2014年 06月 25日
長らく、マイ・ブログ『上総守が行く!』をご愛顧を賜って参りましたが、新たに二代目を開設し、掲載を続けることと致しました。 二代目のブログ名およびURLは次の通りです。 ブログ名:「上総守が行く!(二代目)」 URL:http://kazusankm2.exblog.jp/ 二代目は、こちらをポチッ! 「上総守が行く!(二代目)」 思い起せば、初代『上総守が行く!』を2007年の夏に開設以来、数多の記事を掲載して参りましたが、エキサイトブログのアクセス解析をみますと約7年間で80,000回超(PCのみ)もの訪問をいただいております。 昔も今も、絶えず、訪問のある記事としましては、例えば、「ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」の第14話「護国寺墓所」(2009年8月12日付)や「ドラポタ藩/印旛沼"野点"ポタ」の第3話「白藤養魚」(2010年11月29日付)があります。 白藤養魚さんには、この翌年も鰻の白焼きを買いに行っており、その際、「白藤養魚のことをブログに載せてくださっている方ですか」と声を掛けられたことが思い出されます。 「伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて」の第18話「岡堰」では、或る方からこのブログを見て親御さんがどのような仕事をしていたかを知ることが出来て有難かったとの書き込みを頂戴したことがあります。 ブログには思いも寄らぬ<効用>があるんだと認識したこともありました。 ブログの<効用>と言えば、数年前、久方ぶりに会った先輩から「上総くん、自転車とブログという、いい趣味を見つけたね。自分は足腰が弱り、旅に行けないけれど、君のブログで旅をしているんだよ」との言葉を頂戴したこともありました。 ブログを続けることが出来ているのは、この先輩の言葉に拠るところ、大であります。 旅と言えば、ホテル・旅行の口コミサイト「トリップアドバイザー」から同サイトに「八重山諸島ポタ」の第70話「小浜島を巡る/シュガーロード」(2010年7月21日付)を掲載させて欲しいとのリクエストがあり、掲載されたこともありました。 初代『上総守が行く!』をご愛顧賜りましたこと、心より御礼申し上げます。 『上総守が行く!』は二代目が襲名することと相成りますが、初代の『上総守が行く!』も閉じることなく、オープンし続けますので、初代、二代目とも今後もご愛顧賜りますようよろしくお願い申し上げます。 2014年6月30日 #
by kazusanokami
| 2014-06-25 21:41
2014年 06月 23日
6月14日(土曜)、晴れ。 午前8時、北鎌倉駅集合。 ドラポタ鎌倉ポタリングは、4月に続いて、今年、二度目の企画だ。 出馬は、伊豆守殿、武衛殿、南国守殿の三名。 大給守殿は参勤交代で国許にて草刈り、上総は定期検診にて、この二人は不出馬。 今回の企画は南国守殿によるもの。 題して、「鎌倉紫陽花めぐり&鯵祭」。 「紫陽花」は、当然のことながら、花のアジサイ。 「鯵祭」は、鎌倉ポタでの昼餉は逗子・小坪漁港のゆうき食堂を常としており、ゆうき食堂のアジの刺身定食と紫陽花を引っ掛けての南国守流の洒落、「鯵祭(あじさい)」なのである。 ルート設定において、2年前の経験から、紫陽花の有名どころである明月院や成就院は花の数より人の数の方が多いよと、不出馬ながら外野席からアドバイス。 ~~~~~~~ 2年前、2012年6月の、名月院の様子を思い出して。 朝8時前、開門前から長蛇の列。 境内中央路は大混雑。 ~~~~~~~ 14日当日のケータイ実況中継はなかった。 電子飛脚便でのレポートがあるだろうと思い、待つも、15日、16日とそれも届かず。 ドラポタの世話役としては、月々のポタの日程調整や企画調整をやって来ており、不出馬であっても、ポタの様子を承知しておく必要がある。 6月17日、「鎌倉紫陽花巡り&鯵祭参加者殿 14日のポタに関わるレポートが全くないのは寂しい限り。