『上総守が行く!』

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2013年 06月 07日

『東洋のロダン』

朝倉文夫。
「東洋のロダン」とも称された彫刻家。
6月5日付ブログで、彼の作品、早稲田大学構内の大隈重信像(1932年作)や東京フォーラム内の太田道灌像(1952年作/開都500年記念)について触れた。
昨6日、所用があり、上野へ出掛けた。
いつもは何気なく見ている上野駅グランド・コンコースの彼の作品をゆるりと眺めてみた。
「翼」(1953年/上野駅開設70周年記念)。
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そう言えば、16・17番線近くに、もうひとつ、像があったなと思い、そちらへ足を運んだ。
「三相 智情意」(1950年作)。
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これも朝倉文夫の作品である。
この像は上野駅開設75周年記念として寄贈されたものとのこと。

記念と言えば、朝倉文夫とは無関係ながら、広小路口近くに碑があったなと思い、そちらへ足を運んでみた。
歌碑「あヽ上野駅」。
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歌詞と歌碑の由来。
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「あヽ上野駅」は井沢八郎のヒット曲であることは申すまでもなきことかと。
歌碑の由来をここに読み下しておこう。
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高度成長期の昭和30~40年代、金の卵と呼ばれた若者達が地方から就職列車に乗って上野駅に降り立った。
戦後、日本経済大繁栄の原動力となったのがこの集団就職者といっても過言ではない。
親もとを離れ、夢と不安を胸に抱きながら必死に生きていた少年、少女達。
彼らを支えた心の応援歌『あヽ上野駅』は、昭和39年に発表され、多くの人々に感動とユウキを与え、以後も綿々と歌い継がれている。
この歌の心を末長く大切にしたとの思いから、また、東京台東区の地域活性化・都市再生プログラムの一環として、ゆかりの此の地に『あヽ上野駅』の歌碑を設立するものである。
平成15年(2003年)7月6日
歌碑設立委員会・発起人
総括責任者 深澤壽一
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NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」では、アキの親友ユイちゃんは、東京さ、出て、アイドルになりてぇと言っている。
「あヽ上野駅」とは隔世の感あり。
「あヽ上野駅」は「ALWAYS 三丁目の夕日」のロクちゃんの世界である。

朝倉文夫の作品のことから話が脱線してしまった。
本ブログを綴りながら、いつぞや、谷中の辺りをポタリングしていたとき、朝倉彫塑館なるものを見掛けたことを思い出した。
HPを開いてみた。
「平成25年秋、リニューアルオープンの予定です」となっている。
今は工事中なのだ。
秋になったら、訪れてみたい。

フォト:2013年6月6日
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by kazusanokami | 2013-06-07 23:31 | エピソード


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