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2009年 08月 12日

『ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて/護国寺墓所』 jc-14

神田駿河台/ニコライ堂から湯島聖堂、神田明神に寄り道した後、外堀通り、春日通り、不忍通りを走り、護国寺へ。
護国寺は二週間ぶりです。

護国寺。
本堂裏の墓地に向かう前に、本坊の寺務所に立ち寄り、コンドル先生のお墓の場所を尋ねました。
若いお坊さんから「護国寺墓地略図」を頂戴し、コンドル先生の墓所を教えて貰いました。
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コンドル先生の墓所は墓地の奥まったところに。
大隈重信、三条実実、山縣有朋などの名もこの略図にありました。

コンドル先生と夫人の墓所。
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お墓には次の通り刻まれています。
      IN MEMORY OF
   JOSIA CONDER FR.I.B.A.
BORN SEPT 28 1852 DIED JUNE 21 1920
      AND HIS WIFE
      KUME CONDER
BORN DEC 16 1854 DIED JUNE 10 1920
   "LIFE'S WORK WELL DONE
      LOVING AND TRUE"
             +
墓之ルデンコ ヤイサヨジ士博學工
   日一十二月六年九正大
   墓之子メク ルデンコ 妻
   日十月六年九正大
ERECTED BY THEIR DAUGHTER

英語と日本語の間の小さな「+」は十字架をもあらわしているのでしょうか?
現存する資料の多くでは「コンドル」と記されているそうですが、お墓には「コンデル」と記されています。
クメ夫人は、アルファベットでは"KUME"、日本語では「クメ子」と刻まれています。
コンドル先生とクメ夫人は同じ年の同じ月に亡くなっています。
娘さんがいたこともこのお墓でわかります。
娘さんはその後どうしたんだろうと、ふと、吉村昭著「ふぉん・しーぼるとの娘」を思い出しました。

「コンドルの眠る護国寺せみしぐれ」 合掌。

コンドル先生を巡る旅も余すところ、一ヶ所となりました。
護国寺をあとに、不忍通り、本郷通りを走り、北区西ヶ原/旧古河庭園へ。

フォト:2009年8月8日

(つづく)

by kazusanokami | 2009-08-12 08:43 | J. コンドルゆかりの地を訪ねて


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