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2013年 12月 31日

『高野山/ゆく年くる年』

11月下旬、高野山を訪ねた。
12月下旬、ハリポタ藩軍師六々守殿より「2月1日(土)高野山オトナの遠足。厳冬の雪の高野山を歩いてみたいと思います。詳細は後日ご連絡します。出欠をご連絡ください」とのハリポタ企画の案内があった。
11月下旬に高野山を訪ねた際は、時間の都合上、奥の院御廟と15m先に弘法大師が御座らっしゃるという燈納堂地下拝所を駆け足で参拝しただけであったので、今一度、高野山を訪ねたいと思っていた。
ハリポタ企画で、2月に高野山を訪ねた際には、少なくとも次の三つを全うしたいと思っている。
(1)大門からゆるりと東へ歩み、金剛峯寺をはじめ、通りの両側に並ぶ寺々を訪ねてみたい。
(2)注連縄の代わりの白い紙の、切り絵の干支を見てみたい。
(3)一の橋から奥の院への参道に並ぶ武将の供養塔、殊に、「赤穂浪士討入凱旋の旅」<番外編>として浅野内匠頭供養塔を訪ねてみたい。

11月下旬の高野山。
前日に降った雪がうっすらと残っていた。
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注連縄の代わりの白い紙。
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高野山では米が取れない。
米が取れないので、藁がない。
藁がないので、注連縄が作れない。
注連縄の代わりに白い紙を貼っている。
白い紙は一枚だけ貼られているところもあるし、写真のように、白い紙が三枚貼られているところもある。
右から、「寿」、「宝珠」、「干支/巳」となっている。
左端の白い紙の、「干支/巳」をアップで。
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来年はこの白い紙が「干支/午」となっていることであろう。

奥の院参道ガイドマップ。
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武田信玄供養塔、上杉謙信霊屋、豊臣家供養塔、織田信長供養塔をはじめ名立たる武将らの供養塔が並んでいる。
「浅野内匠頭供養塔」は、参道を東へ歩み、御廟橋手前の南にさがった辺りに。
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高野山については予習済みだ。
2月の、雪の高野山が楽しみだ。

フォト:2013年11月30日
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by kazusanokami | 2013-12-31 23:45 | 名所旧跡 | Comments(0)
2013年 12月 17日

『しまなみ海道ポタリング 2013/瀬戸田~尾道、輪行の巻』 sk-21

瀬戸田港から高速艇で尾道へと向う。
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往路と同様、jitensha は居室内に。
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広島からの皆さんの jitensha も撮っておこう。
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晴れ、そして、暑いので、居室前方開口部はオープンに。
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前日は雨に煙る中で見た、新造チップ船"DAIO PAPYRUS"。
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遠く、岩子島の厳島神社を眺める。
次回は、因島から岩子島に渡り、この厳島神社を訪ねてみたいと思いながら...。
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尾道水道に入る。
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尾道桟橋への着桟態勢に入る。
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ぐるっとターンし、出船状態で着桟する。
いつも思うことだが、着桟の操船は上手いものだ。
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下船。
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JR尾道駅から帰途に就く。

こうして、ハリポタ秋の大遠征2013は無事に終わった。
雨と晴れ、両方の景色を楽しんだ。
しまなみ海道は今回で5回目。
毎年、同じコースを走るということは体力比較が出来るということでもある。
今回も橋への坂道を上ることが出来た。
カレイ山展望台も、<押し>も混ぜてではあるが、上ることが出来た。
来年も、しまなみ海道を走ってみたい。
出来ることなら、岩子島/厳島神社、因島公園展望台、大島/亀山展望台に立ち寄ってみたい。

フォト:2013年10月6日

(完)
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by kazusanokami | 2013-12-17 01:39 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 16日

『しまなみ海道ポタリング 2013/生口島を走るの巻』 sk-20

「しまなみ海道ポタリング 2013」、最後の行程となる。
多々羅大橋を渡り、生口島西岸を走り、瀬戸田港へと向う。
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おっ、海のアオサギだ!
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アップで。
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この海岸線を走るとき、いつも気になるモニュメント。
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作者や標題は分からない。
モニュメント「三角の風見鶏」と勝手に名付けている。