実況中継あるいは事後報告はドラポタの法度であります。上総」の旨、電子飛脚便を遣わした。 小一時間後、南国守殿から電子飛脚便が遣わされた。 -------------------- ご家老殿 大給守殿 大変失礼いたし候 14日のポタ報告 8時に北鎌倉集合 愛馬を担いでいざ円覚寺へ、 開門早々の為人目もまばら、早朝の古寺は何となく風勢があり、ほほを伝う風もさわやか、 円覚寺の紫陽花はこれからという感じでまだ3~4分咲、若い外人グループに若いお坊さんの 英語での解説風景が観光鎌倉の原風景か、、、 円覚寺をあとに、明月院に向うも、北鎌倉駅から延々と続く人並みに、そく計画変更、東慶寺へ、、、 こちらは人でもそれほどでもなく、門をくぐってすぐ左サイドに今までみたこともない白い形の変わった、 長細い馬の鼻先だけを切ったような紫陽花が、家族連れが足を止めてついカメラをむけていた、 その向こうの小池に紫色の花を広げた菖蒲が、「いずれ、アヤメかカキツバタ、はたまた菖蒲か?」 ここに上総殿がいればきちんと見分けたあとに口上が、、、 木漏れ日こぼれる参道をゆっくり上っていくと、苔むす岩肌にちいさな可憐な紫の花が、これが岩たばこの 花か、、さらに、殆ど人影のない参道を進むと、200年以上の樹齢の杉木立に囲まれた中に厚い杉苔が 蒸した墓石がそこそこに、、、鶯の鳴き声が読経にも聞こえてきそうな想幻(幻想ではない)な雰囲気に酔いながら、 東慶寺をあとに、鎌倉街道を一路長谷寺に、、、 日本人の特性か、有名紫陽花寺院をどこもすごい人で、紫陽花の名所とすれが明月院が東の横綱なら 長谷寺は西の横綱、紫陽花散策路は整理券を発行、われわれも30分待ち、やっと入場できたかと思えば 紫陽花より人のお尻が目の前に、、、それでもなんと紫陽花の種類の多さよ、、、 人息に翻弄されて足早に長谷寺をでて、近くの光則寺へ、この寺を訪問してなにより良かったのは、 長谷寺で見られなかった、真っ赤な花びらのようなガクをつけたクレナイという名の紫陽花、 これがクレナイかと皆感心、、、 光則寺のあとは鎌倉で一番古いといわれる御霊神社を訪問、踏切の所に江ノ電と紫陽花のコラボを撮ろうと 多くの観光客がカメラを構えて、、、 御霊神社の後に本日最後の成就院へ、、、 ここは明月院、長谷寺を紫陽花の横綱とすれば、大関クラスか、、、 紫陽花参道は人だかり、、、 紫陽花見物もそこそこに、われらドラポタ班は一路小坪の鰺祭へ、、、 海岸沿いの道路を海風を切って快調にはしる南国馬、 快調すぎて、小坪に入る小道をわすれ、逗子に進む長いトンネルと通過、 追走した武衛馬が声をかけた時はすでに相当逗子側へ、 伊豆の守と相談、これから小坪に引き返すにはあの長いトンネルを登り返さなければ、、、 武衛どのの後のスケジュールの都合もあり、このまま逗子へ行き、そこで新店開拓と決定、 逗子駅に到着後、なんとなく食堂のありそうな商店街を歩いていくと、 すぐ左側に良さそうな海鮮食堂が、、、 良しここにしようとの判断が大当たり、、、 武衛殿が鰺たたき定食(新鮮な鯵のたたき、味噌汁、御新香、こぶの佃煮、納豆 1000円) 伊豆殿が生シラス定食(小坪港から仕入れた新鮮な生シラス、味噌汁、お新香、昆布佃煮、納豆 1000円) 南国が鰺刺身定食(新鮮な鰺の刺身 + 同上 1000円) これに生ビールとアジフライ どれも美味しく皆満足、満足、、、 というわけで天候にも恵まれ、紫陽花詣でも満喫、小坪をパスするハプニングがあったものの 逗子の海鮮食堂は大当たり、、、と満足ポタでした。 南国 -------------------- これに対し、次の通り返信。 -------------------- 南国守殿 早速のポタ報告、忝く候。 某も筆は早いつもりながら、南国殿も相当の早書きに御座りまするのう。 鎌倉、紫陽花の有名どころの様子、よーく分かり申し候。 特記すべきは「人息に翻弄されて足早に長谷寺をでて、近くの光則寺へ、この寺を訪問してなにより良かったのは、長谷寺で見られなかった、真っ赤な花びらのようなガクをつけたクレナイという名の紫陽花、 これがクレナイかと皆感心、、、」。 