『上総守が行く!』

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2013年 11月 13日

『多摩湖・狭山湖+武蔵野うどんポタ/山口観音』 tsu-2

多摩湖。
堰堤を渡り、逆時計回りで走り始める。
途中、多摩湖の北にある山口観音に立ち寄る。
久しぶりの山口観音である。
サイクリングロードを外れ、長い石段を下り、境内に入る。

吾庵山金乗院放光寺、別称、山口観音。
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魔除けが主役の香炉。
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小生にとって、山口観音は三つの楽しみがある。
マニ車、新田義貞霊馬、そして、龍コレクションである。

楽しみ其の一。
マニ車。
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此の鐘は印度ネパールで作られ夫々梵語の圣文が刻印され又圣文が納められてお圣を知らない人もお
圣を讀んだと同じ功徳があります。
鐘を廻し乍ら歩いて下さい。
全部で百八ヶあります。
(境内説明書き、原文通り)
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本堂の外側三面に設えられたマニ車を回しながら歩く。

楽しみ其の二。
新田義貞霊馬。
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御堂の外側正面に、この霊馬に関わる説明書きが掲げられている。
この説明書きの面白いところは、歴史のこともさることながら、霊馬が一人称で語っていることである。
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私は新田義貞公の霊馬です。
新田公の御供を仕り、鎌倉入りして忠誠を尽くしました。
その後、公の仰せにより当山を守護し余世を送り、今から五百年ほど前、私は生まれ変わりました。
昭和43年、解脱会の御奉仕で建物が建て替えられましたが、平成11年 本橋敏夫氏の白頭の馬の彫像の寄贈に由って、再びお堂が建て替えられました。
私を参拝する人々ひ勝運と商売繁盛を授けます。
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伝・新田義貞祈願文には、元弘3年庚申5月15日の日付と新田義貞の花押が記されているとのことである。
新田義貞は、元弘3年(1333年)5月8日、上野国生品明神で挙兵し、小手指原の戦い、久米川の戦い、分倍河原の戦いなどを経て、鎌倉を攻略し、鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ。
伝聞ながら、祈願文の日付から、新田義貞が鎌倉攻めの際にここに立ち寄り、戦勝を祈願したことが窺がわれる。

霊馬は「私を参拝する人々ひ勝運と商売繁盛を授けます」とも語っている。
ハリポタ藩の盟友、播磨守殿は競馬が大好き。
ポタリングで神社仏閣をめぐっても祈ることは唯ひとつ、勝運である。
播磨守殿に代わって、霊馬に勝運を祈念しておいた。

御堂の奥には、数多の馬が彫られた木彫りが奉納されている。
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勝運、間違いなしである。

楽しみ其の三。
龍コレクション。
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寺院を訪れての龍コレクションのメインはその口から水が流れ落ちる手水舎の龍であるが、当院の手水舎は龍ではなく、観音様であった。
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山口観音から狭山湖へと向う。

フォト:2013年9月28日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-13 23:58 | 玉川上水・多摩湖自転車道


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