穏やかな内海。
高根島(こうねじま)と彼方に見える山並みは本州だ。
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造船所も見える。
アップで。
幸陽船渠だ。
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走る。
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旧瀬戸田西小学校前を通る。
廃校後も残っていた木造2階建て校舎や二宮金次郎像を見るのが楽しみであったが、数年前に解体され、最早、これらを見ることは出来ない。
学校跡の向いの浜に、お地蔵さんが鎮座している。
海に向って建立されており、お地蔵さんの後ろ姿を拝むのがこの道を走るときの楽しみのひとつである。
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先行していた六々さんの姿が見える。
「瀬戸田港のゴールは一緒にと思って、待ってました」と六々さん。
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高根大橋を間近に。
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瀬戸田港にゴール。
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ついでに、デジタル時計も。
デジタル時計は素っ気ないが、気温や湿度も表示されており、記録として役に立つ。
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尾道行き渡船は午後3時30分発。
ちょっと時間があるので、瀬戸田の町のお気に入り民家まで jitensha を走らせる。
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フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-16 23:58 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 13日

『しまなみ海道ポタリング 2013/多々羅大橋を渡るの巻』 sk-19

多々羅大橋を渡る。
今回のしまなみ海道ポタリング最後の橋である。
大橋までのアプローチを味わいながら上る。
この上りも結構きつい。
しかし、そんなことは言っておれない。
前方に、<押し>ではあるが、こんな姿を見たことでもあるので...。
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多々羅大橋西詰から斜長橋を眺める。
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「斜長橋」と「吊り橋」はどう違うのか。
広義には「斜長橋」も「吊り橋」の一種であるが、専門的には区別されている。
「斜長橋」は、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接繋いで、支える構造のもの。
「吊り橋」は、塔と塔の間にメインケーブルを渡し、メインケーブルから垂らしたハンガーロープで桁を吊り、メインケーブルは両端に置かれたアンカーブロックで繋ぎ止める構造のもの。

多々羅大橋から南側の島々を眺める。
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向い風がきつい。
塔に風が当たり、風が舞っているからだろう。
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多々羅大橋東詰近くから柵越しに眺める。
眼下に何度か走った道を見るのも面白いものだ。
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多々羅大橋東詰から斜長橋を眺める。
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前日、この辺りはスリーデー・マーチの人たちで賑わっていたが、この日はひっそりとしていた。
さあ、あとは瀬戸田港に向うだけだ。
坂道を一気に駆け下り、生口島西岸を走る。

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-13 23:58 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 12日

『しまなみ海道ポタリング 2013/大三島橋を渡るの巻』 sk-18

伯方島から大三島へと向う。
大三島橋へのアプローチは、結構、長くて、きつい。
先行の、六々さんの姿は見えなくなった。
マイ・ペースで上る。
大三島橋を渡る。
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右手、遠く、多々羅大橋が見える。
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アーチ部に近づいて行く。
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アーチ部を額縁に、遠く、多々羅大橋を眺める。
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アーチリブの下を走る。
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大三島橋は、短いながら、数ある本四連絡橋の中で独特である。
即ち、1979年、本四連絡橋の中で最初に開通した橋であるであることと、唯一のアーチ橋であることだ。
因みに、本四連絡橋のそれぞれの橋の構造は次の通りである。
<尾道・今治ルート>新尾道大橋/斜長橋、因島大橋/吊り橋、生口島/斜長橋、多々羅大橋/斜長橋、大三島橋/アーチ橋、伯方橋/箱桁橋+大島大橋/吊り橋、来島海峡大橋/吊り橋
<児島・坂出ルート>瀬戸大橋/吊り橋+斜長橋+トラス橋
<明石・鳴門ルート>明石海峡大橋/吊り橋、大鳴門橋/吊り橋

大三島橋を渡り、大三島側からアーチ橋を眺める。
美しい造形だ。
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大三島の東岸をひたすら走る。
先行の、六々さんの姿は見えない。
マイ・ペースで走る。
多々羅大橋が徐々に大きく見えて来た。
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腕時計は午後2時を指している。
瀬戸田発尾道行き渡船は午後3時半発だ。
特段のことがない限り、十分に間に合う。
多々羅大橋へのアプローチを上る。

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-12 18:15 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 11日

