る~福岡堰~折り返して、小貝川右岸CRを下る~稲豊橋~専称寺/間宮林蔵墓所~間宮林蔵生家~岡堰・中島&龍神岬~ひたすら、河口を目指し、走る~豊田堰~河口~栄橋/利根川渡橋~布佐~手賀川CR~手賀沼CR~我孫子駅。

稲豊橋から小貝川左岸CRを上流に向け走り、福岡堰を目指す。
小貝川は、河川敷の広い利根川や荒川などと異なり、川の流れとサイクリングロードの距離が近く、気持ちがよい。
「そろそろ、沈下橋が見えて来ます」。
沈下橋を背景に「今日の jitensha」。
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沈下橋を眺める。
「福岡堰で折り返したら、右岸を走りますんで、帰りにこの沈下橋を渡りましょう」。
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遠く、筑波山を背景に「麦秋」を一枚。
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福岡堰に到着。
冬場は河原が見えるくらいに水量が少ないが、この時期は満々と水を湛え、湖のようになっている。
筑波山を借景に「今日の jitensha/その2」。
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福岡堰の公園で昼餉を摂る。
火器、コッヘル、水の、ミニ野点セットを持参。
湯を沸かし、即席味噌汁を作る。
食後の珈琲も。

堰を渡り、右岸へ。
折角だから、筑波山を借景に「今日の jitensha/その3」を。
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小貝川右岸を走り、下流に向う。
沈下橋が見えて来る。
「伊豆さん、南国さん、ちょっと演出させてください。私が先に渡ってカメラを構えますんで、それから渡ってください」。
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「次は上総さん」と伊豆さんがカメラマンになって、同様に。
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「ここで必ず撮る構図があるんです」と上総カメラマンは橋の下へ。
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稲豊橋を過ぎた辺りから間宮林蔵ゆかりの地となる。

先ず、専称寺に立ち寄る。
2009年秋、「伊能忠敬、間宮林蔵ゆかりの地を訪ねて」と題し、各地をポタリングした際の薀蓄含蓄を伊豆殿と南国殿にご披露し、間宮林蔵が1808年(文化5年)の樺太探検前に自ら建立した墓と両親の墓、そして、1908年(明治43年)に建立された顕彰碑「間宮先生埋骨之處」をご案内。
以前、訪れたときにはなかった、真新しい石像が境内に建立されていた。
胸に子供を抱き、足元に二人の子供が纏わりついている姿からして、子安観音菩薩と思われる。
よきお姿である。
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専称寺に程近い、間宮林蔵の生家と記念館に立ち寄った。
生家の床は黒光りする程によく磨かれていた。
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記念館はこれまで無料であったが、7月から有料になるとのことだった。
無料であることに越したことはないが、維持費は必要だ。

岡堰。
間宮林蔵、十代半ばの頃に堰を築く方法によい知恵を出し、これが幕府の役人に評価され、探検家への道に繋がる切っ掛けとなった場所だ。
昭和期の遺構。
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現在の堰。
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遺構の脇に「堰水普沃土潤」と刻まれた碑があり、その裏面には岡堰の設計、建設に携わった建設省の人たちの名前も刻まれている。
そのことをブログに綴ったところ、見知らぬ方ながら、そのご子息から「父の足跡が分かり、感謝」との書き込みを頂戴したことがあった。
そのブログは、2009年10月15日付『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/下総国岡村編』第16話と同17日付第18話である。

小貝川右岸CRを河口に向け、どんどん走る。
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水戸街道やJR常磐線を横切り、数キロ走ると豊田堰が見えて来る。
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豊田堰で一服。
そして、利根川に流れ込む河口を眺める。
布佐、手賀川CR、手賀沼北岸CRを経由して、我孫子駅にゴールとなった。
走行距離、久々の80km超。
仲間が一緒だと、これくらいの距離も苦にならない(ホンマかな?)。
幾度も走ったコースだが、何度走っても楽しめるコースだ。
福岡堰、岡堰、豊田堰の関東三大堰、間宮林蔵、麦畑、沈下橋、鳥の声など、盛りだくさんの小貝川ポタリングであった。

フォト:2013年6月8日
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by kazusanokami | 2013-06-13 20:09 | 小貝川ポタ | Comments(2)