『上総守が行く!』

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2013年 02月 08日

『几号水準点探索ポタリング/伊能忠敬測地遺功表』 ks-6

芝東照宮の脇を通り抜け、裏山の伊能忠敬の碑に向う。
二季桜と東京タワー。
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蝋梅。
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芝丸山古墳。
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裏山と言っていたのは、古墳なのであった。
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この辺りは、ポタリングで、度々、走っているが、ここに古墳があるとは知らなかった。
これは几号水準点と伊能忠敬のお導きであり、その仲介者は竹箒のご婦人なのであった。
2009年に綴った『伊能忠敬敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて』の番外編として加えておきたい。

伊能忠敬測地遺功表。
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伊能忠敬測地遺功表について、東京都公園協会のホームページで次の通り書かれている。
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伊能忠敬の測量の起点となったのが、芝公園近くの高輪の大木戸であった関係で、東京地学協会がその功績を顕彰して遺功表を建てました。
明治22年に高さ8.58mの青銅製の角柱型のものが設置されましたが、戦災で失われたため、昭和40年に現在のものが再建されました。
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青銅製の角柱型のものは戦災で失われたとあるが、戦時中の昭和18年、金属供出により撤去され、昭和40年に日本地学協会により再建されたというのが真相のようである。
「戦災で失われた」と「金属供出による撤去」とでは、えらい違いである。

古墳のてっぺんから芝公園とその周辺を眺める。
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ガラス張りのビルに東京タワーが映っている。
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「あれって、何ビルですかね」、「森なんちゃらビルじゃないの」。
この界隈には、番号を付された森ビルが多いので、的を得た答えである。
次回、この辺りを通ったときにビルの名前を確認しておこう。

裏山から、再び、参道へ。
折角なので、狛犬コレクションを。
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芝東照宮の狛犬は、ふたつの特色を持っていると言えるだろう。
そのひとつは、狛犬と東京タワーのツーショット(狛犬は一対だがら、スリーショットかな?)。
もうひとつは、台座(奉献者の名や奉献の年がしっかりと刻まれている)。

「東京タワーの、東日本大震災で曲がってしまった先端部も復旧しましたね」。
「ヘリコプターで引っ張って、直したんですかね」。
「ジャッキを使って、直したらしいですよ」。
「こういう修復って、いろんな技術があるんでしょうね」。
調べてみた。
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東京タワー先端部の地上アナログ放送用アンテナが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の強震で激しく振られ、先端部の約5mが東側に約2度傾いた。
震災の翌年(2012年)7月10日から先端のアンテナの撤去を開始。
その工法は、長さ25m、直径37cmの空洞の支柱を17分割に輪切りにして、下から順に取り除くという"だるま落とし"工法であった。
8月3日、先端のアンテナ支柱の交換作業を完了。
円柱だった支柱は四角柱となり、耐震性が向上している。
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震災直後の2011年3月25日、所用があり、浜松町に赴いた。
所用を済ませたあと、増上寺に立ち寄ってみた。
大門の注意書き。
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増上寺の注意書き。
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東京タワー、先端部。
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画面右側の方向に曲がっているのが見て取れる。

増上寺と東京タワー。
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遠目からでも、先端が曲がっているのが見て取れる。

東京タワーの先端部復旧を機に、震災当時のことを思い起こすと共に、改めて、被災地の早期の復旧復興を願ってやまない。

次の立ち寄り先、愛宕神社に向った。

フォト:2013年1月26日
フォト:2011年3月25日(アーカイブより)

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-02-08 12:56 | 几号水準点探索


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