『しまなみ海道ポタリング 2013/伯方の塩ソフトの巻』 sk-17

伯方・大島大橋を渡る。
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「道の駅 伯方S・Cパーク(マリンオアシスはかた)まで 2.5km」。
この標識が「伯方の塩ソフト」に見えてくる。
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宮窪瀬戸の潮の流れを眺めていたので、先行組に遅れをとっていたが、漸く、追いつく。
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伯方・大島大橋から伯方ビーチと、伯方の塩ソフト、否、道の駅伯方S・Cパークを望む。
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伯方・大島大橋を渡り切り、伯方島に入る。
伯方ビーチ。
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伯方ビーチボーイズ。
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伯方の塩ソフト・カップル。
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伯方の塩ソフトを買い求める播磨さん、六々さん、御典医さん、そして、他所の人(右から)。
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塩ソフトを食べ終える。
「ほんなら、ワタシら、ここからバスで帰ります」と播磨さんと御典医さん。
伯方島のバス停で別れる。
本町さんは、四国に渡るとのことにて、既に、大島の「水軍レストラン」で別れた。
ということで、五人から二人となった。

歌舞伎風しまなみ五人男やで 霹靂火

しまなみや自走もバスも得意技 霹靂火

しまなみや瀬戸田戻りは二人連れ 霹靂火

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-11 18:19 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 10日

『しまなみ海道ポタリング 2013/再びの、能島水軍、渦潮の巻』 sk-16

水軍レストランから伯方・大島大橋に向う。
右手に激しい潮の流れが見えて来た。
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前日、雨中行軍でこの景色を眺め、そのとき、晴天の下でも眺めることを楽しみにしていた風景である。
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村上水軍の居城の島、能島と、盆栽の如き島、鯛崎島。
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アップで。
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船折瀬戸と伯方島の町並み。
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観潮を楽しむ六々さん。
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前日は雨、この日は晴れ。
二日間で、雨と晴れのふたつの風景を楽しむことが出来た。

水軍や渦巻き巻きて秋の風 霹靂火

大島石にも随分と楽しませて貰った。
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さあ、伯方・大島大橋を上るぞ!
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フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-10 23:58 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 09日

『しまなみ海道ポタリング 2013/水軍レストランの巻』 sk-15

カレイ山を下り、村上水軍博物館前の「水軍レストラン」へと向う。
秋祭りの幟旗が季節を感じさせる。
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「お大師さんのおる島」。
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「いる」ではなく、「おる」というのがよい。
伊予弁で刻まれているところがよい。
お大師さんの「大」と「島」を大きく刻み、「大島」の洒落となっているところがよい。

「水軍レストラン」で、御典医さん、播磨さん、本町さんと合流する。
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[「因島水軍まつり」、「全国水軍まつり」。
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これは去年のポスターだ。
FACE BOOK「全国水軍まつり」によれば、昨夏、松浦水軍(長崎県松浦市)、熊野水軍(和歌山県新宮市)、毛利水軍(山口県萩市)、能島村上水軍(愛媛県今治市)、三島水軍(愛媛県今治市)、河野水軍(広島県豊田郡)、因島村上水軍(広島県尾道市)らが因島に集まり、盛大に催されたとのことだ。

注文の品が運ばれて来る間、水槽を楽しむ。
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ウニを眺めながら、9月末で終わった朝ドラ「あまちゃん」の余韻を楽しむ。
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昼餉を終えて、岸壁からの風景を楽しむ。
先ほど、登ったカレイ山は右手の方であろうか...。
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採石場をアップで。
カレイ山を登る途中、谷を挟んで眺めた採石場はこの採石場だったかもしれない。
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潮流体験乗船場から、鵜島、能島、鯛崎島を眺める。
更には、その向こうには、伯方・大島大橋や伯方島も見える。
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水軍レストランを出発。
宮窪漁港脇を走り抜ける。
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ここでも、秋祭りの幟旗がはためき、季節を感じさせる。

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-09 23:58 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 08日