某、ブログに綴りし通り、赤い紫陽花を追い求めおり、大変興味深きものと思い候。 ~~~~~~~ ~~~~~~~ 紅のガクアジサイも見てみたきものに候。 西から東へ材木座海岸を直進すると、あの恐ろしき隧道へ入り込むのは自然の成り行き。 トンネルを抜けるとそこは逗子の海岸だった、、、。 引き返さなかったのは危険回避で大正解かと。 ~~~~~~~ 2008年2月の、逗子・鎌倉一人ポタを思い出して。 逗子から鎌倉へ抜ける「伊勢山隧道」は往来激しく、小径車ではちょいと怖い感じで、幅の狭い歩道を<押し>にて通り抜けた。 ~~~~~~~ 逗子商店筋にて鯵祭成立、ご同慶の至りに候。 ドラポタ五周年記念で、いずれ綴る「ドラポタの歴史」の参考とさせて戴く所存に候。 大儀に御座りました。 上総 -------------------- 6月19日、南国守殿より更に電子飛脚便が遣わされた。 --------------------- ご家老殿 方々 アルチューハイマーの脳裏にかすかに残ったメモリーから短歌を少し、、、、 ”あじさいに、浮かびし君の、面影を、思い出させし、鎌倉古刹” ”うぐいすの、読経ひびく、東慶寺、苔むす岩に、紫の花” ”五月晴れ、行きかう人の、長谷寺に、群れなすあじさい、我をわするる” ”あじさいの、花の種類は、多けれど、クレナイ勝る、光則寺庭(てい)” ”薫風を、切り裂き走る、材木座、ついぞわするる、小坪への道” ”行くべきか、戻るべきかや、梅雨空に、逗子の神様、行くべしという” ”逗子駅の、海鮮食堂、大当たり、あじさい(鰺祭)めぐり、これにて終了” 南国 ---------------------- これに対し、次の通り返信。 ---------------------- 南国守殿 南国麻呂(みなみのくにまろ)殿 写し)方々 短歌を詠む南国守殿、ノーアルタカハツメカクスにおじゃりまするな。 ひとつひとつを拝見し、過日の鎌倉歩駄日記に沿い、上手いこと詠みおりたなと感心いたし居りましたところ、「ついぞわするる 小坪への道」で抱腹絶倒。 本年秋のドラポタ藩創設五周年記念ドラポタ大賞俳句短歌の部の候補に挙げることと致しませう。 併せて、南国麻呂(みなみのくにまろ)の名を捻り出しました故、和歌短歌を詠まれる際には、南国守の名と共にお使い戴ければ幸甚におじゃりまする。 ドラポタ大賞選考委員長 上総守霹靂火 ----------------------- 前回の鎌倉ポタ時にはカメラ携行でありた伊豆守殿は今回はカメラ不携行にて写真はなき旨、一報あり。 武衛殿は城勤め多忙にて週末に一句捻ることにしたいとの一報あり。 6月23日、武衛殿より電子飛脚便が遣わされた。 ----------------------- 上総守殿 方々 土日と国許に帰省し、天気の良かった土曜日に草刈りが終わりホッとしました。 風呂に入り、ビール片手に、鎌倉ポタを振り返りつつ。 円覚寺 万緑の中に舎利殿時重ぬ 東慶寺 ありがたし苔むす墓に眠る人 梅雨晴れのなか岩たばこ可憐なり 長谷寺 梅雨のころ花も団子も長谷の寺 光則寺 梅雨晴れになお土の牢湿りたり 御霊神社 紫陽花もひときわ古し権五郎社 成就院 紫陽花の緑豊かに由比ガ浜 紫陽花の峠、遥かに由比ガ浜 逗子 梅雨晴れにペダル軽やか逗子・・葉山 武衛 ----------------------- 紫陽花と並んで6月の花、東慶寺のイワタバコ、光則寺の「土の牢」が語る歴史、御霊神社の鎌倉権五郎景政の伝説、成就院からの眺望などなど、鎌倉は幾度めぐってもよき処である。 梅雨晴れに 紫陽花喰らう 龍の群れ 霹靂火 南国守殿と武衛殿からの電子飛脚便に、自身で撮った過去の写真を織り混ぜてブログを綴ってみた。 南国守殿と武衛殿からの電子飛脚便に感謝申し上げる。 フォト#1、2、3:2012年6月23日、明月院にて フォト#4:2013年6月10日、屋敷前庭にて フォト#5:2008年2月18日、逗子・鎌倉ポタリングにて #
by kazusanokami
| 2014-06-23 17:41
