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『上総守が行く!』

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2012年 04月 13日 ( 1 )


2012年 04月 13日

『上総の昼餉散歩/湯島聖堂』

先日、盟友、六々守松柏木殿と雑談の中で、イトウチュウタなる人物のことが話題となった。
「イトウチュウタという人、知ってます?」。
「どっかで聞いた名前やねぇ。国技館の近くの、横綱町公園の震災慰霊堂を設計した人のような記憶が」。
「そうです。建築家です。築地本願寺を設計した人です」。
「築地本願寺は、江戸府内ポタで、時々、行くけど、大谷探検隊のことばかりが頭にあって、設計者が誰かということまでには思いが至っていませんでしたね」。

今一度、調べてみた。
伊東忠太(1867年~1954年)。
明治~昭和期の建築家、建築史家。
都内だけでも彼の設計した建物が十数ヶ所ある。
湯島聖堂もそのひとつであった(2010年12月31日付ブログでもそう記していたが、記憶から飛んでいた)。

春の陽気に誘われて、湯島聖堂へ昼餉散歩した。
湯島聖堂を訪れるのは、一昨年12月の「上総の昼餉散歩/聖橋」以来のことである。
駿河台を上る。
ニコライ堂の脇を抜け、聖橋を渡り、湯島聖堂に至る。
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仰高門の桜を愛でる。
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孔子像を仰ぎ見る。
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孔子像を見るのは、昨年5月の足利ポタリングで訪れた足利学校以来だなあ、と思った。
孔子像の台座には、「中華民国台北市城中国際獅子会敬立」と刻まれている。
台北市のライオンズ・クラブから寄贈されたものと読み取れる。

楷樹(カイノキ)。
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フォトでは能書きが読み難いので、サマリーを記しておこう。
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楷は曲阜にある孔子の墓所に植えられいる名木である。
枝や葉が整然としているので書道でいう楷書の語源となったといわれている。
わが国に渡来したのは、大正4年、林学博士白澤保美氏が曲阜から種子を持ち帰り、東京目黒の林業試験場で苗にし立てのが最初である。
牧野富太郎博士はこれを孔子木と命名。
当廟にあるものは曲阜の樹の正子に当る聖木である。
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カイノキとはそういう樹木であったのか。
またまた、賢くなった。
齢を重ねてもベンキョーになることは数多ある。

入徳門は工事中であった。
その脇の通路を抜け、石段を上る。
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大政殿。
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いつもは中に入れるが、この日は扉が閉じられていた。
受験シーズンも終わり、ひとやすみなのかもしれない。

大政殿の屋根の霊獣を眺めるのも楽しみのひとつだ。
鬼犾頭(きぎんとう)と鬼龍子(きりゅうし)。
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鬼犾頭はシャチホコの一種である。
通常のシャチホコは虎頭魚尾なのだが、鬼犾頭は龍頭魚尾で頭から水を噴き上げている。
鬼龍子は狛犬に似た姿なるも、仔細に見ると猫に近い。
鬼犾頭も鬼龍子も守護獣である。

見慣れた建物ながら、誰の作かを知って眺めると、より一層、親しみが湧く。
伊東忠太の作品を楽しむことの出来た、昼餉散歩であった。

六々守松柏木殿との会話をきっかけに、都内にある伊東忠太の作品をリスト・アップしたことでもあり、数年前の「日本近代建築の父、ジョサイア・コンドルゆかりの地を訪ねて」に続く、「伊東忠太ゆかりの地を訪ねて」と題し、各所をjitenshaで巡ってみたいと思う次第である。

フォト:2012年4月12日

by kazusanokami | 2012-04-13 23:58 | 上総の昼餉散歩