『しまなみ海道ポタリング 2013/カレイ山展望公園の巻(下)』 sk-14

大島石に刻まれた「瀬戸の水軍」碑を楽しんだあと、同じく、大島石に刻まれた「遠見茶屋」の案内に誘われて、遠見茶屋へ。
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メニューを眺めながら、「カレイ山でカレーライス」とベタな駄洒落が頭をかすめる。
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大島石製フクロウの親子が出迎えてくれる。
前日の雨の溜まり具合が絶妙だ。
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大島石製カレイが出迎えてくれる。
「カレイ山のカレイ」とベタな駄洒落が頭をかすめる。
その一方で、これは、カレイかヒラメかとの疑問も湧く。
「左ヒラメに右カレイ」。
目は右側に寄っているようだし、当然、作者は「カレイ山のカレイ」を意識しながら製作したことだろうし、これはカレイでよいだろうと、「カレイ山でカレイ」のベタな駄洒落を正当化する。
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遠見茶屋からの眺め。
左側、少々、木立に隠れているが、鵜島、能島、鯛崎島が俯瞰できる。
大島の半島の後方に、うっすらと四国の山並みも見える。
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昼餉は、村上水軍博物館組の御典医さん、播磨さん、本町さんと一緒に、漁協の食堂で摂る約束となっているので、「カレイ山でカレーライス」は止め、アイスコーヒーを注文する。
ずっと気になっていたことを茶屋のおかみさん(???)に尋ねてみた。
「カレイ山は、何故、カタカナなんでしょうか?名前の由来も知りたいところです」。
「カレイは水が枯れるという意味なんです。よく質問されますので、こんな説明書きを準備しています」とプレスチック・ケースに入った書き物を見せてくれた。
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カレイ山の由来
西日本で[カレイ]の地名は、「水の枯(涸)れやすい場所(枯井)」を意味するようで、川・沢・山・谷などの地名に多く見受けられます。
漢字表記も様々で、「枯井」以外では、嘉例・佳例・狩居・神洗・加嶺・加令・王余魚・鰈などがあります。
宮窪のカレイ山は、カタカナ標記を使用しており、「水の枯れやすい山」を意味するものと考えられます。
地質は、大島石の採掘場に象徴されるように、保水性に乏しい花崗岩質です。
そのためか、カレイ山には"水の谷"という地名が存在し、水のありかを教えてくれます。
---------------------------
由来好きには、誠に結構な解説である。
西日本各地の「カレイ」が具体的には何処にあるのだろう?と思い、「枯井・嘉例・佳例・狩居・神洗・加嶺・加令・王余魚・鰈」で検索してみた。
「...来店者から多い質問ですが、『カレイ山は、どうしてカレイ山って言うの?』。今春から増えるかも知れない来店者を考えた時、“分からないまま”ではいかなくなってきました。お客様と接する女性店員のため、ちょっと調べてみました」との前置きで始まるサイトにヒットした。
プラスチック・ケースに入った説明書きの"元ネタ"のサイトにヒットしたのであった。
このサイトによると;
・愛媛県―西予市三瓶町/枯井(カレイ)崎
・香川県―東かがわ市/狩居(カレイ)川、三豊市/加嶺(カレイ)峠
・徳島県―海部郡海陽町/王余魚(カレイ)谷
・高知県―安芸市/枯井(カレイ)谷
・広島県/神洗(カレイ)川
・島根県/加令(カレイ)谷川
・長崎県/嘉例(カレイ)川
・鹿児島県/佳例(カレイ)川
の事例が列挙されている。
試しに、YAHOO!マップで「枯井崎」を検索したところ、見事に(???)、愛媛県西予市の枯井崎が現れた。
やっぱり、地名の由来はなかなか面白い。

更に、同じく、プラスチック・ケースに入った、遠見茶屋からの俯瞰図も見せて貰った。
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手前/宮窪瀬戸と鵜島、能島、鯛崎島などの島々、その向こうは大島の半島、更に向こうは燧灘(ひうちなだ)、その後方は愛媛県の山々(右端、石鎚山)と町(左から、川之江、新居浜、西条、伊予小松)。
4年前の「燧灘ポタ/讃岐国から伊豫国へ、ちょっとだけ越境の旅」を思い出す。
そして、昨年、ハリポタ藩秋の大遠征で、台風襲来の最中、燧灘に浮かぶ無人島「豊島」に渡ったことも思い出す。

大島石製プレペラ。
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水軍が活躍した時代は櫂に櫓で、文明の利器、プロペラはまだなかったのだが...。

駐車場に戻る。
大島石の「蚤の市」を眺める。
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端材であったも、ひと手間かければ、立派な道具や置物に変身するのだ。
遠見茶屋の案内標識、フクロウ、カレイ、プロペラ、然り。

駐車場では、「さっき、港でもろうて来たんや」と、御老体数人が集まって、イカの処理中。
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のどかだ。
ひとりの御老体から「これ、食べなさい」と熟し柿を頂戴する。
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カレイ山押して望みて能島城 霹靂火