| 湘南鎌倉ポタリング
2014年 06月 17日
手賀沼周遊の途中、ベンチで休憩。 何気なく前方の鉄塔を眺める。 左のシルバー色の鉄塔が吉良上野介、右の紅白の鉄塔が浅野内匠頭。 頭の中にはいつも大好きな「忠臣蔵」や「赤穂浪士」のことが...。 ビョーキなんだろうと思う。 フォト:2014年6月15日、手賀沼南岸にて #
by kazusanokami
| 2014-06-17 06:59
| 赤穂浪士討入凱旋の旅<番外編>
2014年 06月 13日
"2014 FIFA ワールド・カップ 本大会"がブラジルで始まった。 今回で20回目、節目の記念大会だ。 昨秋、熊野三山をめぐり、八咫烏(やたがらす)に出会った。 熊野三山ゆかりの八咫烏は、日本サッカー協会のシンボルマークでもある。 ザック・ジャパンのメンバー23名の活躍を祈念しながら、ここに八咫烏のことを綴ってみたい。 なお、熊野三山の参拝には順序はないといわれており、熊野速玉大社(新宮)、熊野那智大社、熊野本宮大社の順に参拝したので、参拝順で記していくこととしたい。 熊野速玉大社、熊野那智大社、熊野本宮大社の八咫烏はそれぞれに絵柄が違う。 熊野速玉大社の八咫烏。 (bing.com/images 「日本サッカー協会シンボルマークの画像」より借用) 八咫烏の由来。 熊野本宮大社で見た由来をここに引用しておきたい。 八咫烏(由来) 熊野では八咫烏を神の使者と言われています。 三本足とは熊野三党(宇井・鈴木・榎本)表わすとも言われ、当社では主祭神家津美御子大神(素盞鳴尊)の御神徳である「智・仁・勇」、又、「天・地・人」の意をあらわしています。 烏は一般に不吉の鳥とされてきているが、方角を知るので未知の地へ行く道案内や遠隔地へ送る使者の役目をする鳥とされており、熊野の地へ神武天皇御東征の砌、天皇が奥深い熊野の山野に迷い給うた時、八咫烏が御導き申し上げたという意があります。 又、歴史上の一端より触れて述べれば、源平合戦の折、那須与一出身地(栃木県)烏山城は烏が金の紙幣(神のお告げ)をこの地にもたらしたので築城したといわれています。 次に世界各国の一部を記せば、 ◎スカンジナビア オジンの神の肩に止まった烏が二羽、一つは思考、一つは記憶と名づけて毎朝二羽の烏を放って、世界中のことを報告させたといわれている。 ◎古代ギリシャ 烏はアポロの神の標識。 ◎ツリンキート族 火を最初にもってきて、光を人にあたえたのは烏であると伝えられている。 又、最近、スポーツのサッカーが青少年、若い人々に人気を博している。 日本サッカー協会のマークは八咫烏です(明治時代にサッカーが日本に始まった。この頃から使用されているそうです)。 サッカー協会のマークに使用された意味は、考えるに、目的とする相手チームのゴールをはずすことなく、きちんととらえて納めるという意ではないでしょうか。 尚、右の意より,当大社では今も尚変わらず、 ◎人の道開きの開運、人生、目的達成 ◎現在地~目的地の間,無事に到達する意・海上安全・交通安全(車・二輪車等)旅行安全・通学安全の守護として仰がれています。 *八咫烏のお祭りに関わる祭典 毎年1月7日、夕闇深き時刻(午後5時)に厳修斎行される(年始め牛王刷り初め)があり、当社の年中行事の中でも中心となるお祭りです。 熊野本宮大社社務所 ----------------------------- ツリンキート族に関わる記述がある。 ツリンキート族とは? 調べてみた。 「トリンギット、或いは、クリンギットとも呼ばれるインディアン部族の一つで、アラスカ、カナダの先住民族。一族の象徴は大カラスで、ワタリガラスの伝説を有している」とのことであった。 「年始め牛王刷り初め」との記述がある。 熊野牛王符(くまのごおうふ)と呼ばれる御札のことである。 一枚ものの和紙の上に墨と木版で手刷りされ、朱印を押したもの。 墨刷りの絵柄は多くの烏が配列されたものとなっており、これは「烏文字」とのこと。 熊野三山の各大社ごとに図柄(正確には、鳥文字の配列)は異なるとのこと。 