『上総守が行く!』

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2013年 03月 10日

『続々・几号水準点探索ポタリング/台東区立今戸社会教育館前』 zzks-3

木場/洲崎神社から、隅田川右岸、桜橋西詰北/台東区立今戸社会教育館前へと向う。

「隅田川の右岸を走ることが多いんで、今日は左岸を走りましょ」。
永代橋を渡り、右岸へ。
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吾妻橋に至る。
「勝海舟の銅像を見ましょか」。
吾妻橋を渡り、左岸へ。
「前に、対岸からスカイツリーのリフレクションを見ましたね。ここからも、スカツリのてっぺんのリフレクションが見えますね」。
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勝海舟像(銘板は「勝安芳」)。
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勝海舟の像と几号水準点とは直接の関わりはないが、几号水準点は明治の初期の頃から設けられ始めたことでもあり、幕末から明治にかけての歴史の流れとして、勝海舟像建立の記を掲載しておこう。
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建立の記
勝海舟(通称・麟太郎、名は義邦、のち安房、安芳)は、文政6年(1823年)1月30日、江戸本所亀沢町(両国4丁目)で、父小吉(左衛門太郎惟寅)の実家男谷邸に生まれ、明治32年(1899年)1月19日(発表は21日)、赤坂の氷川邸で逝去されました。
勝海舟は幕末と明治の激動期に、世界の中の日本の進路を洞察し、卓越した見識と献身的行動で海国日本の基礎を築き、多くの人材を育成しました。
西郷隆盛との会談によって江戸城の無血開城をとりきめた海舟は、江戸を戦禍から救い、今日の東京の発展と近代日本の平和的軌道を敷設した英雄であります。
この海舟像は、「勝海舟の銅像を建てる会」から墨田区にに寄贈されたものであり、ここにその活動にご協力を賜った多くの方々に感謝するとともに、海舟の功績を顕彰して、人びとの夢と勇気、活力と実践の発信源となれば、幸甚と存じます。
海舟生誕180年
平成15年(2003年)7月21日(海の日)
墨田区長 山崎昇
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隅田川の左岸を遡り、桜橋を渡り、再び、右岸へ。
台東区リバーサイドスポーツセンター野球場の脇道を通り、一般道へ出て、北上する。
電脳網資料によれば、几号水準点は「今戸社会教育館前路上 移設元不明」とある。
事前の地図上での調べでは、今戸社会教育館は、北上する一般道の東側にある。
正式名称は台東区立今戸社会教育館(今戸住宅併設)、住所は台東区今戸2-26-12である。
東側の歩道を走りながら、住所、そして、路面を注視する。
あった!
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路面と言うことで、探し回らなければならないのではないかと思っていたが、分かり易い場所にあった。

「上総さん、メジャー、持ってます?」と南国殿。
「ありますよ」と上総。
探索ポタ第一弾でメジャーの必要性を感じたので、第二弾のときから携行している。
計測掛り(???)の南国殿、几号水準点の横棒、縦棒の長さを測る。
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横棒、縦棒とも、約8.7cmである。
これまで幾つかの几号水準点の横棒、縦棒の長さを測って来たが、長さには若干のバラつきがある。
但し、8.7cmは《標準的な長さ》と言えよう。

「台東区立今戸社会教育館の文字をバックにして、几号水準点を指差す仕草をお願いします」、「こうかな?」。
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名演出、名演技である。

次の立ち寄り先、橋場/伊勢金前へと向う。

フォト:2013年2月16日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-03-10 14:43 | 几号水準点探索


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