豪徳寺。
彦根般井伊家菩提寺、そして、招き猫の由来を持つ寺である。
山門の扁額「碧雲閣」。
三重塔には、小判をくわえた鼠の彫り物の脇に招き猫が飾られているとのこと。
これは、後日、知ったことで、次回の楽しみとなった。
彦根藩主井伊家墓所。
説明書きの骨子は次の通りである。
寛永10年(1623年)頃、世田谷が井伊家所領となり、弘徳院が菩提寺になった。
2代藩主井伊直孝が没した後、その法号「久昌院豪徳天英大居士」に因み、「豪徳寺」となった。
井伊家菩提寺は、豪徳寺、清涼寺(彦根市)、永願寺(東近江市)の三ヶ寺である。
井伊家墓所全体図で、2代藩主井伊直孝と13代藩主井伊直弼の墓所を確認する。
墓所の案内図は有難いものだ。
「日本近代建築の父、ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」の際、護国寺では受付で墓地の配置図が貰えた。
「赤穂浪士討入凱旋の旅」《番外編》で、吉良家家老 小林平八郎の墓所である、巣鴨の龍眼寺を訪れた際には、掲示もなにもなく、墓を探すのに往生したこともあった。
井伊家墓所に入る。
直孝の墓は正面、直弼の墓は左奥だ。
2代藩主井伊直孝の墓。
13代藩主井伊直弼の墓。
数日前に降った雪が残っている。
桜田門外の変のときも雪であった。
墓参のあと、三重塔向かいの、招猫殿に詣でた。
フォト:2012年1月28日
(つづく)