『上総守が行く!』

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2013年 11月 04日 ( 1 )


2013年 11月 04日

『将門の郷ポタ/菅公神忌千百年』 sk-4

大生郷天満宮をあとにして、坂野家住宅へと向う。
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「坂野家住宅 約750m →」の標識に従い、右折すると大生郷天満宮の裏手の道となった。
右手に大きな駐車場や池が設えられた公園、左手に鳥居が見える。
「御祭神 市杵島姫命 厳島社(弁財天) 水・陸上交通、芸能、学問の守護神」とある。
ミニ太鼓橋を渡り、可愛らしい祠に参拝する。  
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池には睡蓮が咲き、大きな錦鯉が泳いでいる。
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「ここも大生郷天満宮の一角のようですね」、「さっき、境内で大きな看板に『千百年記念事業』云々と書かれていたので、その記念事業のひとつかもしれませんね」と南国殿と会話を交わす。
本ブログを綴るにあたって、今一度、境内に掲げられていた大きな看板を見直してみた。
「御祭神菅原道真公御神忌千百年大祭記念事業御奉賛の御案内」。
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御神苑完成予想図の左上に「上池」、「上池」の出島に「弁財天」、その他、「大黒天」、「恵比寿」の記述が見られる。
その西側には、「御廟」、「祭碑」の記述も見られる。
「厳島社(弁財天)」や睡蓮と錦鯉の「上池」は記念事業で整備されたものであることは間違いない。
お金のことを言っては何だが、総事業費2億円、立派な設えである。

「神忌千百年」がいつだったのかを知りたく、電脳網を紐解いてみた。
大生郷天満宮の宮司さんによる2002年11月20日の卓話が掲載されていた。
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菅原道真公没後1100年(西暦903年2月25日<陰暦>にお亡くなりになっています。)と言うことで、全国の天満宮で今年3月か4月にあちこちで大祭が行われています。
私のところでは、色々な事情があり秋まで延ばしました。
裏の境内を拡張して報恩寺との縁のお鯉様の池を復活させました。
御神体が道真公の御遺骨なので、それを納める御廟を作ることになり、御廟天神画に基づいて、お墓の形を直径1100ミリの宝珠と決めました。
(中略)
道真公が九州に流されたのが原因で京都に色々なことが起こり、恨みではと思うようになり、道真公の霊をなぐさめる為に神として祀った。  
本来は恐ろしい神様なんだと言うことに基づいて、道真公のように生きたい、生きる人生の教訓的な神様として祀られました。  
いつの間にか学問の神様になってしまいました。
室町以降、寺子屋が発達して寺子屋の守り神に。
読み書きそろばんを教えただけでなく、人生訓を語るのも寺子屋だった。
そういうところの守り神だったのが、だんだん学問だけになってしまった。  
学校へ行っているときだけが勉強ではなく、一生勉強だろう、そういうところの守り神であるべきなのでは、と私は思うのです。  
大変、今の時代にもあう神様ではないかと思います。  
機会がありましたら、お参りいただけたらと思います。
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神忌千百年は2002年のことだったのである。
そして、誠に結構な卓話でもあった。
大きな看板には「神苑は(中略)平成13年(2001年)より10年乃至15年の歳月を掛けて建設、設置する」とあり、看板はまだ掲げられたままなので、工事はまだ継続中なのかもしれない。

寄り道はポタの常ながら、またまた、寄り道をしてしまった。
さあ、今度こそ真っ直ぐに、坂野家住宅へ向うぞ!
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「坂野家住宅」に到着!
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フォト:2013年9月21日

(つづく)
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by kazusanokami | 2013-11-04 10:19 | 将門の郷ポタリング