熊野速玉大社と熊野本宮大社の御札は鳥文字で「熊野山宝印」と記されており、熊野那智大社の御札は鳥文字で「那智瀧宝印」と記されているとのこと。 熊野速玉大社で熊野牛王符を頂戴した。 罰が当たってはいけないので、その写真の掲載は控えたい。 (ご覧になりたい方は電脳網で「熊野牛王符」にて検索するとその写真が現れるのでそれをご覧いただきたい) 熊野本宮大社で見た八咫烏の由来の中で、日本サッカー協会のシンボルマークのことが少し触れられている。 もう少し詳しいことが知りたく、日本サッカー協会のホームページを開いてみた。 --------------------------- JFA旗に描かれた三本足の烏は、日の神=太陽を表しています。光が輝いて四方八方を照らし、球を押さえているのは私たち日本のサッカー界を統制・指導することを意味しています。 准南子(えなんじ)という中国の古典や芸文類聚五経正義という本に、太陽の中に三本足の烏がいると書かれています。 また、日本神話にも、神武天皇御東征の際に、タカミムスビ(日本神話の神)によって三足烏が神武天皇の元に遣わされ、熊野から大和への道案内をしたと言われています。 JFA旗の黄色は公正を、青は青春を表し、はつらつとした青春の意気に包まれた日本サッカー協会の公正の気宇を表現しています。 このシンボルマークは、東京高等師範学校の内野台嶺(JFA理事)ら当時の協会役員らが発案し、彫刻家の日名子実三氏がデザイン化。 1931年(昭和6年)年6月3日に理事会で正式に採用することが決まりました。 ------------------------------ 近代サッカーを日本に紹介した中村覚之助が熊野出身であることから熊野三山ゆかりの八咫烏がシンボルとして選ばれたとの説もあるが、日本サッカー協会のホームページではそこまでは触れられていない。 また、平安時代に蹴鞠の名人で「蹴聖」とまで呼ばれた藤原成道は、その技の向上を祈願するため、何度も熊野詣をしたと伝えられているとのにて、これが日本サッカー協会のシンボルマークとして八咫烏が採用された理由であるなら相当に面白いのだが、これも日本サッカー協会のホームページでは触れられていない。 八咫烏と日本サッカー協会の関わりについてはこれくらいにして、ザック・ジャパンの活躍を祈念しながら熊野三山を写真でめぐってみよう。 熊野速玉大社。 八咫烏がブラジルから朗報を運んで来てくれるだろう。 =補遺= 「八咫鳥」は「「やたがらす」とも「やあたがらす」とも呼ばれる。 ここでは「やたがらす」と読む/呼ぶ。 因みに、広辞苑を紐解くと次の通りである。 -------------------------------------- 【咫・尺(あた)】 上代の長さの単位。手のひらの下端から中指の先端までの長さ。一説に、親指と中指とを開いた長さ。 古事記(上)「八尺(やあた」。 --------------------------------------- 【八咫(やあた)】 (アタは上代の長さの単位で、手のひらの下端から中指の先端までの長さ。一説に、親指と中指とを開いた長さ) 8倍のあた。また、長いこと。 古事記(上)「八尺を訓みて八咫という」。 ---------------------------------------- 【八咫(やた)】 (ヤアタの約。咫(あた)は上代の長さの単位) 長いこと。また、巨大なこと。 古事記(中)「八咫烏(やたがらす)」。 神代紀(上)「八咫鑑(やたのかがみ)」。 ----------------------------------------- これで全てがすっきりした。 そして、また、カシコクなった。 フォト:2013年11月29日、30日 #
by kazusanokami
| 2014-06-13 07:27
| 伝説
2014年 06月 03日
