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『上総守が行く!』

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2010年 08月 30日

『伝説/烏天狗』

四国八十八箇所霊場第八十一番札所「白峯寺」(香川県)の境内に烏天狗の石像がある。

『伝説/烏天狗』_a0104495_23513496.jpg

何故、この寺に烏天狗の像があるのだろうと、上総得意(???)の"なぜなぜ問答"が頭を過ぎり、wikipedia等を紐解いてみた。

1156年(保元元年)、保元の乱で後白河天皇(後の法皇)に敗れた崇徳上皇は、讃岐に流刑となった。
崇徳上皇は流刑生活の中で五部大乗経(法華経、華厳経、涅槃経、大集経、大品般若経)の写本作りに専念し、戦死者の供養と反省の証しとして写本を京の寺に収めて欲しいと朝廷に差し出したが、後白河法皇に呪詛の念が込められているのではないかと疑われ、写本は讃岐に送り返された。
これに怒った崇徳上皇は、舌を噛み切り、その血で写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」、「この経を魔道に回向(えこう)す」と書き込み、後に生きながらに天狗になったと言われる。
因みに、「魔縁」とは「天狗」の異称。
「皇を取って民とし民を皇となさん」は「古来より連なる万世一系の国体を覆さん」との強い怨念を表した言葉だ。

1164年(長寛2年)、崇徳上皇が流刑地の讃岐で没した際、慰霊のために陵墓近くに頓証寺が建立され、これが現在の白峯寺になったとされる。

これにて、白峯寺に烏天狗の像がある訳が判明した。

フォト:2010年5月5日

by kazusanokami | 2010-08-30 23:55 | 伝説


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