カレイ山からの展望を満喫し、一気にカレイ山を駆け下り、村上水軍博物館前の食堂へと向う。

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-08 11:37 | しまなみ海道2013 | Comments(0)
2013年 12月 06日

『しまなみ海道ポタリング 2013/カレイ山展望公園の巻(中)』 sk-13

カレイ山展望公園。
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標高232mからの眺め。
左/大島北部の一部、右/鵜島、前方遠望/伯方島の一部。
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アップで。
手前/船折瀬戸、中央/伯方島、その後方に重なる島は手前/岩城島、後方/因島。
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地図と照らし合わせながら、島々の名を調べるのはなかなか面白い。

「瀬戸の水軍」碑。
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------------------------------
瀬戸の水軍
唄 鳥羽一郎
作詞 祝部禧丸
作曲 平川竜城

船の舳先で 杯割って
天がさだめる 命船
戦に燃える 若武者を
守ってくれよ 海の神
五尺五寸の 五尺五寸の 太刀を振る

武運長久 三島の神社に
祈る勇者の 伊達姿
嵐にむかう 男意気
穢しちゃならぬ 瀬戸の海
天に向かって 天に向って 矢を放つ

時代は流れる 運命めとともに
かけた命の 男華
波間に散った つわものの
昔を語る 武勇伝
海を見おろす 海を見おろす 海を見おろす夢の跡

絵 小早疾走 
   香川元太郎
宮窪町観光協会
平成十二年四月吉日
------------------------------
誠に結構な歌詞である。
「五尺五寸の太刀」。
メートルに置き直すと約166cm。
「五尺五寸」は語呂合わせであろうが、三尺以上の太刀は大太刀である。
二番の歌詞に出てくる「三島の神社」、即ち、大山祇神社は日本一の甲冑・刀剣を所蔵する神社といわれており、ここで大きく反り返った長尺の太刀を見たことを思い出す。

「波間に散った つわものの 昔を語る 武勇伝」。
戦国時代、瀬戸内海では、能島村上、来島村上、因島村上が率いる水軍のほか、生口水軍(生口島)、浦水軍(忠海)、多賀谷水軍(下蒲刈島)、忽那水軍(忽那島)など、数々の水軍が割拠した。
中でも、村上武吉が率いる能島水軍はつとに有名である。
=備考=
「水軍」という言葉は後世の研究者が使った言葉である。
本来は、「海賊衆」もしくは「警固衆(けごしゅう)」である。
航行する船や旅人から金品を略奪するものもいたが、航行の安全を守るものもいた。
現在では「海賊」という言葉は<悪>のイメージであるが、本来の「海賊」という言葉はそれが全てではない。
「水軍」は海上軍事力の意であるが、「海賊」はそれが全てではない。

「瀬戸の水軍」碑に刻まれた絵がこれまたなかなか結構だ。
碑の趣きをぐっと盛り上げている。
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舳先と能島をアップで。
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絵の作者は、香川元太郎。
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作者のことについて、調べてみた。
------------------------
香川元太郎。
愛媛県松山市出身。
日本画家、イラストレーター、絵本作家。
武蔵野美術大学、同大学院修士課程修了。
大学3年の時、日本画公募展の創画展に入選、以後、創画展6回。
春季創画展7回入選。
著書・作品:
『日本の城』 (世界文化社)
『分解図鑑 日本の建造物』 (東京堂出版)
『伊予水軍物語』(今治市教育委員会)
『戦国の堅城』(学研)
『鳥瞰図でみる日本の城』 (PHP研究所)
『迷路絵本』シリーズ (PHP研究所)
『かずの冒険』シリーズ (小学館)
『昆虫の迷路』(PHP研究所)
『戦国の城の全史』 (学研)
『暦群図解マスター 城』(学研)
香川の日本画が池袋の丸の内線構内に!!
(出典/"香川元太郎 GALLERY" 抜粋)
----------------------
城に関わる著書が多い。
城マニアの武蔵守殿は香川元太郎の名を知っているかもしれない。
聞いてみよう。
図書館で見てみよう。
丸の内線池袋構内へ行ってみよう。

「遠見茶屋」の標識に誘われて、そちらへと向う。

フォト:2013年10月6日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-12-06 23:58 | しまなみ海道2013 | Comments(0)