5月初旬、長らく幹事を務めてくれているKSくんから早慶戦同窓会の案内があった。 -------------------- 恒例の同窓会を、以下の通り行います。 *日時=5月31日(土曜日) *場所=神宮球場(ライト側外野席 ヤクルトタフマンの広告看板の下あたり) 早慶戦を観戦して、そのあとで信濃町駅の「ジョン万次郎」で一杯やります。 今年の早慶戦は優勝がかかった試合になりそうです。 野球に間に合わない場合は飲み会からの参加でも結構です。 お会いするのを楽しみにしています。 --------------------- 5月下旬、別の私的集まりである「大放談会」でのこと。 「今週末、早慶戦に行くことになってます」。 三つ年上、立大出身の備前守殿曰く「早慶、どちらも優勝が掛かってますね。早稲田、大丈夫です。ピッチャーの有原がいますから」と嬉しい言葉。 5月31日、晴れ。 朝のニュースで「今日、国立競技場は56年の歴史の幕を閉じます」とのアナウンスと共に、前日のブルーインパルスの予行演習の模様が映し出された。 早慶戦同窓会の前に国立競技場を"取材"しておこうと思い、少し、早めに出掛けた。 国立競技場の"取材"は、1月18日、2月23日に続いて、今年三度目だ。 外苑西通り沿いに足が自然と向く。 今一度、"TOKYO 1964"のエンブレムと金メダリストの名が刻まれた壁を見ておきたいからだ。 国立競技場、最後の日を示すかの如く、カメラを向けている人が多い。 お別れイベントのリハーサル中なのであろうか、競技場の中から谷村新司の「昴」が聞こえてくる。 ♪さらば 昴よ♪を♪さらば 聖地よ♪と言いたいのであろう。 このよちよち歩きの赤ちゃんは2020年の東京オリンピックの頃には小学生だ。 そもそも、これだけの施設を僅か56年の寿命で建て替えること自体がおかしいともいえよう。 斯様なことでは、昭和の歴史ある建造物は残らないであろう。 だが、新しい競技場が出来てしまえば、新たな名所となるのである。 複雑な気持ちである。 代々木門。 高さ70メートルじゃ、これほど近くから見上げることは出来ないであろう。 神宮球場。 一般外野席の入場券を購う。 16番ゲートから入る。 「タフマン」の広告看板の前あたりの席を見渡す。 幹事KSくんの姿、発見! 「ご無沙汰っ!」と声を掛け、隣りの席に座る。 HMFくん、HMKも姿を現す。 「早稲田スポーツ」。 右下の広告がちょっと気になる。 「2年の秋に優勝したと思うんだけど」と上総。 「実は、こんなものがあって」とバッグから扇子を出して来た。 「これは、お宝鑑定団ものやね。記念に一枚、撮っておきましょう」。 「1969年といえば、2年のとき。やっぱり、2年生、1969年の秋に優勝しているのかも。この扇子はそのときの記念品かも」。 「横山隆一の『フクちゃん』の図柄がこれまた懐かしいね」。 フクちゃんは、着物に下駄、大学帽という姿で早稲田大学のマスコットキャラクター。 今もそうなのだろうか。 5回裏、早稲田は慶応・加藤拓也投手の暴投で1点、先制。 内野学生応援席、外野学生応援席とも「紺碧の空」の大合唱。 7階裏、早稲田、逆転を期して、校歌斉唱。 備前守殿イチオシ、小生も大いに期待しておった有原投手はベンチに下がってしまった。 「明日は頑張れ!」とタフマンの看板を見上げる。 信濃町駅の「ジョン万次郎」で一献。 勝っても負けても(正確には「負けても」だけだが)、仲間と飲むビールは旨いっ! 国立競技場、神宮球場、旧友と、三つの懐かしさを愉しんだ1日であった。 蛇足の感ありだが、記録として6月1日のことも綴っておこう。 夜、第2回戦の速報を見る。 早稲田、6対7でまたまた惜敗。 我が母校は第2回戦、第3回戦に勝てば優勝であったが、第2回戦も惜敗し、早慶の勝ち点はいずれも4ながら、勝率で慶応が上回り、2014年春季は慶応の優勝となったのであった。 毎回、幹事を務めてくれているKSくんに感謝の意を込めて、このブログを綴る次第である。 そして、今回、出席できなかった仲間への近況報告がてら、このブログを綴る次第である。 フォト:2014年5月31日 #
by kazusanokami
| 2014-06-03 18:26
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